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186 知るも知らぬも一生の恥。

「……おはよう…ございます?」


つい目が合ったので挨拶したものの、キララさんからの返答はない。

そこで僕は、とあることが頭に浮かんだ。


「目を開けたまま寝る人って、瞬きもするのかな……」


そもそもそんな人漫画とかでしか見たことないが、実際にいたとしたら……まぁ瞬きぐらいするのかもしれない。

じゃないとすごい目乾いちゃうもんね。


「いや、多分起きてらっしゃるんじゃないでしょうか」


シルフィはまじまじとキララさんを観察していた。

そして少し安堵している。


「お腹が空いているということは快復に向かっているのかも……。キララさん、体は動かせますか?」


シルフィの問いかけに応えるように、ゆっくりとした動きでキララさんは首を横に振った。


「ひょっとして声が……」


なるほど……それで声を掛けられなかったのか。

てっきり寝たふりでもしてたのかと思ったよ。


「でもどうしましょうシルフィ、声も出せないほど弱ってるなら食事も難しいですよね」


前世のように点滴でもあれば良かったんだけど……。


「そうですね……先にエルさんの神力で応急処置したほうが良いかもしれません」


「……それって大丈夫なんです? そもそも処置の仕方もわからないし」


リズを注意した手前、僕が神力を使うのはどうなんだろう。


「私の体を経由するので処置はこちらでやります。後、流す量はできるだけ微量でお願いします」


微量か……それなら大丈夫なのかな。

でも神力って調整が難しいんだよね。


シルフィがキララさんの手を握ったので、その肩にそっと触れる。

流す感覚はリズの聖剣の時の要領で大丈夫だろう。


「それじゃあ……流します」


できるだけ優しく…ゆっくりと……


「……んッ」


シルフィの体が僅かに震える。


特に止められはしないのでこれで間違ってはいないはず。

でも……できれば艶めかしい声を出さないでほしい。


(なんか恥ずかしくなってくる……)


頭を振って煩悩を打ち払った。


(どんな処置してるのかちゃんと見ておかないと)


キララさんの手を握るシルフィの手に意識を向ける。

結界の時のように、もしかしたら使う機会があるかもしれない。


「ふぅ……エルさん、もう止めてもらって大丈夫ですよ」


「えっ、もう?」


使い方は……正直よくわかんなかったな。

流す量が微量すぎてどうにも感覚がよく掴めなかった。


「キララさん、体の調子はどうですか?」


シルフィに問い掛けられたキララさんは、ゆっくりと空を仰ぐように手を伸ばした――――


「動…く……動いた……」


まだ小さいが、声も出てる。

それに、先ほどまでより血色も良くなっている気がした。


「シルフィ、これでもうキララさんは大丈夫なんですか?」


思っていたより深刻な状況じゃなくてホッとしたのも束の間、シルフィは暗い顔で首を横に振った。


「キララさんの生命力はこの世界の理からはずれています。おそらく奪われたものを取り返さない限り、全快することはないかと……」


「そんな……」


僕らは二人して、申し訳ない視線をキララさんへと向けた。

彼女は状況を理解していないのか、キョトンとしている。

はたしてこれから説明することを受け止められるのだろうか……。


「よくわかんないけど……とりあえずお腹空いた!」


……なんか受け止めてくれそうな気がしてきた。


………………


…………


……


「――――ということが式典の時にあって、それ以降キララさんの意識が戻らなくて……って聞いてます?」


キララさんにここへ運び込んだ経緯を説明したのだが、食事の手が止まらない……。


「ほへ? ひーへぁふっ」


「大丈夫かな……」


すごい勢いで麦粥を平らげていく。

病み上がり用のメニューだけどこれだけ食べたら胃に悪いのでは。


「ふぅ……」


ようやく満足してくれたのか、匙を置いて一息ついてくれた。


「さすがに麦粥飽きちゃった」


不満で食べるのやめただけだった……。



――食後、シルフィにキララさんの容態を確認してもらった。


話す分には問題なく、立ち上がることもできる。

しかし、杖がないと歩くのは辛そうだった。


「なんか……これが自分の体だと思うとちょっとショックかも」


自分の体の状態を知って、キララさんも少し落ち込んでいる。

教皇に利用された話もしたはずだけど、そっちは気にしてないのだろうか。


「シルフィ、教皇に奪われたキララさんの神力って取り戻せるものなんですかね?」


「取られたのなら取り返すことも可能なはずです。その手段まではわかりませんが……」


教皇から直接聞きだすしかないのか。

……絶対教えてくれないだろうな。


「んー……ちょっと情報を整理させてくださいねエルリット王子」


キララさんは顎に手を当て、真剣な眼差しで何もない天井を眺めていた。


学園で見た表情とは違うな……。

人は考え事をするとき、自然と視線が情報量の少ない所へ向くという。

脳が余計な情報を遮断するためらしいが……



――――今エルリット王子って言わなかった?



さすがに僕の個人情報なんて話していない。

なのにこうもあっさりと……?


(ひょっとして、僕の制服姿ってけっこうバレバレな女装だったのか……?)


もしそうならとんだ学園生活だ。

みんな陰でこそこそ僕を変態扱いしていたのではなかろうか。


「私をこの世界に召喚した教皇がラスボス……なるほど、そういうシナリオか!」


一人納得するキララさんに対し、僕は膝から崩れ落ちた。


「あれ……? どうしました?」


「……優しく殺してください」


知るも知らぬも一生の恥……もう人前に出られないよ。


「えーっと……キララさんはどうしてエルさんのことを王子だと?」


なんてことだ、このままではバレバレの女装だとはっきり言語化されてしまう。

そんなの僕のメンタルが持つかどうか……。


「え? だって隠しキャラだろうし、美形揃いの攻略キャラにそういうパターンもたまにあるから……」


キララさんの答えは、僕の予想とはまるで違っていた。


隠し? 攻略キャラ? ちょっと懐かしくなるワードだ。

そういうゲームにはまってた時期もあったなぁ……。


当然のことだが、シルフィには通じていなかった。


「攻略キャラ……パターン?」


「あっ……」


キララさんはつい口を滑らせてしまったような反応をしていた。


まぁこっちの世界じゃ通じないワードだよね。

僕はリアクションしないように気を付けないと。

しかしキララさんはどう説明するつもりだろうか。


「んと、攻略キャラは攻略できるキャラっていうか、これは物の例え……? みたいな」


説明下手クソか!

中途半端な言い訳までつけたおかげで益々わかりにくくなってしまっている。


何だか見てられないので助け船ぐらいは出しておこう。


「ひょっとして、異世界の知識……ですか?」


「そ、そう! 私の世界じゃ極当たり前の知識で、それでわかってしまったんです」


当たり前であってたまるか! と突っ込みたい気持ちを抑える。

でも……そうか、男だとバレバレだったわけでも、何かしっかりとした理由があるわけじゃないんだな。


(……それはそれでちょっと複雑な気分)


やはり筋肉が足りなかったか……。


「ところで、私も聞きたいことがあるんですけどぉ……」


キララさんは僕らの顔を伺っている。


一応説明したとはいえ、起きたら見知らぬところにいたんだ。

聞きたい事なんて山ほどあるだろう。


「二人ってどういう関係なんですか?」


……僕の想像した山より遥かに険しい山かもしれない。


二人って僕とシルフィのことだよね。

なぜ今そんなことを気にするんだろう。


返答に困った僕は、助けを求めるようにシルフィに視線を送った。

すると、気持ちの良い笑顔が返ってきて――――


「どういう関係なんですか?」


シルフィにも同じ問いをぶつけられることになってしまった……。

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