表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/222

193 恋焦がれた果てに。

貴族ではないものの、割と裕福な家庭に生を受けたジェイクは、親の言いつけを守るとても良い子であった。


幼少期から勉学に励み、何事もそつなくこなす。

友人といえる者はいなかったが、特に困ることもない。

わがままを言うこともなく、何かを欲しがることもなかった。


厳密には、欲しいものが何もなかったのだ。


思えば少し不気味な子供だったのかもしれない。

優秀だが、まるで自我などないような幼少期だった。

あの冒険者と出会うまでは……。





ある日の夜、ジェイクは両親の会話を耳にした。


「この家を手放すのも少し寂しいわね」


「仕方あるまい、戦争が始まってからでは遅いからな」


ジェイクはまだ直接聞かされていないが、どうやら引っ越すことになるらしい。


実際、東の帝国とはいつ戦争になってもおかしくない。

そしてここは帝国寄りに位置している。

それなら今のうちにもっと安全な場所へ……ということだろう。


(たしかに巻き込まれるのはごめんだな)


ジェイクも、両親の考えに異論はなかった。


世界の出来事なんて自分に関係ない。

あったとしても興味がないので関わりたくない。


だから――ただ与えられ、求められる役割を消化するだけの日常が、これからも続いていくのだと思っていた……。


………………


…………


……


少し時期を急いだこともあって、一家の乗る馬車には護衛がいなかった。

それが災いしたのか、運悪く山賊に目を付けられることになる。


(運がなかったんだな)


怯える両親に対して、ジェイクはどこか冷めた目をしていた。

そういう運命だったのならば仕方のないことだと……。


(退屈だったから丁度良かったとも言えるか……)


そう受け入れた時――――運命のいたずらがジェイクの前に現れる。


「すまないが同乗させてもらえないかな? どうにも雲行きが怪しくなってきたのでね」


プラチナブロンドの長い髪が特徴的な一人の女性が、山賊の存在を無視しジェイクたち一家に声を掛けた。

どうにも緊張感を感じないが、帯剣しており、整った身なりは貴族を彷彿とさせる。


しかしいつの間に現れたのか理解できず、皆固まっていた。


「……いや、もちろん無賃乗車するつもりはないぞ?」


そう言って彼女は金貨を1枚取り出した。

本人だけは至って真面目らしい。


だがさすがに山賊も我に返り、彼女の肩に手を掛ける。


「おいおい、俺達を無視して何を――――」


正確には、掛けようとした手がボトリと地面に落ちた。


「は……?」


誰一人として悲鳴は上げない。

なぜなら――すでに彼らは手遅れだったからだ。


一呼吸置いて、山賊たちの首から上がヌルリと滑り落ちる。


「悪いが定員オーバーだ。そうだろ? 少年」


そう言って笑みを浮かべる彼女が――――ただただ美しかった。


「……はい、そうですね」


両親は未だ怯えているが、ジェイクは生まれて初めて気持ちが昂るのを感じた。


女神のような美しさに、圧倒的で理不尽な強さ……。

思えばこれが初恋だったのかもしれない。


道中一緒だった期間は短かったが、彼女の話はどんな物語よりも魅力的だった。

自分もそうでありたいと願うほどに……。


「もう少しお話を聞きたかったんですが……」


「悪いが知り合いを待たせてるんでね」


別れ際に、ジェイクは彼女の名を聞いた。


繋がりを絶ってしまうのが怖かったのだ……。

それもまた、ジェイクにとって初めての感情だった。


「ん? そういえば名乗っていなかったな。貴族じゃないから姓はない、ただのユーリだ」


じゃあな少年、と言って彼女は去って行った。

後に、ジェイクは別の場所でその名を聞くことになる。


「神殺しのユーリ……」


まさかSランク冒険者だとは思っていなかった。


星天の魔女と同じく年齢不詳で、主な活動拠点も不明。

知れば知るほどわからないことが増えていく。


神官だった父はあまり良い顔をしなかったが、当時少年だったジェイクが純粋にその存在に憧れるのに、さほど時間はかからなかった。

それまで冒険者というものに興味のなかったジェイクが、新たな道を歩み始めることになる。





――――時は流れ、ジェイクもSランク冒険者という高みに到達していた。

父を通じて、神具と関われたことも大きかっただろう。


(せっかくあなたと同じ高みに登り詰めたのに……)


今の自分を見てもらいたかったが、あれ以降彼女には会えていない。

しかし……それはもう些細な問題だった。


私は――――彼女と同じ強さ、そして美しさを手に入れたのだ。


神殺しの話題を聞くことはまったくない。

もはや彼女が生きている可能性は低いだろう。


いつしか、ジェイクの中で彼女は風化していった。


彼女に今の自分を見てもらいたいと思いつつも、すでに満足している自分がいた。

満ち足りていたのだ――――少し前までは……。



あぁそうだ……あの赤髪の剣士が、全てを狂わせた――――




◇   ◇   ◇   ◇



戻った僕らが目にしたのは信じられない光景だった。


立っていたのは二人ではなく、ジェイクただ一人……。

その傍らに、ヤマトさんとヴィクトリアさんが倒れている。


「――父上! 母上!」


リズが駆け寄ると、二人は掠れた声を上げた。


「娘に恥ずかしいとこ見せちまったな……」


「リズ……ダメだ、こいつはもう人じゃない……」


まだ息はある……が、もはや立つことすらままならないような状態だった。


それに引き換え、ジェイクの様子はどこかおかしい。

こちらを見ているようで見ていない。

生きているようで、どこか生気を感じられない。


「一体何が――」


視界の端で、ドサッと黒い影が落ちるのが見えた。


ありえない……それが落ちるのはありえないんだ。

その人は落とす側であるべきなんだ。


「師匠……?」


駆け寄り、ローブにそっと触れるとそれは湿り気を帯びていた。

自分の手が赤く染まり、それが血であると認識する。


でも……理解できなかった。


「師匠……師匠ってば……どうせまだまだ余裕なんでしょ」


「揺らすな馬鹿弟子……」


良かった、まだ息はある。


しかしその体は、ひどく冷たかった。

顔も青白く、明らかに血を流しすぎているのがわかる。


「一体何があったんですか……」


良く見ると、出血量は多いものの外傷は見当たらなかった。


「ちょっと無茶しただけよ。おかげでもう魔力すっからかんだわ」


どうやらこれは自分の魔法による出血らしい。

一体どんな魔法を使ったんだか……。


「それよりほら、時間は稼いであげたんだからさっさと行きなさい」


「いや、でも……」


このまま放っておくのも心配である。


「このぐらいじゃ死にゃしないわよ」


段々と不機嫌そうな顔になっていく。


純粋に心配してるのに、ちょっと寂しい……。


「はぁ……わかりました。でも絶対安静にしててくださいよ」


それだけ言い残し、僕は上空を確認した。


そこには、人一人覆えそうなほどの真っ黒な球体が佇んでいる。

おそらくあれは師匠の魔法だろう。

何となくだが、教皇はあの中にいる気がする。


(ジェイクのほうも気になるけど、あちらはリズに任せよう)


リズに目線を送ると、考えることは同じだったのか無言で頷いていた。

相変らず頼もしい相方だ。


そして僕は今度こそ決着をつけるべく、神力を解放し王都の空へと浮遊した……。


………………


…………


……


神力を解放するエルリットの姿を見て、リズは刀ではなく聖剣を取り出した。


「私もなりふり構わず全力で行くとしよう」


相手はあの父と母が二人掛かりで敵わなかった相手だ。

出し惜しみは――――しない!


「――――聖装武展せいそうぶてんデュランダーナ!」


今度は、正規の手順で武装として展開する。

特に違いはないはずだが、気持ち以前より負担が少ない気がした。


「蒼天のジェイク……今度こそ決着をつけるとしよう」


リズは剣を向け、そして砕いた。

こうしてリズの武装は完全体に至る。


すると、それまで無反応だったジェイクは雄叫びを上げた――――


「ウオォォォォォ――――ッ!」


それはどこか怒気を含んでいて、どこか悲鳴のようにも聞こえた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ