199 呪術の根源。
呪術――――それはあまり表に出てくることはない。
それもそのはずだ……なぜなら、退化の一途を辿っているからである。
それこそ、人々に忘れ去られるほどに……。
魔法が魔力に法則を与えるものであるのなら、呪術は人を呪う術だ。
その力の源は……憎悪である。
『神を信仰する者は多い。だが同時に、神を憎む者もまた多いものじゃ』
その憎しみを力に変え法則を与えた結果、生まれたのが邪法だった。
世界に……そして神に反発する力である。
魔法が魔力を糧にするのであれば、邪法は感情を糧にする。
しかし、邪法と呼べるほどにまで昇華できる者は極僅かでしかない。
稀有な存在は、年月と共に劣化の道を進んでいった。
気が付けば呪法と呼ばれ、忌み嫌われる存在に……。
『それも邪教の者にとっては都合が良かったのじゃろうな』
邪教……結局はそれも、教会内の一派閥である。
そこに神への憎悪はありえなかった。
ならば衰退するのは道理といえる。
本来神への憎悪が力の源であったが、形を変え人への憎悪……人を呪う術に落ち着いた頃には、呪術と呼ばれるようになっていった……。
………………
…………
……
「一つ質問していいですか?」
創造神の話を聞いて、僕はそっと手を挙げた。
「呪術の根源が邪法というものだとして、それは神力に対抗できるほどの力なのですか?」
なにせ神力は創造神の力そのものだ。
この世の理の外にある。
それに対し、邪法は結局のところ人から生まれた力。
魔法が比較対象ならわかるが、とても神力に対抗できるとは思えない。
『……まぁ、普通は無理じゃな。干渉することすら難しい』
そう言って、創造神は頭を下げた。
『じゃが……すまぬ、原因は我にある』
「ど、どういうことっすか」
正直内容より、神様が頭を下げたことに狼狽えてしまった。
これは罰当たりな気がする……罰当てる当人がやってることだけど。
『お主があまりにも我の力に順応しておったのでな、繋がりが濃くなってしまったのじゃ……』
創造神の指先は僕に向いている。
当然皆の視線も僕に向く。
な、なんだ……これじゃあ僕にも過失があるみたいじゃないか。
……いや、あるよな。
なんか使えるから使っちゃえの精神だったもの。
「……僕がやりました」
そっと拳を握りしめ、手首を合わせて突き出した。
でもできれば牢に入るのは国に帰ってからだとありがたい。
『いや、お主が悪いわけではない。繋がりを切らなかった我の判断ミスじゃ』
「あっ、意図的に切らなかったんですね」
つまり使ったこと自体は問題なかったらしい。
何か理由があって繋いだままだったのか……。
「……少し疑問なのだけど」
声のするほうを見ると、師匠が小さく手を挙げていた。
「神の力に順応なんてそもそもありえないはずでしょ。だからこそ干渉できないわけだし」
キララさんやシルフィも神力を扱えてはいるが、それも微弱なものである。
創造神の力とはまた違うのだろうか。
『それは……』
創造神はこちらの顔色を窺っていた。
話していいものか悩んでいるらしい。
何か不都合なことでもあるのかな……?
とりあえず、僕は静かに頷いておいた。
『……この者が順応できた理由は三つある』
あ、僕の方に理由があるのか。
一体なんだろう……類稀な才能と、それに驕らない努力。
そして最後に小さな幸運……とかだったら素敵やん。
僕はちょっとだけワクワクしたことを、すぐに後悔することになった。
『直近でいえば、我が体を借りたことか……その時に繋がりを極端に濃くしてしまった。本人への負担がほとんどなかったのは、他の二つの理由も関係している』
これは神降ろしの件のことだ。
この場合は小さな幸運にでも分類されるだろう。
次に、創造神は魔神を指差した。
『そこにおる我の半身、魔神ダスラ……今は生まれ変わりマリアーナだったか。その者の子として生を受けたことがやはり大きいじゃろう』
彼女が母親だと、神のお墨付きが出てしまった。
(その人僕を刺したことあるんですが……)
まぁ両親がはっきりしたのはきっと良い事だよね。
魔神の生まれ変わりの子供……これは才能になるのかな。
残ったのは努力の部分である。
正直まったく何も思いつかない。
師匠の元を離れてからは、無理のない筋トレに無理のない魔法の勉強ばかりだった。
でも僕が気づいていないだけで、常人には不可能な努力をしていたとか……。
『後はまぁ……そうじゃな、おそらく転生前に話しすぎたのもある。異世界の魂は一旦我を通すものじゃからな』
なるほど、異世界の魂は創造神を通すシステムなのか……。
(……これは多分幸運になるのかな)
二つの幸運と一つの才能が理由だったらしい。
でも、今本当はそんなことどうでもよかった。
僕が転生者だと――――神様にカミングアウトされてしまった。
「転生……?」
師匠は当然聞き逃さなかった。
そう……アンジェリカさん以外に、そのことを知る者はいないのだ。
僕の顔色を窺っていたのはそういうことだったんですね……。
ほとんどの者は転生という言葉を聞いてもよくわかっていない。
でも師匠は違う。
楽しそうにこちらを見ている。
「そういうことね……」
魂の共存は、神の作為的なものでもないとありえない……輪廻の融合のときに師匠が言っていたことだ。
「そ、それで、なぜ順応できたことが邪法に干渉を許す原因になるんですか?」
僕は転生の件についての説明を考えながら、慌てて話を切り替える。
アンジェリカさんも察してくれたのか、創造神に対し言葉を発した。
「理の外にあったものが内側で定着してしまったとか……?」
この考え方はありえそうだ。
魔神の力が奪われたのも、この世界に定着したものだから干渉を受けてしまったものと思われる。
『あながち間違いではない、定着……とは少し違うのじゃがな。繋がりが濃い者を介して干渉を受けるとは我も思わなんだ……』
神にとっても予想外の展開だったようだ。
創造神ってもっと全知万能的な存在だと思っていた。
「……創造神って思ったより万能じゃないのね」
僕が言葉にしなかったことを、アンジェリカさんは堂々と口にしていた。
それはどこか棘があるようにも感じる。
『神なんてそういうものじゃよ。今こうして話をするのも、かなり無理をしておるからの』
創造神の姿が、徐々に薄れ始める。
『もう時間のようじゃ……よいか、神力を奪われたといっても無尽蔵なものではない』
「ちょっと待って、まだ消えないで」
聞きたいことはまだあるんですよ。
何で今まで繋がりを切らないでいたのか、とか。
魔神をここに放っておいていいのか、とか色々まだ問題が――――
『そもそも、本来あれは人の手に余る。決してお主たちに勝ち目がないわけではないぞ……だから、あきらめないでおくれ……人の子らよ――――』
創造神の姿が光の粒子となって霧散していく。
僕の伸ばした手は、力無くその場に倒れそうだったシルフィを抱き留めた。
「言いたい事だけ言って……相変わらずだなぁ」
やっぱり騒々しい神様だった。
でも……要は励ましに来てくれたんだよな。
シルフィをそっとベッドに寝かせ、僕は振り返った。
同時に、師匠に肩をがっちりと掴まれる。
「さ、くわしい話を聞かせてもらいましょうか……転生者さん」
笑顔のようで、目がまったく笑っていない。
「えっ……でもほら、凡人の器には興味ないんじゃ……」
「……ちっ」
舌打ちされた……師匠が自分で言ったことですよ。
すると、メイさんに袖をちょんちょんと引っ張られた。
「ウチは興味あるで、転生ってなんや? 異世界っちゅーことは別の世界からきたんか?」
その瞳は、見た目通りの子供のように純粋な輝きをしている。
僕はアンジェリカさんに救いを求めたが「あきらめなさい」と言わんばかりにため息をつかれた……。
◇ ◇ ◇ ◇
住民のいなくなった街中で、一人の不審人物が王国の兵と神官に追われていた。
「そっちへ逃げたぞ!」
「見た目の割に速いぞ、回り込め!」
普段ならこの程度簡単に振り切ってみせるのだが、突然知らない場所へ飛ばされたおかげで迷子に近い状態だった。
「ちくしょう……冒険王がなんてザマだ」
ロイドは灯り一つない路地裏に身を隠す。
ただ逃げるだけでなく、元々いた屋敷に戻ろうと思ったら中々に面倒な状況である。
「デコイだ! 本物は動いていない!」
割と高位の神官と思われる者に、あっさり見破られてしまった。
「なんなんだよもう――――」
これが神を疑った罰かと思うと中々に恐ろしい。
「いたぞ、こっちだ!」
「やはり冒険王ロイドで間違いないぞ!」
「魔神の姿で何をしようとしていた!」
「教皇様の居場所を吐け!」
その場から再び逃げ出すと、背後から好き放題言われていた。
(たしかに姿を変える魔道具はあるけどよ……)
少なくともまだ使っていない。
けどこれじゃ使いにくくなってしまった。
「つーか、あの死にぞこないジジイのことなんて俺が知るかよ!」
路地裏を抜け大通りに出る。
そこもやはり人気がなくてあまりにも不気味な光景だった。
「こりゃ避難ってよりは……ん?」
その時、王都の中心から伸びた光が空を突いた――――