表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/222

194 神槍グランテピエ。

ジェイクは、ただ力任せにリズへと襲い掛かった。


「速い……ッ!」


駆け引きも何もない動きだが、その速さは以前のそれを凌駕していた。


それでも今の自分なら十分に対応できる。

突進のような突きは、外せば大きな隙が生まれるはずだ。


回転して槍をいなし、その勢いのまま後ろ回し蹴りを――――


「――なッ!?」


ジェイクの関節が、本来曲がらない方向へ向くとリズを襲った。

不意を突かれた攻撃に、咄嗟に倒れ込んで回避する。


「……人じゃないとはそういうことか」


突きの動作……途中までの動きは、以前のジェイクそのものだった。

しかしその後の動きは、とても人間のできるものではない。


リズ少し後方に跳び、一旦距離を取って構えた。


(これは厄介だな……)


今のリズは聖剣を纏った格闘家だ。

だが格闘技とは、本来対人を想定したものである。


(ああも簡単に人の動きを逸脱されるとな)


かといって剣神である父上の剣が通じなかったのならば、自分の剣技では勝ち目がないだろう。

それでいて母上の力も通じないとなると……。


「丁度良い通過点だ」


時間の猶予があるわけではないが、最大限利用させてもらおう。


「グオォォォォォッ!」


再びジェイクは、雄叫びを上げながら槍ごと突っ込んで来る。

ならば今度はいなすのではなく大きく躱してみよう。


「――そう来るかッ!」


もはやジェイクの体はオマケとでも言わんばかりに、不自然な動きで槍の軌道が変化した。


しかし技と呼べるほどの鋭さはない。

だからこそ槍を掴み、受け止めることができた。


――いや、正確には止めれてはいない。


「ぐッ……!」


槍の勢いを殺すことは敵わず、リズは掴んだまま勢いよく押されていく。


(力で押し負けるか――)


それでいて、本当に攻撃が読めない。

以前のジェイクのような動きかと思えば、変則的な動きや今のような強引な攻撃に転ずる。

これではまるで別の生き物のようだ。


「この――ッ!」


リズは槍を強引に蹴とばした反動で、再び大きく距離を取る。

そして即座に追撃に備え構えた。


「…………?」


だが追撃は来ない。

この間合いならてっきり槍が飛んでくると思ったのだが……。


(……そういえばまったく槍を手放そうとしないな)


ジェイクの投げる槍は強力だ。

その威力と速度は、エルの放つ閃光と似ている。

それでいて槍本体はジェイクの手元に戻ってくるのだ。


ならばこの状況で一体何を躊躇することがあるというのだろうか。


「……少し試してみるか」


フッと、音もなくリズの体が消える。

砂埃すら舞うことを許さない。

常人の目であるならば、あたかも瞬間移動したかのようにも見えるだろう。


剣神を彷彿とさせる速度で、リズはジェイクの背後に回り込んでいた。


「はぁぁぁぁぁッ!」


リズはとにかく連撃を放つ。

対して、ジェイクはどれも人とは思えぬ動きで防ぎ、躱していく。


だがそれでいい……これが本来のジェイクであったなら、こんな殺気のない攻撃に釣られることはないだろう。


「そこ――ッ!」


狙いは初めから一つ。

ジェイクの持つ、グランテピエそのものだ。


――が、そこである問題が生じる。

まるでグランテピエを守るように、ジェイクが盾になった。


「なるほど……使っているのではなく、使われているのだな」


今のジェイクは、神具であるグランテピエが本体で、肉体は付属品のようなものらしい。


リズは構えを解く。

もはや対人相手の構えなど意味がない。


なぜなら、これは対人戦ではないのだ。


しかし魔物とも違う。

今までにないタイプ……であるなら――――



――――型など捨ててしまえ。



型とは、本来効率化されたものである。


理にかなった構えは、どこまでも動きの無駄を減らす。

だがそれは、イレギュラーな存在を想定はしていない。

格闘家の構えが対魔法戦を想定していないように、今の相手に対して人が取れる型では限界があるだろう。


今は……とにかくどんな攻撃にも対応できるものが望ましい。

頭よりも感覚で、それでいて自分が動きやすければそれでいいのだ。


(……まるで獣だな)


姿勢は低く、片手は地面に付くほど脱力している。

前のめりだが、攻勢に転ずるならこれぐらいが丁度いい。


「今度はこちらから行くぞ――」


言葉として発した時には、すでにリズの拳はジェイクに肉薄していた。


「……」


ジェイクの意識は無反応だが、その肉体はなんなくそれを捌く。


捌いて…躱して……防いでいく――――


先程の弾幕のような連撃ではない。

全ての攻撃が、その時出せる最高の一撃だった。


型を捨てても、体に染みついた動作というのは咄嗟に出てしまうものだ。


結果――――それは獣のように荒々しく、そして舞のように美しかった。


徐々に、ジェイクの反応に遅れが生じ始める。

対して、リズの猛攻は激しさを増していった。


あきらかなダメージを与えたとしても、そこで攻撃の手を緩めたりはしない。


どれだけの攻撃が捌かれただろうか。

どれだけの攻撃を躱されただろうか。

どれだけの攻撃が防がれただろうか。


暴風のような攻撃に、ジェイクの鎧は少しずつ綻びが生じていく。


そして――――たった一度……たった一度だけ生まれた隙が、一方的な展開を生んだ。


鎧の綻びは、ジェイクの体勢を不安定なものにする。

そこへリズの拳が、鎧を貫通するかのような衝撃を放つ――――


決着はそこでついていたのかもしれない。

それでもリズの拳は止まらなかった。

なぜなら、目の前の標的はまだ倒れていないからだ。


鎧を砕く手応えがある。

肉を砕く手応えもあった。


リズの猛攻が止まったのは、何かが欠ける音を聞いた時だった。

最後に、自然と放った回し蹴りが、ようやく戦いの終わりを告げる。


「はぁ…はぁ……」


聖剣を纏った姿では、体力的にもすでに限界だった。


でもまだ武装は解かない。

そのまま、ようやく倒れたジェイクに近づき様子を伺う。


そこに鎧を着たジェイクの姿はなかった。


「神具は……」


すでにジェイクの武装は解除されている。


「愛されているな……」


砕けたグランテピエが、主を守るように周囲に散らばっていた……。



◇   ◇   ◇   ◇



「結局これ何の魔法なんだ……」


王都の空に浮かぶ黒い球体は、こちらが近づいても何の反応もしなかった。

教皇の姿が見えないことを考えると、おそらくこの中にいるのだと思うが……。


「……! ヒビが――?」


球体にヒビが広がり始めると、ガラスのように音を立てて砕け散っていった。

中からは、予想通り教皇が姿を現す。


「はぁ…はぁ……危うく仮想世界に囚われるところだったわい。魔女の異名は伊達ではないということか」


特に傷を負っている様子はないようだが……仮想世界とはなんのことだろう。


砕けた球体の破片を目で追うと、一つ一つの小さな破片ですら膨大な魔力を秘めているようだった。


(魔法で疑似的に世界を創造していたのか……?)


教皇の放つ神力で打ち破られたとはいえ、師匠ならそれぐらいやりかねないな。


「ふぅ……ん? おやおや、もう一人の魔女がわざわざ戻って来たのかね」


呼吸を整えた教皇は、こちらに気づくと下卑た笑みを浮かべた。

僕相手なら簡単に御することができると思われていそうだ。


「足掻くだけ無駄じゃというのに……どれ、神の半身となったワシの力、そろそろ全てを解放するとしよう」


扱いに慣れてきたのか、手を掲げ漆黒の槍を生成し始めた。


「さっきは碌に相手ができなくて申し訳ありませんでした」


飛行魔法から、神力の浮遊に切り替える。

そして、こちらは純白の槍を生成した――――





王都の上空で今まさに神力同士がぶつかろうとしている中、その光景を眺めていたクレストは歓喜に震えていた。


「そうだ……その力だ」


その瞳には、淡い光を纏ったエルリットが映っていた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ