204 閃光の中を翔る。
ロイドは、ゆっくりと地上へ落ちていく教会と大聖堂を眺めていた。
「光ったり落ちたり、大変だなぁ」
その足元には、神官と王国の兵たちが転がっている。
ほとんどは気絶しているだけだが、中には意識のある者もいた。
「くっ、奇妙な魔道具を使いおって……」
あえてこの者の意識は奪わなかった。
なぜなら、その服装が高位の神官だったからだ。
「さて、一般市民はどこへ姿を消したのかな?」
神官の喉元にナイフを当てた。
「魔神が現れたのだ、避難したに決まっているだろう」
「避難先があんなところにあるのにか?」
ロイドは徐々に高度が下がっていく教会と大聖堂を親指で指し示した。
こういった緊急事態の避難先は城か教会と相場が決まっている。
しかし神官の態度には余裕ができ始めた。
「なるほど、その分では何も知らぬようだな」
「あ、違うのね。じゃあもういいや」
ロイドは神官の口を塞ぎ、スッとナイフを引いた。
「さーて、それじゃあ一仕事するとしますかね」
神官の反応から、なんとなく見当もついている。
大体冒険者もいるのに、全員が素直に避難なんてするわけがないのだ。
実際、時折家屋の中に人の気配も感じる。
「……ん? 灯りが増えてきたな」
ロイドが行動に移すよりも早く、周囲の状況は変わり始めていた。
「ひょっとして……向こうで何かあったのか?」
タイミングとして考えられるのは、教会と大聖堂を包む光の柱が消えてからだ。
これが避難していたわけではなく、教会側に利用されていたのだとしたら……。
「こりゃあ一難去ってまた一難……ってことかねぇ」
◇ ◇ ◇ ◇
クリフォードがクレスト公爵に対し啖呵を切ったと思ったら、教会と大聖堂が地上へと落ちていった。
何があったかは僕のほうからは良く見えなかったけど、この結界を破壊してくれたのは間違いないようだ。
「残念でしたね。これでもう結界はなくなりましたよ」
いつでもレイバレットを放てるように、公爵に指先を向ける。
だが、これといって反応が返ってこない。
クリフォード相手には一瞬その表情に変化があったものの、今はそれもなかった。
それに、未だ彼から感じる神力の気配にも変化はない。
おそらく結界関係なく魔法は通じないだろう。
地上に降りた僕の隣に、リズも着地した。
「エル、無事……ではなさそうだな」
「リズこそ、あとどのぐらい戦えますか?」
「解除した途端倒れる自信があるな」
「……お互い限界ですね」
僕は魔力切れかけ、リズの神具は長い時間戦えるものではない。
(勝ち目の薄いギリギリの戦い……それでも状況は良くなってきているはず)
現に公爵を地上に落とした。
結界もなくなった。
諦めなければ可能性が――――
「まさか、勝てる可能性がある――――なんて本当に思っているのではあるまいな」
あまりにも突然に、公爵の声が耳元で聞こえた。
同時に、視界が暗く染まる。
「ぐ、あっ……」
何が起こったのか、理解する頃には視界が霞み始めた。
掴まれた頭はギリギリと締め上げられている。
それは隣にいたリズも同様だった。
「良いことを教えてやろう。あの結界はな、ただの副産物だ」
公爵の声の中に、時折打撃音が混ざる。
リズは頭を掴まれながらも攻撃を続けていた。
しかし、それも徐々に弱々しくなっていく……。
「人々に祈らせ、邪神像を通じて神力に変換してみたのだが……結果はあのザマだ。やはり私が直接手を下さねばならぬようで残念だよ」
頭が軋む……その感触が死を予見させた――――
「――エルリット様を離しなさいよ!」
その声と同時に、神力が放たれる気配を感じた。
一瞬、頭を掴まれていた腕から力が抜け、僕らはその場に倒れ込む。
公爵は腕を抑え、邪魔をした張本人へ視線を移した。
「ほう、脆弱ではあるが……なるほど、邪神像の破壊には事足りるわけか」
ほとんどダメージはない……が、見逃すつもりもないようだ。
公爵はキララさんに向かって足を進める。
「おいバカ、せっかく隠れてればやり過ごせたかもしれないってのに」
瓦礫から顔を出したクリフォードは、キララの手を引いて逃げる。
「え? だってあんたが先に喧嘩売ってたじゃない」
「あれはただの勢いだよ! あんな化物とやり合って勝てるわけねーだろ!」
逃げる二人を追って、公爵はこちらに背を向ける。
リズの様子を見ると、すでに武装は解除されていた。
……キララさんにいいところを奪われてしまったな。
(神力がない僕はこんなに弱かったのか……)
力の入らない膝を無理矢理奮い立たせる。
(圧倒的な力がないと誰も助けられないのか……)
残った魔力を振り絞る。
なのに――――僕の視界は残酷な光景を見せた。
「見逃すとでも思ったのか?」
公爵は振り返ると、僕の周囲に光の球体をいくつも創り出した。
「キミの魔法を真似してみたものだ。存分に味わってくれ」
そう言い残し、再び逃げる二人へと向かって行く。
僕が右足を半歩進めると、球体の一つから閃光が放たれ右足を貫いた。
「ぐぁッ――!」
真似……たしかに真似て創られたものなのだろう。
見た目こそアーちゃんに似てはいるが、これは魔法ではなく神力の矢によるものだ。
その場に膝をつく。
光の球体はなおも僕を取り囲んでいる。
どうやら狙いは僕だけのようだ。
(でもこのままじゃリズを巻き込んでしまう……)
左足に魔力を込める。
片足だけでも残った魔力を使えば――――
横に跳んだ瞬間――――いくつもの閃光が僕へと迫る。
その光景はひどく遅く感じた。
脳が必死に対処法を探る……この状況で生き延びる術を……。
唯一逃げ場があるとすれば上空だが、もはや飛行魔法を使うだけの魔力は残っていない。
……いや、仮に使えたとしても、閃光はそれよりも速く僕を捉えるだろう。
もし、もっと速く飛べたなら……。
『…………』
何者かが、その思いに無言で答える。
それでも意志だけは、はっきりと伝わってきた――
大丈夫……飛んでみて――――
ゆっくりと迫る閃光を、紙一重で躱しつつ飛翔する。
時間にしてほんの一瞬の出来事だったことだろう。
「これは……」
自分の手を見つめる。
どうにも魔力を消費している感覚がない。
(……アーちゃん?)
人工精霊からの返事はない。
それでいて、分体を作ることもできなかった。
でも、今までよりずっと、身近にいるような暖かいものを感じた。
光の球体から、なおもこちらに閃光が放たれる。
しかしそれもひどく遅く感じる。
なぜなら……こちらはもっと速い!
飛行魔法とは思えぬ速度で飛翔するエルリットを見て、公爵はその足を止めた。
「なんだその力は……」
睨みつけるような視線をジッと向ける。
(魔力とは違う何か……神力とも違う)
その特異な存在に一つだけ心当たりがあった。
「精霊と契約しているようには見えなかったが……」
とはいえ、公爵にとってそれはさほど脅威と思えるものでもなかった。
その可能性があった精霊女王にはすでに手を打ってある。
少なくとも、向こう数百年は大人しくしているはず……外の世界に出てくるはずがない。
手をかざし、光の球体でエルリットを包囲していく。
追うのではなく、囲ってしまえば他愛ない。
放つ神力の矢は、王都の空を明るく照らす……照らし続ける。
邪神像の効果がなくなり、人々はその光景を目の当たりにしていた。
「器用に躱すものだ」
公爵は素直に感心する。
不覚ではあるが、その時の光景に少し見惚れてしまっていた。
「そろそろ終わりにしたいところなのだがね」
遊んでいるわけではない……が、中々終わらない。
それどころか、神力の矢の中を搔い潜り、エルリットの指先から閃光が放たれる――――
「……ッ!」
軽く受け止めるつもりだったが、思ったよりも重い……。
仕方なく蹴り上げ、上空に弾き飛ばした。
脅威と呼べるほどではないが、威力としては赤髪の剣士の一撃に近い。
これもまた……神に傷を負わせることができる。
それは小さな可能性でしかないのかもしれない。
しかしだ、創造神の力にこうも抗えるとは……。
「認めよう……お前もまた、神に届きうる」