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188 避けられぬ戦い。

「――――と言った感じで……あっ、これがその手配書です」


アゲハはエルリットの手配書をルーンに手渡した。


(大丈夫かな……?)


正直アゲハは少し不安だった。

理由は不明だが、目の前の魔女はこの王都と何か因縁がある。

その上弟子がこんな扱いを受けたと知ったら……。


しかし――――アゲハの心配とは裏腹に、ルーンは大声で笑い声を上げた。


「あーっはははは! 何やってんのあいつ、超面白いことやってんじゃん」


アゲハは困惑した。

笑うようなことは書いてなかったはずだと……。


「あー街中の至る所に貼ってあったね」


「これではほとんど宣戦布告のようなものだな」


ヴィクトリアとヤマトもいつの間にか1枚ずつ手にしていた。


「あの国王にこんなことする度胸はないし、こりゃ間違いなく教会の仕業だろうねぇ」


ルーンの言葉に、ヤマトは鋭い視線を向ける。


「なら蒼天も……?」


「さすがに動いてんでしょ。そこんとこどうなの?」


三人の視線はアゲハへと集中した。


「初めに相対したのはエルリット様で、その時は決着が付かなかったようで……」


それを聞いて、ヴィクトリアとヤマトは感心していた。


「へぇ……あの子やるね」


「ふむ、リズの相棒を務めるならそれぐらいは当然か」


「ふーん……」


ルーンも反応こそ薄いものの、やはり機嫌が良さそうだった。


「直近で言えば、リズ殿に軍配が上がっております」


これには、ヴィクトリアとヤマトは驚きの表情になった。


「あの子が蒼天に……?」


「それは本当か?」


アゲハが無言で頷くと、ヤマトだけは表情が緩んだ。


「ふ…ふふ……ついにリズも剣士として一皮剥けたか、さすが俺の娘だ」


それに引き換え、ヴィクトリアは何か思うところがあるような様子だった。



「ところで、案内が必要ないとなると御三方はどちらに……?」


アゲハはそう尋ねると、上を見上げ不穏な気配を感じ取った。

そして三人も同様に空を見上げる。


「宿でも取ろうかと思ってたけど、その心配はいらないようだね」


そう言って、ヴィクトリアはどこからともなく斧槍を取り出した。


4人の視線の先では――――昼夜が逆転したと錯覚しかねないほどの雷雲が、王都の空を覆い始めていた……。



◇   ◇   ◇   ◇



エルリットは、圧倒的な暴力の気配を感じ取る。

予兆と呼ぶにはあまりにも静かに、魔神は姿を現していた。


こうなるともはや潜伏している場合ではないので、カーテンを開き外を確認する。

昼間だというのに、外はひどく薄暗かった。


「向こうは……王城か」


前回は式典会場で、今回は王城……教皇がそこにいるのだろう。

しかしこの神力は……


「以前より大きい……というか今にも破裂しそうだ」


その印象は間違っていなかったのか、真っ黒な雷雲は力を蓄えるように中心へと渦巻いている。



そして――――不自然なほど世界は静寂に包まれた。



「……!」


その時見えたのは漆黒の柱だった。

まるで墓標のように、王城に突き刺さっている――――


「シルフィは屋敷の人の避難を!」


シルフィは頷いて走り出す。

そして僕はキララさんを抱き抱えた。


「え? えっ? わっ」


「ごめんキララさん、ちょっと急ぐから!」


困惑しているところを無視して駆け出すと、視界が上下にブレ始める。


これが普段の日常であれば、地震だと思ったかもしれない。

しかし――――一際大きな衝撃が建物を襲う。


「キャァァァァァッ!」


キララさんの悲鳴は、耳鳴りでほとんど遮られる。

窓という窓は破裂するように砕け、嵐のような空気の振動が通過していった――――


「なんて威力だ……」


一瞬の出来事だったが、まるでハリケーンの中にいるようだった。


風通しのよくなった窓から外を確認すると、未だ空は真っ暗だ。

周囲には一部倒壊している建物も見かける。

貴族の屋敷でこれなら、一般的な民家にはもっと影響が出ているかもしれない。


「な、なんだったんですか今の」


「魔神の一撃……多分神力の槍だと思います」


僕も何度か使ったことはあるが、おそらくあれを極端に大きく……そして強力にしたものだろう。


(でも……何か違和感がある)


神力の槍で相手を仕留めたなら、その力はそのまま大地を貫くはず。

しかし先ほどの衝撃は、まるで何かに衝突したような印象だった。


(あの威力を防げるものなんてあるのか?)


王城が見えていた方角は、切り取られたかのように見晴らしがよくなっていた。

それでも……式典での、膝を付く魔神の姿が脳裏を過る。


「……行かなきゃ」


「え?」


困惑するキララさんを抱えたまま、窓から外に出る。

幸い、屋敷の正面に皆退避し始めているようだ。


「エル、そちらも無事だったか」


丁度、屋敷内からメイドを数名担いだリズが現れた。

ケガをしている者はいないようだが、降ろされた途端その場に座りこんでいる。

腰でも抜けてしまったのだろう。


「丁度良かった、キララさんのことをお願いします」


「それはいいが……ん? いつの間に意識が戻ってたんだ?」


そういえばまだ誰にも説明していなかった。


「事情はシルフィに聞いてください。僕は王城の様子を見てきます」


返事を待たずに僕は飛翔した。


なんだか妙に胸がざわつく……。


視界に入る街並みは、煙が上がっているところはあるものの、衝撃に対して被害は少ないように見える。

かといって安堵するほど僕には余裕がなかった。


王城には一つだけ大きな神力の気配がある。

その気配に近づくほど、不安は大きくなっていった。


城の上空まで辿り着くと、不自然な崩壊に目が行く。

瓦礫らしい瓦礫はなく、部分的に消失したような大きな風穴が開いていた。


(この下か……)


ゆっくりと降下していくにつれ、そこが謁見の間であることがわかる。

しかし魔神の気配はあるのに、その姿は確認できなかった。

代わりにいたのが……


「……教皇」


彼は俯いたまま、その場に立ち尽くしている。


すぐ隣で尻餅をついているのは服装的に国王か。

あとは貴族らしいのが、何が起こったのかわかっていないのか騒然とした様子でキョロキョロとしている。


「魔神はどこに……」


それらしき姿が見当たらない。

すると、教皇がこちらを見て不敵な笑みを浮かべ始めた。


ゾッと背筋に寒気が走る。


でもその視線は、僕より上を見ているような……


(上に何が――)


――と見上げた時、咄嗟に何かを受け止めていた。

唐突な腕への負担は、普段なら手放していたかもしれない。


でもこれは――――手放しちゃいけない気がした。


受け止めたのは僕と同じ人間で……

僕と同じ白い髪で……


「……ッ!」


顔に生気がなく、それが魔神だったものだと理解した頃には、教皇の高笑いが聞こえてきた。


「ふふふ……フハハハハハッ! 素晴らしい……なんという全能感だ」


教皇がこちらに向かって手をかざすと、黒い雷が僕の周囲で弾ける。


これは多分当てる気のない攻撃……いや、試したのかもしれない。

しかし間違いなくこの雷は、魔神の力そのものだった。


「どうやってその力を……」


その問いに返答はなく、教皇は国王に向かって悲し気な表情を向けた。


「王よ、やはりエルリット王女は魔神に魅入られた邪教徒だったようです。おそらくあの国ももう……」


「そうか……もはや戦いは避けられぬようだな」


救世主拉致に続いて邪教のレッテルが貼られてしまった。

反論したかったが、魔神を抱き抱えた状態で何を言っても無駄なんだろうな。


そこで、ふと魔神と目があった。

何か言いたげなその瞳と指先が、教皇を指し示す。


「まだ息があったか。しかしこうも執着を見せるとは、やはり効果的だのぉ」


そう言って、教皇は懐から何かの包みを取り出した。


「それは……?」


どうやら国王も知らないらしい。

それを見た途端、魔神の瞳が悲痛なものに変わる。


「これは教会が代々受け継いできた、対魔神用の遺物になります」


「ほほう、そんなものが……石灰? いや、骨のようにも……」


遠目から見ても、納骨する骨のように見えた。

教皇はそれを握り潰し、汚い物に触れたかのように手を払う。


「勇者の寵愛と呼ばれ長い間保管しておりましたが……まぁもう不要ですな」


それを見た魔神から放たれた殺気は、あまりにも弱々しいものだった……。

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