191 白銀の鎧。
「一先ず屋敷に運ぶか……」
師匠と教皇の戦いによる巻き添えを避け、できるだけ低い位置を飛行していた。
街中は混乱しているし、これといって障害はない……はずだったのだが、その考えは甘かったようだ。
「……!」
突如地上から放たれた炎の矢が、僕の行く手を遮った。
「ほら、やっぱりエルリット王女だよ」
「避難しないで正解だったな」
「よっしゃ、運が巡って来たぜ」
武装している姿は、あきらかに周囲の民間人とは違っていた。
間違いなく僕の懸賞金目当てだろう。
「冒険者か……」
今は相手にしている場合じゃない……のだけど、後をつけられて行き先を知られても面倒だな。
見たところ少人数のようだし、軽くあしらって……
「お、いたいた」
「抜け駆けはなしだぜ」
「どの道少数のパーティじゃ無理な相手だろ」
「さっきの爆発もすごかったもんなぁ」
「やっぱアレも王女の仕業だったか」
……ぞろぞろと他の冒険者も集まってきてしまった。
さっきの炎の矢は合図的な意味合いもあったのかもしれない。
(あの爆発は僕じゃないんだけどね……でもそうか、勘違いしてくれたほうが引いてくれるかもしれないな)
師匠と同じやり方になってしまうが、下手に争うより平和的だろう。
そもそもこっちは空を飛べるという優位性がある。
ちょっと注意を逸らすだけで逃走が可能に……
「閃光の飛行速度は要警戒だよ!」
「立体的に取り囲んで逃がさないようにね」
「不可視の魔法も使うらしいからシールド忘れないで」
……飛行魔法を使える魔法使いさんに囲まれてしまった。
人数こそ多くはないが、飛行魔法を使える時点で僕より優秀な魔法使いであることは間違いない。
(簡単に人が集まってくる……都会って怖いな)
スタンテーザーでも乱射しようかと思っていたが、あれは威力自体は低いのでシールド魔法はおそらく抜けないだろう。
かといって、殺傷能力が高いのは最終手段である。
(この位置はまずい気がするな……)
このまま空中にいては四方八方から狙われるただの的だ。
そう思い、アーちゃんで警戒しながらゆっくりと下降し地上へと下りた。
ちょっとずるいが、これなら同士討ちを恐れて強力な攻撃は仕掛けにくいはず。
「下りて来たぞ……」
「観念したのか?」
「……いや、後方からの攻撃が届かなくなった」
「それが狙いか……」
冒険者たちは簡単には攻撃を仕掛けてこない。
相手をしっかり警戒している証拠かもしれないな。
(こういう時はリーダー格を真っ先に倒してしまうのが一番効果的だよね……)
複数のパーティが集まっているのでリーダーと呼べる者はいないだろう。
それでも、皆から一目置かれてて貫禄のある実力者……狙うならそこだ。
よし、戦意喪失を狙う線でいこう。
(装備の良し悪しはわからないけど……多分あれかな、ちょっと場違い感あるけど)
冒険者というよりは騎士にしか見えない白銀の鎧が嫌でも目立つ。
顔は兜で隠れてて見えないが、一人だけ剣を抜いていない様子は強者感があった。
(でもどこかで見覚えがあるような……)
そう思った矢先の事だ。
「……!」
――白銀の鎧の姿が、乱れた映像のようにブレる。
同時に、周囲の冒険者数名が声一つ上げずにその場に倒れた。
「ッ……」
さらには空中でこちらを警戒していた魔法使いも、一瞬ガクンと揺れ力なく落ちていく。
(速い――!)
リズやアゲハさんほどではないが、まるで鎧の重さを感じさせないほど軽快な動きをしていた。
強者感ではなく、間違いなく強者である。
そんな白銀の鎧が僕に背を向け、冒険者の前に立ちはだかっていた。
「――遅くなっちまったな」
鎧だけでなく、その声にも聞き覚えがあった。
あぁ――なんてタイミングで現れるんだこの人は。
「いや……何してんすか」
「あれ? ここは助けに来たパパに感動する場面じゃ……」
周囲に聞こえないように小声で話してみたが……やっぱり鎧の中身はエルラド王だった。
「あなたは絶対に来ちゃダメでしょ」
師匠たちはともかく、今あなたまで参入するとますますややこしいことになる。
「二人の愛娘が心配でつい……」
「だとしたら人違いです」
せめてそこは息子扱い……もそれはそれでまだしっくりきてないけど。
「むぅ……まぁまだ父親らしいことはあまりできていないか」
僅かでも父親らしいところを見せたことがあるつもりらしい。
少なくとも、僕に対しては今のところ皆無のはずなんですが……。
「ではまず、ここで父の力を存分に見せてやろう」
そう言ってエルラド王は剣を抜いた。
「急に現れて何なんだよあいつ……」
「誰かあいつのこと知ってるか?」
「どう見ても冒険者ではないよな」
冒険者たちは困惑しつつも警戒している。
でも多分……今攻撃を受けるとまずいのはこちらのほうだろう。
「足……さっきので痛めたんですか?」
エルラド王の左足が、僅かだが痙攣しているように見えた。
「バレてたか。ちょっと最近運動不足だったからなぁ」
大したこと無さそうに言ってはいるが、この状況でそれは致命的なはずだ。
剣を抜いたのはただの威嚇のようなものか……。
「無茶しないでくださいよ」
「おいおい、あまり俺を舐めるなよ。いざとなったら意地でもお前を担いで逃げてやるさ」
心配させたくない、という気持ちがエルラド王から伝わってくる。
多分、兜の中身は決め顔だったに違いない。
「逃げるって……その足で走れるんですか?」
「言ったろ。意地ってのがあんだよ、父親として……それに男としてもな」
エルラド王は、僕が抱える魔神を最後にチラリと見た。
なるほど、男としても……か。
――――そういうことなら是非お願いしよう。
「それじゃあ彼女をお願いします」
「……へ? っておい!」
僕が押し付けると、エルラド王は慌てて剣を捨て魔神を抱き抱えた。
「どういうつもりだよ!」
「どうもこうも、意地でも安全なところまで運んでくださいね。僕としても本当に彼女が母親なのかどうか知りたいとは思っているので」
意地で運べるなら運んでもらうとしよう。
「それじゃあお前が……」
「元々師匠のところに加勢しに戻る予定だったので引き受けてくれないと困るんですけど」
師匠に加勢が必要かどうかは疑問だけれども。
「……父親らしいことはさせてくれないか」
その声は少し寂しそうに聞こえた。
「別に今じゃなくていいでしょ。彼女がいると僕も全力が出し辛いんです」
「……」
エルラド王はジッと僕から視線を移さなかった。
それはまるで、僕の姿を目に焼き付けているかのようだった。
「……絶対に死ぬなよ」
それだけ言い残し、エルラド王は冒険者を跳ね飛ばしながら力強く駆けていった。
少し左足を庇ってはいるが、あの分なら大丈夫だろう。
(意地ってすごいんだな……)
あっという間に、エルラド王の姿は見えなくなった。
予想できたことだけど、向こうを追う冒険者はいないようだ。
「なんだったんだアレは……」
「大分数が減ったな」
「雑魚が減って俺たちの取り分が増えるってことだ」
「あっちは追わなくて良かったのか?」
「目の前に標的がいるのにそれやったらただの馬鹿だぜ」
残っているのはおそらく高ランク冒険者ばかりだろう。
でも魔神がいなくなったならもう遠慮いらない。
魔法が警戒されてるなら神力を使うまでだ。
威力は可能な限り抑えて、気絶する程度の雷を――――
「――飛べッ!」
突如聞こえた声に、疑うことなく僕は飛翔した。
直後――整地された大地ごと冒険者たちは吹き飛んでいく。
「リズ――!」
「悪いなエル、遅くなった」
最も信頼する前衛、リズの一撃によって地上にいた冒険者は全て一層されていた。