198 創造神ナーサティヤ。
エルリットたちはまだ目を覚ましたばかりなので、仕方なくアンジェリカが余計な来客の対応をエントランスでしていた。
「良かった、無事だったかカトレア」
屋敷に招き入れた……というか保護したクロード王子は、カトレア嬢を見るなりその身を抱きしめた。
「……チッ」
アンジェリカはつい小さく舌打ちする。
それに気づいたカトレアは慌て始めた。
「で、殿下……人前ですので」
アンジェリカの機嫌は露骨に悪くなった。
しかしクロードは次期国王だ。
全てが片付いたら馬車馬のように働いてもらうつもりなので無下にもできない。
(……全て片付けられたら……だけど)
クロード王子がここにいるということは王城で何かあったか……。
内部にいてくれた方が都合が良かったのだが、中々上手くいかないものだ。
(でもセリスがこの状況で加わってくれるのはありがたいわね)
現状、間違いなく近衛騎士最強の存在である。
それでも戦況が変わるほどではないが……。
さらにもう一人、こちらはアンジェリカも良く知らない人物だった。
「カトレア・モードレット……!? てっきり犯罪奴隷になったものだと……」
ウィリアムはカトレアの存在に驚愕していた。
その反応を見て、アンジェリカは彼の認識をしなくてもいいものだと判断する。
(あ、こいつは放っておいていいか)
何せ「そこから説明しないとダメなのか?」と言いたくなるほどに情報が共有されていない。
おそらく巻き込まれただけなのだろう。
「それで、どういう経緯でここに?」
アンジェリカがそう尋ねると、クロードはハッと我に返り答えた。
「す、すまない、カトレアの安全がわかってつい……。それと……王城はすでに教会の手に落ちたと思ってもらっていい」
王子はここまでの経緯と、王城の状況を話し始める。
ある程度のところでセリスのほうに視線を移すと、無言でコクリと頷いていた。
どうやら間違いないらしい。
「そう……まぁあの国王じゃそうなるでしょうね」
これに関しては、ある程度予想の範疇ではある。
ならば是非とも王子とカトレアには生きていてもらわなければ困る。
そのほうが戦後処理がスムーズに進むのだ。
(でも目先の問題をどうするか……)
一先ずエルリットたち共に、今の状況を整理したほうがいいだろう。
そう思った矢先、エントランスに面倒な人物が顔を出した。
「あっ、クロード殿下! ひょっとして私が心配で来てくれたの……!?」
そこには全快したキララの姿があった。
アンジェリカは眉間を抑えため息をつく。
(あぁ……そういえばこいつもいたんだった)
もう面倒だから全員あいつに押し付けようか……。
そんなことを企みながら、アンジェリカは再びエルリットのいる部屋へ向かうのだった……。
………………
…………
……
「……いや、だからってホントに全員連れて来ないでくださいよ」
ぞろぞろとアンジェリカが引き連れてきたことによって、当然エルリットは困惑していた。
部屋自体は決して狭いわけではないが、もっと適切な部屋があるはずだ。
(というか、一部非常に雰囲気が険悪なんですが……)
教皇から引き剥がした生命力が元に戻ったというのはすぐにわかったが……。
クロード王子、カトレアさん、ローズマリアさん、この三名はキララさんが何か言葉を発するたびに殺気が漏れてる気がする。
おかげでリズが目を覚ましてしまった。
「随分賑やかな見舞いだな」
寝起きでまだ少しボーッとしているようだ。
リズにしては珍しいが、それほどあの神具は負担が大きいらしい。
「私も邪魔するわよ」
「――師匠!」
壁にもたれながらも、酒瓶片手に師匠は姿を現した。
…………酒瓶片手に?
「えぇ……何で飲んでるんですか」
さすがに中身は水とかだよね……。
そう思いたかったが、ワインの香りがそれを否定していた。
「寝起きの一杯でしょ」
「うっそぉ……」
元々酒癖のひどい人ではあったが、僕と暮らしてた時はここまでじゃなかった気が……。
それにキララさんが、ものすごく師匠を睨んでいる。
「エルリット王子の師匠……? くッ、でかい……強敵だわ」
何やらぶつぶつと呟きながら一人で狼狽えていた。
相変らずよくわからない人だ。
「なんだよ、飲んで良いなら俺も……」
師匠を見たロイドも何かを取り出そうとするが、その腕をクリフォードが止める。
「やめとけおっさん。多分あんたが同じことをすると許されない気がする」
そう指摘されると、ロイドはどこか寂しそうな目をしていた。
こちらは思いのほか仲良くやっているようでなによりだ。
楽しそうであるかどうかは別として……。
「リズ……また強く成ったか」
「いや、まだまだだよ。ただ新しい戦い方を見つけてな」
セリスさんとリズは、武人の会話に花を咲かせていた。
……この場合も花といっていいのだろうか。
「なんや騒がしいなぁ」
僕の体にしがみついたままだったメイさんもようやく目を覚ましてくれた。
「器用な寝方してましたよメイさん」
「あー……堪忍やでエル、どうも寝心地が良ぅてな」
布団の中ならともかく、僕が起き上がった後は寝心地なんて良いはずがないのだが……。
とにかく、ようやく肩の荷が降りた……物理的に。
「傷のほうはどないや?」
「もう問題ないですよ。シルフィに感謝ですね」
しかし、当のシルフィはこの状況でも目を覚まさなかった。
僕はもう大丈夫なので、代わりにベッドに寝かせておいてあげよう。
そう思い、シルフィの体に触れた……その時だった。
シルフィの瞼が、ゆっくりと開く――――
『――――ようやく……繋がった』
静かに発せられた声は、間違いなくシルフィのものである。
でもどこか別の場所でも聞いたことがあるような……。
「これは……神力?」
失ってなおその気配をはっきりと読み取れた。
『すまんな、どうしても完全に抑えるのは難しい。この者に負担はかけぬ故、心配はせんでよいぞ』
「この者」というのは、シルフィ自身のことのようだ。
まるで体を借りているかのようで……。
「神降ろし……」
『うむ、こうして向き合って話すのは久しぶりじゃな』
教会の神降ろしとは違う。
本物の神をその身に宿す神降ろし……。
以前僕の身に起きたことが、今はシルフィの肉体に起きているようだ。
「ねぇ、ひょっとしてこれって……」
アンジェリカさんはなんとなく察していた。
同じ転生者だし、やはり話ぐらいはしたことあるのだろうか。
しかしこの事態をどう説明したものだろうか。
気配に敏感なリズやセリスさん、それに師匠辺りは異変に気付いているようだが……。
「えーっと……こちら創造神のナーサティヤ様です」
とりあえず正直に紹介した。
人間素直が一番だよ。
「エル……もうちょっと寝てたほうがええんとちゃう」
正気を疑われた。
素直なだけじゃ思いは伝わらないようだ。
「本当なんだけど……どうすれば信じてもらえると思います?」
『我に聞くでない、せっかくの神々しい登場シーンが台無しではないか』
せっかくだからご本人の意見を参考にしたかったのだけど……。
そもそも勝手にシルフィの体を借りておいて、その説明は丸投げってどうかと思うんです。
あとみんなの視線が痛い、変な汗が出る。
そんな中、ロイドは鋭い視線を向けていた。
「創造神ねぇ……もしそれが本当なら、俺に神の奇跡とやらを見せてくれよ」
挑発的な態度……というよりは、酔っ払いのような絡み方だ。
『……いいじゃろう』
「えっ、いいの?」
自分で言っておいてロイドは慌て始める。
どうせ無理だろ、とか思ってたんだろうなぁ……。
そしてシルフィ……もとい創造神がロイドに向かって手をかざす。
「ちょっ、待ッ――
彼が待ってと言う前に、その姿は消失する。
代わりに、魔神をその手に抱えたエルラド王が姿を現した。
「な、なんだ……!? ここは一体……」
一瞬だけ身構えたものの、僕とアンジェリカさんの姿を見ると構えを解いた。
しかしものすごく困惑しているのがわかる。
「何をしたんですか?」
『あの男とこの二人の位置を入れ替えただけじゃ』
なんて地味な嫌がらせだろうか。
そうなると先程までエルラド王がいた場所に、今頃ロイドはいるということだ。
「ちなみにエルラド王はさっきまでどこに?」
「どこ……と言われてもな、身を隠していたところを神官に見つかったと思ったんだが……」
なるほど、それは奇跡的なタイミングだ。
きっとロイドも本望だろう……多分。
『色々聞きたいこともあるやもしれんが、信じたくなければそれでもいい。我の存在なんぞ、関わらずに生きるのが一番健全ではあるからの』
シルフィの体が、神力の浮力によって軽く浮き上がる。
同時に、重なるように創造神が本来の姿を現した。
神秘的で神々しく……されどどこか暖かい力を感じる……。
皆も感覚で理解したようだ。
これが神というものだと……。
(最初からこうしてれば良かったのでは……)
そしてやはり……でかい。
僕だけ少し緊張感に欠けているのは、今までその神力に触れすぎていたからかもしれない。
『さて、こうして顕現したのには理由がある。なに、神託とでも思ってくれ』
創造神ナーサティヤは、静かに語り始める。
それはお告げと呼ぶには、あまりにも救いのない話だった……。