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192 刀も悪くない。

「ふむ、力加減が難しいが悪くないな」


リズの手には、刀身の黒い刀が握られていた。

それは禍々しくも見えるが、同時に美しくもある。


「ひょっとしてそれって……」


「あぁ、メイに打ってもらった」


相変らずうちのメイドは仕事が早い……というか早すぎる。

もはやメイドの仕事ではないし、そもそもフォン家の屋敷に鍛冶場なんてなかった気がするけど……。


「名は漆影うるしかげ……軽いが思ったより丈夫だ」


今まで使っていた剣の重さが異常だっただけだと思うけどね。

リズが刀を使ってるとこは初めて見たが、構えが様になっているのはお父さんの影響が大きいのだろう。


「かなり数が減ったな……」

「また新手かよ……」

「あれって壊し屋の……」


冒険者の数はかなり減っている。

それでも残った者は逃げ出さなかった。


「怯むな、壊し屋相手は距離を取って魔法で対処しろ!」


誰かがそう発すると、一人の魔法使いが氷の礫をリズに向けて放った。


その程度、リズならあっさりと切り捨てる。

そんな光景が頭に浮かんだのだが、僕の予想は少々はずれていた。


「弾いた……」


リズは斬ったわけでもなく、ただ刀で振れただけだった。

それだけで、氷の礫は弾けて砕け散る。


「そっか、素材に使ったのってたしか……」


交易都市にあった黒い鐘だ。

あれって多分、邪神像とかと似た類の物だよね。

なんか縁起が悪い気もするが、リズとかメイさん辺りはあんまりそういうの気にしなさそうだもんな。


「あぁ、特性は失われていないようだな」


魔法を弾く刀か……なんだか妖刀チックだ。

でも使われた素材を考えるとしっくりきてしまう。


……メイさんに言ったら怒られそうだけど。


「……ん、なんだか静かになったような……」


周りの冒険者は皆固まっていた。

それほどまでに衝撃的だったのだろうか。


「いや、皆気絶してるだけか」


少しだけ遅れて、飛行魔法で飛んでいた魔法使いたちも地上へと落ちてしまった。


「安心しろ、峰打ちだ」


そう言って、リズは刀を鞘に収めた。


「いつの間に……」


峰打ちも何も、斬るとこすら見えてないよ。

可能性があるとしたら、僕の意識が魔法の方にいった一瞬の間か……。


(下手すると斬られるより痛そうだな……)


僕は冒険者たちの体を労わることにした。

だってリズの峰打ちだよ?

斬るより残酷なことになってもおかしくない。


「……良かった、みんな息してる」


「だから峰打ちだと言っただろ」


峰打ちって便利な言葉だ。

あきらかに腕が変な方向に曲がってる人もいるけど、峰打ちだから仕方ないよね。


(それにしても……)


なんでこうも皆僕が戦い始めるタイミングで現れるんだ。

こちらとしてはちょっと不完全燃焼感があるよ。


なんだか何もできないヒロインにでもなった気分……。


「ってヒロインじゃないし」


まぁ……ヒーローって柄でもないけど。


「ヒロインがどうした?」


「いやいや、何でもないです。それよりリズ、屋敷の方は大丈夫でした?」


おそらく倒壊とかの心配はいらないだろう。

ただ、キララさんとかクリフォードの存在があるからな……。

特に聖騎士は未だ動きを見せてないし。


「そっちは心配ない。ここまで神官や聖騎士の姿も見かけなかったしな」


「そっか、それは良かった」


でも不気味だな……。

神官はともかく、この状況で厄介な聖騎士の姿をまったく見かけないのはおかしい。

絶対にクレストは何かを企んでいるはずだ。


「エルのほうこそ、何でこんなところに?」


「……実はですね――――」


一先ずここまで起きた出来事をかいつまんで話した。


魔神の力を得た教皇の存在と、応援に駆けつけてくれた師匠たち。

そして衰弱した魔神と、それをエルラド王に託したこと。


「なるほど、道理で王都内の気配が感じ取りにくいはずだ」


リズは一人で納得していた。


人の気配ってそういうものなのか……一体どういう道理なのだろう。


「じゃあそういうことなんで、僕は加勢に戻ります」


「もちろん私も行くぞ」


その言葉はすごく心強かった。


リズと共に来た道を戻る。

この時、すでに師匠たちの戦いに決着がついていたことを、僕は知らなかった……。



◇   ◇   ◇   ◇



それはエルリットとリズリースが合流する少し前のことだ。

ヤマトとヴィクトリアは、意識の途絶えたジェイクを見て決着はついたものだと判断していた。


「相変わらずえげつない一撃だ」


ヤマトは、抉れた地面にさらにめり込むジェイクを見て少しだけ同情する。


(こいつも、どこか余裕がなかったな……)


二人掛かりだったことを卑怯だとは思っていない。

これは試合ではないのだ。

しかしジェイクがもっと冷静であったなら、もう少し苦戦していたことだろう。


「こいつ相手に手加減はできないからね、私も久々に本気を出させてもらったよ」


ヴィクトリアの本気……それは、ただ思いっきり振りかぶって殴る。

それでこの威力は、ヤマトには絶対にできない芸当だ。


「戦女神の女神の部分ってどこから来たんだろうな」


そんなくだらないことを言っていると、ジロリとヴィクトリアに睨まれる。

いかんいかん、口は禍の元だったとヤマトは目を逸らした。



「ところで、こいつの槍はどうする? 俺は神具のことにはくわしくないぞ」


「そうだねぇ、回収できるものならしておきたいけど、神具は主を選ぶからね……」


また敵となって対峙することになっても面倒なのだが、どの道この槍はジェイク以外に扱えるものではない。

かといってこのまま放置するのもいかがなものか。


(意志のある武器ってのは扱いに困るな……)


適正のない者が下手に手を出すのは危険だろう。

その証拠に、この槍は今なお主人を守る鎧として機能して……


「なぁヴィー、神具ってのは主人が気を失っても武装として機能するもんなのか?」


「……いや、そんなはずは――――


二人は同時にジェイクから距離を取った。

たしかに意識は完全に途切れていた……いたはずなのだが。


(なんだこのプレッシャーは……)


二人に緊張が走る。

すると、青白い鎧がのそりと起き上がった。

いや、まるで重力に逆らうように浮かび上がった、と言ったほうが適切かもしれない。


「おいおい、どうなってんだ?」


今のジェイクから感じるのは殺気ではない。

どこか不気味で、圧倒的で……理不尽な気配だ。


「まさかとは思うけど……」


ヴィクトリアの目が淡く光る。

その時瞳が捉えたものは、人と呼べる者ではなかった。


「神具そのもの……まさか主を取り込んだっていうの?」


そういった話も聞いたことはある。

ただ、その際肉体は耐え切れず結果として死に至るため、神具も活動を停止するはずだ。


だがジェイクの場合は違う。

彼の肉体はかの神具に耐えうるものだろう。


(主に成り代わった……?)


ヴィクトリアのテスタロッサが警鐘を鳴らす。

今すぐ逃げろと……


………………


…………


……


ジェイクは微睡の中で、立ち上がった自分を客観的に見ていた。


(もう諦めればいいのに……立ち上がってもこの二人相手じゃ分が悪いわ)


しかし体の自由が利かなかった。

そもそも立ち上がった感覚すらない。


だが槍を構える姿は、自分のそれと同じだった。


(やめてよ……もう生き恥を晒さないで)


この戦いにこれ以上こだわる理由が自分にはない。

Sランク冒険者としてのプライドもなければ、異端審問官なんてただの肩書だ。


今まで手に入れたものなど、本当に欲しかったものとは違う。

闇雲に走り続けた結果与えられただけのもの……。


本当は、ただ純粋に……美しい力がほしかった。


あの人のように――――高潔な存在になりたかった。


まだ少年だった頃に一度だけ見た光景は、未だに鮮明に残っている。

神殺しと呼ばれた、冒険者の姿が……

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