202 大聖堂の戦い。
「ここが大聖堂の中か……」
窓から外は真っ暗で、特に眩しかったりはしない。
本当にあの光の柱の中にいるのだろうか。
「近くに人の気配はないな」
今いる場所は応接室のような一室だが、リズが言うのなら安心できる。
神官や聖騎士との戦闘も覚悟してたけどそうはならなかったようだ。
「いってぇ……」
「いたた、ちょっと勢いつけすぎちゃった」
クリフォードはキララさんの下敷きになっていた。
……やっぱ気のせいじゃなかったのか。
「キララさん……何でついてきちゃったんですか」
「何でってそれはもちろん……」
キララさんはそれ以上口にせず、恥ずかしそうにチラチラとこちらに視線を向けた。
一体どこに照れる要素があったのだろうか……。
さらには、ブツブツと独り言を呟き始める。
「エルリット王子は転生者……でもきっと前世の記憶は封印されているんだわ。それに、私の予想によるとおそらく前世は日本人……この流れは間違いなく私とも何か繋がりがあるはず」
なんかちょっと怖い。
「じゃあクリフォードさん、キララさんをよろしくお願いしますね」
「あぁ、任せ……え?」
僕はリズと共に先を急いだ。
先と言ってもどちらに向かえばいいのかわかってはいないが、とにかく彼にキララさんを押し付けられればそれで良かった。
うん、とりあえずこういう時は上を目指そう。
「うそだろ……」
クリフォードは置いて行かれた。
そもそも付いて行っても足手纏いなのはわかっている。
かといってこれは……
「一応俺の暗殺対象なんだけど……」
キララを見ると、完全に自分の世界に入ってしまっていた。
今更彼女をどうこうするつもりはない。
とはいえ、二人きりにされても困る。
だってこの女……何か怖い。
「やばいわ、これ思ったより壮大なストーリーになっちゃうのかも…………ってあれ? エルリット様は?」
「先に行っちまったよ」
というかあきらかにこの女を避けてたな。
俺の役割はすでに終わっているのだろうが、せめて二人の邪魔にはならないようにしないと……。
「何で教えてくれないのよ!」
「何で教えなきゃいけないんだよ」
他のことに気を取られてたこの女の自業自得だろうに。
(俺の最後の仕事がこれの始末だったんなんて……ホント虚しい)
大体何で付いてきたんだ。
救世主の力は俺もある程度は把握している。
どう考えてもこの戦いに付いていけるものではない。
「あーもう、せっかく最終決戦に付いてきたのに出遅れちゃったじゃない。ちょっとアンタ、案内しなさいよ」
しかもすごく偉そうだ。
「……しゃーねぇなぁ、付いて来な」
渋々俺は案内することにした。
あの二人がどこへ向かったかは知らないが、とりあえず下へ向かうとしよう。
それに……
(あそこなら俺の最期の場所として丁度いい……)
◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂内の最も広い空間である礼拝堂で、クレスト公爵は女神像を切り捨てる。
「これはもはや必要ない」
転がる首を足で踏み砕くと、その視線は礼拝堂の入口へと向いた。
「少々散らかっているが歓迎しよう」
白髪と赤髪の二人は明確な敵意をこちらへ向けていた。
あまりに思い通りに事が進むので公爵は僅かに口元を歪ませる。
さて、最後の仕上げだ……。
「あなた一人なんですか? 教皇はどこに……」
広い礼拝堂にいたのはクレスト公爵だけだった。
とはいえ、あれほど力を誇示していたのにどこかに隠れているとも考えにくい。
「教皇……か。彼の者は民衆のために戦い、そして散っていった」
「は……?」
公爵の言っている意味がよくわからない。
「民は涙していたよ。そして魔女を恐れた……」
「さっきから一体何を……」
こちらの問いには答えず、ゆっくりと歩み始める。
「そして聖騎士は遺志を継ぎ、立ち上がった」
僕らとの距離は数メートル程だろうか。
公爵は立ち止まり、漆黒の雷を上空に向けて放った。
礼拝堂の屋根はいとも簡単に砕け散っていく。
「この力は魔神の……!?」
なぜそれを公爵が使っているのか……答えは明白である。
おそらく教皇は彼の手によって……
「欲しいものだけ奪って、罪は僕らに擦り付けようなんて随分都合がいいんですね」
「だがすでに紡がれた物語だ」
つまりもう手遅れだと言いたいらしい。
「そこまでして民衆の支持を得る意味が何かあると……?」
僕の問いに、公爵は不敵は笑みを浮かべる。
「証人は必要だろう……新たな神の誕生にはな!」
その瞬間――――僕の体はガラスを突き破って外に投げ出された。
それは公爵の攻撃によるものではない。
リズに突き飛ばされたのだ。
「――リズッ!」
「ほう、神の一撃を止めるか」
先程まで僕が立っていた場所では、聖剣を身に纏ったリズが公爵の剣を受け止めていた。
「何が……神の一撃だ」
「真剣白刃取りというのだったかな、器用なことをするものだ」
膠着したまま、公爵はグッと踏み込んだ。
だがリズは一歩たりとも引くことはなかった。
「その神具はあの時のものか……なるほど」
公爵は剣を手放しリズと距離を取る。
(よし、リズなら公爵とも戦える……)
後はいかに僕が支援できるかだ。
後手に回るとあの速さにはとても対応できない。
僕は指先を公爵に向けた。
込める魔力は最大限に……でも可能限り圧縮して絞る。
反動は……今は考えるな!
「ぐッ……!」
放った瞬間、宙に浮いていた体はさらに後方に飛ぶ。
それは間違いなく、今までで最大威力のレイバレットだった。
しかし――――
「魔法など私には無意味だよ」
渾身のレイバレットを公爵は片手で軽く払った。
たったそれだけのことで、僕の一撃はただの魔力となって霧散していく。
やはり通じなかった……でも!
「余所見してていいのか?」
レイバレットへ意識が向いたのをリズは見逃さない。
一瞬で間合いを詰め、大きく振りかぶった拳が公爵の顔面を捉えている。
――が、振り抜かれた拳とは裏腹に、公爵はその場で軽くよろめいただけだった。
「……まぁ、こんなものか」
まるでつまらないものを見るかのような視線に、リズは嫌な気配を感じ取り後ろに跳んだ。
公爵は口元から流れる血を指で軽く拭うと、反撃はせずに鎧についた砂埃を払った。
「なぜ避けなかった……」
「必要ないと判断した」
公爵はリズの一撃を敢えて受けていた。
どんな攻撃もまったく意に介さないと言いたいらしい。
「しかし……そうだな、侮っていたことは謝罪しよう。神に傷を負わせたこと、誇りに思うが――――
「馬鹿にするなッ!」
言葉を遮るように、リズは身を捻り後ろ回し蹴りを放つ――――
「……!?」
だが、それは公爵の目の前で止まる。
正確には、片手で受け止められていた。
「その速さにはもう慣れた」
公爵は不敵な笑みを浮かべている。
(まずい……!)
僕は咄嗟にアーちゃんの分体を8体放出する。
もはや全力を出すだけでは足りない。
限界を超えるつもりで力を出し切らないと……!
先程同様に、指先に最大限の魔力を込め小さく圧縮していく。
さらにそれを8体のアーちゃんを介して同時構築していった。
目が熱い……それでいて意識が飛びそうな頭痛でクラクラする。
それでも――――準備は整った。
同時に、リズは公爵との距離を大きく取る。
標的である公爵は動かない。
おかげで、簡単に全ての照準を合わせることができた。
「これで――ッ!」
9本のレイバレットを一点集中で放つ。
着弾もほぼ同時で、その衝撃は公爵を砂塵で覆う――――
(あっ、やば……飛行魔法すらしんどくなってきた)
でもさすがにこれは効いただろう。
さっきと違って弾かれてはいないのだし……。
そんな思いは、聞き覚えのある声であっさりと否定される。
「なんだ、もう終わりなのか」
砂塵が徐々に薄れていくと、傷一つない公爵の姿が現れる。
その手の上で、9個の光の球体が浮かんでいた。
「そのまま返す……と言いたいところだが、さすがに微調整が難しい。どこに飛ぶかわからんぞ」
公爵は球体を無造作に放り投げた。
「まさか……それは僕の――――
レイバレットが大聖堂内で弾ける。
圧縮していた魔力は拡散し、広く包み込んでいく。
それは壁を貫き、床を抉り、公爵を中心に大聖堂を破壊していった……。