187 私はこうして異世界へやってきました。
「ど、どういう関係かと言われますとですね、それは説明がややこしいというか複雑な関係性というか、あまり人に言うようなものではないと言いますか――――」
自分でも何を言いたいのかわかりません。
認めよう……僕はまごうことなきヘタレです。
キララさんも首を傾げている。
そうだよね、わけわかんないよね。
シルフィのほうは……
(あっ……)
寂しそうな顔を――させてしまった。
ギュッと拳に力を込める。
僕はたしかにヘタレだよ。
でも――女の子にそんな顔させるやつはヘタレ以下だ!
「学園にいた護衛騎士……リズリースとここにいるシルフィは、僕の人生のパートナーです!」
言った……言ってやった。
あぁ……顔が熱い。
(……相手が二人いてもパートナーという表現で良かったのかな?)
ちょっと言葉選びを間違えたかもしれない。
そう思いシルフィの様子を伺うと、顔を逸らしていた。
心なしか顔が赤い気がする……。
二人して顔を赤くしていると、ただ惚気てしまったようでキララさんに少し申し訳ない。
――という気持ちはすぐに消え去った。
「王子様すでに寝取られてるとかクソゲーかよッ!」
キララさんは鬼のような形相で血の涙を流していた。
女の子にこんな顔させるのは……多分ヘタレ関係ないよね?
「はぁ……リセットしてやり直したい」
ようやく落ち着いたかと思ったキララさんは、今度は遠い目をして何かを呟いていた。
「色々キララさんの話も聞きたかったんですけど……そんな空気じゃないっぽいですね」
「ですねぇ」
シルフィの機嫌が良くなったからまぁ……いいか。
……でも半分ぐらいはシルフィが原因のような気もする。
「こうなると後は教皇倒したら帰還エンドとかになるのかなぁ。攻略済みの三人はもうシナリオ終わってるっぽいし……ていうか絶対もう話に関わってこないよね」
キララさんは完全に自分の世界に入ってしまっている。
人前で堂々と独り言ができる人は逞しいと思います。
「帰還か……シルフィ、キララさんって元の世界に帰れるんですかね」
「どうなんでしょう……私もどういった召喚を行っているのかは知りませんし」
司祭でも簡単には知りえない情報らしい。
「……えっ、私帰れないの!?」
キララさんは不安気な表情を向けていた。
独り言に夢中かと思ったが、こちらの話はしっかり聞こえていたようだ。
そもそも異世界召喚って、当事者的にはどんな状況だったのだろうか……。
「キララさん、召喚された時の話をくわしく聞かせてもらえませんか?」
僕は創造神からこの世界の簡単な説明だけはされたけど……キララさんの様子を見る限りじゃそういうのはなかっただろうな。
「召喚された時のことですか? たしかあの日はいつも通り電車で登校して……」
聞きたい部分の随分手前から話が始まった気がする。
でもしっかり思い出すならそれぐらい前からのほうが抜けがなくていいのかな。
「あっ、電車っていうのは――――
「それはいいので続きをお願いします」
……これは長くなりそうな気がする。
「え、そうですか? おかしいなぁ、大体の人はこの辺の話食いつくはずなのに」
そりゃ知ってるし、とはさすがに言えない。
そもそも召喚とは関係ないだろうし……関係ないよね?
「まいっか、私もどうやって動いてるかなんて知らないですし」
じゃあ何を説明するつもりだったんだろう。
朝の満員電車の話か……?
異世界に来てまで聞きたい話ではないなぁ。
「学校に着いたら友達と新刊の話をして――――。たしかあの日の授業は現国と数学と――――」
キララさんの話は懐かしい言葉が多かった。
でも長い……長すぎる。
道を尋ねたら道中にあるお店の話を延々と聞かされてる気分だ。
「――で、放課後帰ろうとしたら突然友達の足元が光ったんです」
と思ったら急に目的地が見えて……
「……ん? 友達の足元が……?」
光ったのはおそらく召喚によるものだろう。
しかしそれは友達の足元で……もしかしてキララさんは庇ったのか?
「そうなんですよー。そしたらあいつ勝ち誇ったような顔でこっち見てて『そっかー、主役は私だったか』とか言いだすんですよ」
女子高生って逞しい。
「んで、むかついたんでドロップキックかましてやりました」
「えぇ……」
女子高生って怖い……。
「その後は眩しくて何も見えなくなって、気付いたら魔法陣の上に立ってて……場所は多分地下かな?」
「魔法陣……?」
やっとそれらしい情報が出て来てくれた。
随分と遠回りしたものだ。
「それ、どんな魔法陣だったか覚えてますか?」
「えーっと、丸くて……線がいっぱいで……」
大体の魔法陣はそうだよ。
「それって紙に書き起こせたりとかは……?」
「えー無理ですよぉ。ぼんやりとしか覚えてないですし……」
まぁこれは無理だよね。
僕も自信ないよ……今でも使える魔法少ないし。
こうなると後はクリフォードに聞くしかないか。
一応敵側の人間だから情報源としてあまり当てにはしたくないのだけど……。
(こんな時、師匠がいればなぁ……)
◇ ◇ ◇ ◇
町娘に扮したアゲハは、建物の壁を蹴り路地裏を縦横無尽に駆け回っていた。
(引き剥がせない……)
前回のクリフォードは敢えて誘導したが、今回尾けてきているのはあまりにも得体の知れない存在だった。
(私の目が捉えられないなんて――――)
だが存在だけははっきりと感じている。
相手は二人……いや、おそらく三人だ。
その内一人の存在が、こちらの前方に回り込んだ気配を感じ取った。
(くっ――弄ばれてる!?)
姿こそ見せないものの、こちらを誘導しているようにも思える。
元々教会周辺を探っていたアゲハだったが、気が付けば王都の外壁まで追い込まれていた。
(逃げられない……ならばッ!)
おそらく一人は魔法を使っている。
そしてそれは――――外壁の外側だ!
アゲハは速度を緩めぬまま、複数の印を結ぶ――――
「忍法――壁抜けの術!」
まるでそこに壁などなかったかのように頭から突っ込んでいく。
アゲハを追っていた二つの影は、それを見て足を止めた。
「……!」
驚きこそしたが、焦りはしない。
なぜなら壁の外にいる者は、標的を逃すほど優しくないことを知っているから……。
(――先手必勝ッ!)
アゲハは壁を抜けると同時に、忍者刀を抜き放った――――
「――なッ!? 刀が……」
アゲハの手に握られていたはずの刀は、忽然と姿を消す。
「随分なご挨拶ねぇ」
いつの間にか――――刀は目の前の相手に奪われていた。
「――って、ルーン殿!?」
「ようやく知ってるやつが網に掛ったわね」
目の前には、気怠そうなルーンが立っている。
そこで初めて、アゲハの瞳はその魔力をはっきりと視ることができた。
(ほとんど周囲の魔力に溶け込んでいたのに……近くだとよくわかる、恐ろしく凝縮された魔力だ)
当然会うのは初めてではない。
以前視たときは山のような魔力だと感じた。
今は……それを圧縮でもしたかのように感じる。
「声かける前に気付かれるとは思わなかったわ」
「たしかに、ここまでの忍びはそうそうおらぬだろう」
アゲハを追っていた二人……ヴィクトリアとヤマトも合流する。
これが敵であったなら死を覚悟するところだ。
「さて、あんたには王都の状況を話してもらうわよ」
ルーンは刀をアゲハに返すと、その場に魔力の椅子を作り座った。
「それなら、ここでなくとも潜伏先へご案内致しますが……」
彼女達になら教えても問題ないとアゲハは判断したが、ルーンは首を縦には振らなかった。
「私王都嫌いなのよねぇ。次来るときは壁ぶっ壊すって決めてるから、それでもいいなら中まで案内されてあげるけど?」
その冗談にどう反応すればいいのかわからず、アゲハはヴィクトリアとヤマトに助けを求めた。
「そいつホントにやるから」
「うむ、俺らにも止められんから気を付けたほうがいいぞ」
二人の表情は真剣そのものだ。
アゲハは、苦笑いすることしかできなかった……。