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189 魔女。

教会に二つの派閥が生まれたのは、勇者と魔王の戦いに決着がついた後の事だ。

一つは勇者を称える派閥で、もう一つは勇者を脅威として扱いつつも利用しようと目論んでいた。


当時一介の神官だったジョゼフは、中立という立場でその足取りを追うことになる。


本来あってはならない力――――それはたしかに脅威だろう。

しかし無知もまた脅威なのだ。

まずは己が、勇者という存在をよく知るべきである。


というのは名目で、派閥争いに巻き込まれるぐらいなら巡礼の旅に出るのも悪くなかった。

勇者捜索も兼ねていれば、上もうるさくは言わないだろう。


そんな旅の最中だ……発見できたのは偶々だったのかもしれない。


ジョゼフは行方を晦ませた勇者へと辿り着く。

そこで目にしたのは、人として生きる勇者ダスラの姿だった。

どこからどう見ても、ただの若い夫婦にしか見えない。

幼い子をあやす姿は、勇者ではなく一人の母であった。


これが本当に世界の脅威たりえるのか……。

――否、自分の目で見たものを信じるべきだ。


であるなら、勇者を脅威とするのは教会側に問題がある。

内部から変えていく必要があるか……と、ジョゼフは巡礼の旅を終えた……はずだった。


見てもらえば脅威ではないとわかってもらえる。

そう思ったのは考えが甘かったのかもしれない。

いとも簡単に、幸せそうに見えた家庭は終わりを告げる。


案内した一般的な家屋で、血飛沫が舞う――――


目の前で起こった出来事が信じられなかった。

恐怖で震えながら逃げ出した。


まさか教会がここまでするとは思っていなかったのだ。

中立という立場に甘えていたのかもしれない。


――――私はなんて無力なのだ。


これは自分が招いた結末である。

だから……せめてそれだけは目に焼き付けておこう。

そう思い、逃げ出した道を戻った。



そしてジョゼフは――――神の力の一端を目撃する。



あまりにも一方的な暴力の前に、多くの神官があっさりと塵になって消えていく。


その光景から、不思議と目を離せなかった。

恐ろしい光景のはずなのに、なぜ……なぜこんなにも美しいのか。


ただ奉る存在ではなく……



信じていた神が、今まさに降臨したのだ――――



これを神罰と呼ばずになんと呼ぶのか。

気付けばジョゼフの体は、別の理由で震えが止まらなくなっていた。



あぁ――――私はあれが欲しい。



その瞳は、純粋無垢な子供のようだった……。



◇   ◇   ◇   ◇



黒い雷が――――王都の空で無数に弾けていた。


「素晴らしい……これこそ私が恋焦がれた魔神の――――勇者の力だ」


新しい玩具を手に入れた子供のように、教皇は雑に力を振るっている。

だが、空を駆けるエルリットは気が気ではなかった。


「逃がす気ないのが悪趣味だな……」


城の上空まで浮遊した教皇を中心に旋回しつつ隙を伺うが、少しでも距離を取ろうとすると黒い雷が行く手を阻む。

それはまるで、当てようと思えばいつでも当てられるぞ、と言われているようだった。


「逃げても無駄だぞ、だが存分に逃げ惑うがいい。正義が悪を滅するには演出が必要だからな」


その台詞、国民全員に聞かせてやりたいよ。


「このまま逃げ続けてもジリ貧だよね……」


神力には神力で対抗したいが、抱えたままの魔神を見るとどうしても躊躇してしまう。


神力を使うことでどんな影響を及ぼすか……。

そもそも助けることが正しい事なのかも、自分の中で答えが出ていなかった。


仕方なくアーちゃんの分体を6体放ち、レイバレットで応戦する。


「やっと反撃したと思えばあまりにも脆弱な……それでは盛り上がりに欠けるぞ」


教皇が軽く手をかざすだけで、レイバレットは徐々に推進力を失い消失した。


「これが効かないと魔法使いとしては詰んでるんですけど」


しかし予想通りではある。

それに収穫がまったくなかったわけではない。


(多分……魔神の力を完璧に使いこなせてるわけではないと思う)


本物の魔神なら、僕の魔法なんて意にも介さないだろう。

これなら逃げに徹する分には問題ない。


……が、その考えは教皇にとっても都合の良いものだった。


「ふむ、丁度いいな。大分観客も集まっているようだ」


その言葉に、僕の視線は自然と下を向いた。

そこは王都の中心地である広場……いつの間にかこんなところまで移動していたのか。


先ほどまで鳴り響いていた黒い雷のせいもあってか、多くの視線が上空へと集まっている。


(これは……目立ってるな)


皆困惑した表情を向けていたが、誰かがこちらを指差して声を上げると辺りは騒然となる。


「あれって指名手配の……」

「白い髪……エルリット王女か?」

「救世主様を拉致したって本当なんだろうか」

「邪教徒って話もあるよな」

「おい、教皇様もいるぞ!」


民衆の声を聞くと教皇は一瞬だけ口元を歪ませ、その後険しい表情を僕へと向ける。


「魔神を庇うだけに飽き足らず、罪なき民を人質に取るつもりか!」


突然人格でも変わったかのように明確な怒りを向け始めた。


「人質て……」


魔神の件は言い逃れできないが、後半はちょっと無理があるのでは?

しかしそう思ったのは僕だけだった。


「え……抱えてるのって魔神なの?」

「こうして見ると何か似てないか……?」

「人質って俺らのことかよ」


困惑していた民衆は、徐々に怒りを露にしていく。

誰一人として、教皇の言葉を疑う者はいなかった。


「いや、できれば僕の話も聞いて……」


僕の言葉はとても届くような状況ではなかった。

それどころか、事態は悪化していく――――


「――この卑怯者ッ!」


一際大きな声と共に、一人……また一人とその手に石を持って投げ始めた。


「俺たちに何の恨みがあるんだよ!」

「この国から出ていけッ!」

「救世主様を返せ!」


憎悪に染まる民衆の姿に、教皇は満足そうだった。


「おぉ怖い怖い。こうなってはワシにも止められんだろうな」


こうなるとそう簡単に説得できるものではないだろう。

でも、危害を加えるわけにはいかない。

せめて当たらない位置まで上昇して……


「……!」


そう思った矢先、当たりかけた石を咄嗟にアーちゃんで防いでしまった。

というよりも……僕の反応より先に動いた気がする。


「……ありがと、アーちゃん」


さすが一心同体の相棒だ……。


「あれも魔法なのか……?」

「あんな魔法見たことねぇよ」

「まるで生きてるみたいだ……」


生きてるみたい、というのは僕も今強く感じている。

そして心強い存在でもあった。


だが、一人の老人の言葉が発端で、皆の僕を見る目が変わる。


「ま…魔女じゃ……魔女様じゃ」


老人は震えながら僕を指差していた。


「またこの国は魔女様の逆鱗に触れてしまったのじゃ」


何かに絶望したかのように膝を付き、老人は静かに祈りを捧げ許しを乞い始めた。

それを見て、先程までの怒りはどこにいったのか他の者も困惑し始める。


「魔女の逆鱗って……」

「そういう話聞いたことはあるけどさ……」

「あれって迷信じゃないの?」

「そういえばうちのバアちゃんもそんなこと言ってた気が……」


ちらほらと聞こえてくる内容に僕は身に覚えがない。

僕はないけど……魔女と言ったら師匠の顔が頭に浮かぶ。


たしかにアーちゃんも元は師匠の人工精霊だけど……あの人何かやったの?


「魔女か……それは丁度良いな」


そう言って、教皇はゆっくりと杖を掲げた。


「これは救いである。このワシが、創造神様の半身として魔女に神罰を降そう」


神罰と呼ぶには、あまりにも禍々しい神力が杖の先に集まっていく。

見た目的にもどうなのかと思うが、そんなことでは不信に思われないほど教皇への信頼は厚いらしい。


「教皇様……」

「そうだ、俺達には教皇様がいる」

「邪教の魔女に神の裁きを!」


皆信じて疑わない……まいったな、完全に僕は悪者だ。


そんな僕に対し、教皇は勝ち誇った笑みを浮かべる。


満足そうでなによりだが、僕も簡単にやられるつもりはない。

いざとなれば神力を解放しよう。


そう覚悟を決めた時、とある異変が起こった。


「これは……!」


雷雲で薄暗くなった空に、小さな光が舞い始める。

それは異様な光景だったが、どこか神秘的に見えた。


しかし、皆が目を奪われたのはこの星空を生み出した張本人である。


「教会に喧嘩売るなんて、あんたも中々やるじゃないの」


星天の魔女ルーンが、王都の空に舞い降りた――――

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