201 クリフォードの切り札。
光の柱の中に、僅かに教会と大聖堂の姿が見えた。
理由は不明だが、あれに何かの意味があるとするなら犯人はわかりきっている。
「教皇か公爵の仕業か……」
しかし、どうにも魔神の力は感じない。
どちらかと言えば僕が使ってた神力をさらに増幅させたような印象を受ける。
もしそうだとしたらマズイ……。
「行かなきゃ……」
リズへ視線を向けると、無言で頷いた。
ついてきてくれるらしい。
「そうか、行くのか……」
エルラド王は一瞬だけ寂しそうな表情を見せるも、真剣な眼差しを向けた。
「絶対に帰ってくるんだぞ」
多分これは王としてではなく、父として言ってくれている……そんな気がした。
「もちろんですよ。またあのシチューを食べたいですからね」
それだけ言い残し、僕は窓に足をかけ――――
「待ちなさい、そのまま向かっても無駄足になるだけよ」
飛び立とうとしたところを師匠に引き留められた。
このタイミングで止められるとちょっと恥ずかしいんですが……。
「どういうことですか……」
「見て分からない? あの神力の結界、今のアンタじゃ壊せないわよ」
僕は光の中に見える教会へ視線を移す。
神力の気配自体はわかるのだが、結界の存在までは気づかなかった。
これも創造神との繋がりが完全に途切れた影響だろうか。
「神力の結界か……それなら聖剣の力を全力で使えばいけるだろう」
そう言ってリズは聖剣を取り出した。
それを見て師匠はため息をつく。
「はぁ……これから敵地に乗り込むって時に、わざわざ無駄に力を使ってどうするのよ。それ、そんな長くは使えないんでしょ」
「それはそうだが……」
現状神力に対抗できそうなのはリズの聖剣だけと考えると、たしかに力は温存させたいところだ。
「じゃあどうすれば……」
「転移魔法を使うわよ。神力の結界で座標がわかりにくいけど、すぐに解析してあげるわ」
師匠は光の柱に向かって手をかざす。
その表情は少し辛そうに見えた。
まだ魔力が回復しきれていないのだろう。
「……そんな状態で転移魔法を使う気ですか」
さすがの僕も心配です。
しかし師匠は、手に持った酒瓶を飲み干し笑みを浮かべた。
「私がこれぐらいで酔うわけないでしょ」
「そういう心配じゃないです……」
実は酔ってるんじゃなかろうか。
そう呆れていると、ノックもなく扉が開いた。
「話は聞かせてもらった」
現れたのは、一応捕えてあるはずのクリフォードだった。
監視役はどこに行ったんだ……。
(たしかロイドに一任されてたはず)
そこで、ロイドとエルラド王の居場所が入れ替わった時の言葉が脳裏に蘇る。
『身を隠していたところを神官に見つかったと思ったんだが……』
……ホント、どこ行ったんだろうね。
「俺ならいつでも大聖堂に転移できる。もちろん、他の人間も同時にな」
本人は得意気だが、正直疑わしい。
本当に転移魔法が使えるかどうかというのもあるが、そもそも本来彼は教会側の人間だ。
「ちょっ、疑ってんのかよ……」
「そりゃそうでしょ」
クリフォードはガックリと項垂れた。
「転移魔法はおそらく本当だろう。私は実際にこの目で見たしな」
リズがフォローすると、今度は表情が明るくなった。
クレスト公爵と似た顔でこうも表情が変わると違和感がすごい。
「厳密には転移魔法じゃなく、設置型の帰還魔法だけどな」
おまけに使い捨てらしいが、クリフォードは消費する度に大聖堂内に設置し直していたらしい。
「なるほど……でも、あなたが僕らに協力する理由なんてありませんよね」
仮に罠だったとして、敵地に送る以上に危険な場所があるのか疑問ではある。
とはいえ簡単に信用するのもね……。
すると、クリフォードはこれまでで一番真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「人と人が手を取り合うのに理由がいるのか?」
「今はいるんじゃないかな……」
どんな良い言葉も使いどころって大事なんだな。
「そっか、いるのか……」
露骨にシュンと落ち込んでいた。
そんなクリフォードをジッと見据えていた師匠が口を開く。
「設置型なのは間違いないっぽいわね。場所も……たしかにあの光の中みたいだし、いいんじゃないそいつに任せちゃえば」
まだ発動したわけではないが、転移先すら師匠にはわかっているようだった。
「えっ、俺の切り札なのに見ただけでわかんの? ……魔女怖くね?」
お墨付きをもらったクリフォードはなぜかショックを受けていた。
ホントに寿命間近なのこの人。
「師匠がそう言うならまぁ……それじゃあ乗り込むのは僕と――」
「もちろん私も行く」
リズは真っ先に名乗りを上げてくれた。
「それなら私は客人の相手をするとしよう」
セリスさんは窓から外へ視線を移す。
光の柱で街が照らされたことによって、門の外に人が集まりつつあるのが僕にも見えた。
「聖騎士と神官……?」
すぐに乗り込んでくる様子ではないが……何か企んでいるのか?
「ウチらの心配はせんでええから、エルたちは思う存分いてこましたれ」
「私も残るわ。輪廻の融合とやらも気になるし……そもそも今のままじゃ足手纏いだろうから」
メイさんは仕方ないとして、アンジェリカさんも屋敷へ残るほうを選んだ。
神降ろしの影響なのか、シルフィは未だ目を覚まさない。
「あの結界さえどうにかできれば、ヤマトとヴィーを叩き起こして送りつけてあげるわよ」
まだ本調子じゃないとはいえ、師匠たちの存在は非常に心強い。
でもそうか……僕とリズだけで乗り込むのか。
「不安か……?」
僕の手を握り、リズはそう尋ねた。
まいったな、どうにも顔に出てたようだ。
自分で頬を強く叩く――
「それはたった今なくなったところです」
帰るべき場所がある。
帰るべき場所を守ってくれる人がいる。
だから――――
「よし、やってください」
リズと手を繋いだまま、クリフォードの肩を掴む。
「片道切符だ、帰りは歩いて帰ってくれよ!」
キザなセリフと共に、魔法が発動仕掛けた時のことだった――――
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁッ!」
勢い良く扉を開けたキララさんが、そのまま僕ら目掛けてダイブする。
「今こそ救世主の力を見せてあげるわ!」
その言葉に異を唱える者はいなかった……というよりも、唱えることができなかった。
室内はシンと静まり返る。
エルリットとリズリース、そしてたった今飛び込んできたキララの三人は、クリフォードと共にその姿を消していた。
「…………」
残った者たちは、無言で頷き合う。
今のは見なかったことにしようと……
………………
…………
……
「――というわけで、輪廻の融合にあまり期待はしないことね」
アンジェリカは、ルーンに簡単な説明を受けた。
たしかにこれでは大幅な魔力の強化は期待できそうもない。
「前世の器か……」
魔法なんてものがなかった前世のことを考えると仕方のないことかもしれない。
しかし今はそれでも――――
「――お願いするわ」
「そう……」
ルーンは承諾すると、足で床をタップした。
タンッと軽い音が室内に響き、アンジェリカの足元に魔法陣が現れる。
「まぁあの性別詐欺と同じ転生者なら大丈夫だと思うけど、もし少しでも危険だと感じたら足元の魔法陣を破壊しなさい」
魔法陣が淡い光を帯び始める。
「かの者に眠りし魂魄よ……解放と開放の呼び掛けに応え……その身を再び一つに――――」
ルーンの詠唱が進むにつれて、アンジェリカは体が冷たいものに包まれるのを感じる。
体の中で、今まで動いていた部位がその活動を停止したような……
「……うっ」
酷く吐き気がする。
これは拒絶反応か……あるいは――――
「――――ッ!」
ルーンの叫ぶ姿が視界に映る。
だがその声は届かない。
(そうだ……魔法陣を壊せばいいのか)
足元を見ると、すでに魔法陣の光は力を失っている。
代わりに、どこまでも暗い闇が続いていた。
あぁ――――そんなところに私はいたのか……
ローラは、ジッと西の空を眺めるミンファの様子がおかしいことに気が付いた。
「どうしたんだいミンファ」
「……来る」
その言葉を聞いてローラも同じ方向を眺めるが、夜なので何かが見えることはなかった。
ただ、少しだけ西の方が明るいような気がする。
「何が来るってのさ」
「うーん……わかんない」
そう答えると、ミンファは興味を失いぬいぐるみで遊び始める。
この年頃の子はよくわからないな、とローラもそれ以上聞きはしなかった。
だが、なんとなく西の空に不吉なものを感じていた……。
(……何もなければいいけどねぇ)