183 規格外の近衛騎士。
「さて、どこの手の者か素直に話してくれると楽なのだが」
セリスがそう尋ねると、メイドは空いた両の手でクロードと侯爵へナイフを投げつける――――
「手癖の悪いメイドだ」
セリスは頭を掴んでいた手を放し、2方向へと放たれたナイフを弾いた。
同時に、メイドは壁を蹴ってセリスの背後に回り込む。
先程は不意を突かれたが、本来弓兵に近接戦闘で後れを取ることはない。
それも狙撃や後方支援が主な役割な者ほど、背後からの攻撃に慣れていないのだ。
事実、目の前の弓兵は未だこちらに背を向けている。
アサシンである私の速さに――――ついてこれるわけがない。
「――んぐッ!」
まるで槍に突かれたような衝撃がメイドの首元に突き刺さる。
どこからの攻撃なのか――――理解できない。
薄れゆく意識の中で、金貨が1枚舞っていた……。
「弓兵が近接戦闘に弱いとでも思ったか」
セリスは振り返りながら、宙を舞う金貨をキャッチする。
「助かったぞセリス、しかし良かったのか? 私の味方をするということは……」
「えぇ、第1王子といえど謀反を起こすのは無謀でしょう。それに彼も面白いことをしてくれた」
セリスの言う通り、教会に逆らうということはこの国に牙を剥くことになるだろう。
それは無謀を通り越して愚かすぎる自殺行為と言える。
しかし『彼』というのが誰の事なのかはわからなかった。
「だからこそ――――わくわくしますね」
「……ん?」
目の前の近衛騎士はなぜか楽しそうにしていた。
侯爵のように自分をダシにするタイプはわかる。
これまでも似たようなことはいくらでもあった。
しかしこれは……理解できない。
「さて、一先ず王城を出た方がいいでしょう。行く宛は……また後で伺いましょうか」
セリスは数枚の金貨を取り出すと、おもむろに放り投げた。
「殿下――動かないでくださいね」
そう言って最後の一枚を、親指で弾き飛ばした――――
瞬きよりも速く、複数の金属音が鳴り響く。
クロードの瞳には、金の残像が部屋中に散らばったようにしか見えなかった。
動くなと言われたが、そもそも動ける余地があったのだろうか。
金貨はどれも壁や天井、扉を貫通し穴を開けている。
なるほど、先程セリスはこれをメイドに放ったのか……と理解した。
「ぐはっ……」
穴の開いた扉ごと、見知らぬ神官が倒れ込む。
「これは……」
おそらく、扉の向こうでこちらの様子を伺っていたのだろう。
ということは、壁の向こうや天井にも……なるほど、背を向けてても正確に喉を狙えるはずだ。
「とりあえずこれで追手はないはずです。さぁ行きましょう」
セリスは窓に足を掛け、手を差し出した。
クロードがその手を掴むと、侯爵はすかさず足にしがみつく。
「殿下! 私も――私もお供いたします!」
置いて行かれると思ったのか必死の形相だった。
「いや、もう別にいいのだが……」
「いいえ! 絶対にお供しますッ!」
あまりに必死なので振り払うことはしなかったが、はたして二人同時に大丈夫なのだろうか。
というか……飛行魔法も無しに、ここからどうやって……
「殿下、私は構いませんよ。ただ、二人同時だと飛距離が落ちるかもしれません」
「飛距離……?」
飛ぶ……いや、跳ぶのか。
なるほど、セリスほどの力があれば人を抱えて跳べるものなのだな。
とクロードは察したのだが、次の瞬間それが間違いだと知る。
「では……行きます――ッ!」
掛け声と同時に腰を掴まれ――――視界がブレた。
気付けば青い空と、小さな街並みが見える。
これは跳んでいる……いや、飛んでいる。
というより――――投げられたッ!?
初めての体験に、クロードは騎士団との鍛錬が走馬灯のように浮かぶ。
自慢ではないが、それなりに剣の腕は立つほうだ。
騎士団の鍛錬についていけるよう、影で努力もしていた。
おかげで副団長クラスとも互角に戦えるほどだった。
自分は、少なくとも平均以上には強いと自負している。
いや……自負していた。
以前、近衛騎士には規格外の化物が何人かいるとは聞いていたが……。
(あぁ……自分は規格内の凡人だったんだな)
そして、放物線を描くように重力に引かれていく。
少し体が重く感じるのは、おそらく侯爵が足にしがみついているからだろう。
「あの、殿下……これ着地はどうしたらいいんでしょう」
「…………どうしたらいいんだろうな」
侯爵の問いに対する答えなどわからなかった。
このまま落下したら間違いなく二人とも無事では済まないのだが――――
――と不安に駆られ始めた時、二人の軌道が変わった。
これはもはや物のような扱い方だ。
落ちる前に回収されたという表現のほうが正しい。
「外壁にぶつけるつもりで投げたのですが、やはり二人同時では飛距離が落ちますね」
クロードと侯爵を抱えたセリスは、どこか悔しそうに着地する。
そこは外壁の少し手前、一般家屋が多い地域で、商業区や中心地区ほど人通りは多くない地域だった。
(壁にぶつけるつもりだったのか……)
クロードは少しゾッとした。
しかし王子たる者、そう簡単に狼狽えるわけにもいかない。
「助かったぞセリス。だが……できれば次からは事前に言っておいてほしい」
「……? よくわかりませんが、わかりました」
凛々しい顔でそう答えられると、クロードはそれ以上責めることができなかった。
「と、とりあえず王城から離れることはできたが……ここからどうしたものか」
あまり長くこの場にいてはどうしても目立ってしまう。
かと言って、エルリット王女やカトレアが今どこにいるのか知る術がない。
そこで、侯爵が待ってましたと言わんばかりに提案した。
「殿下、よろしければ我がファクシミリアン家の屋敷へいらしてください。教会との関りもないので身を隠すには最適ですよ」
「ふむ……」
たしかに彼と教会に深い関りがあるような話は聞いたことがなかった。
それに罠であったならそれはそれで話が早い。
と、後ろに控えるセリスの存在がクロードを後押しした。
「わかった、すまないが世話になる」
「えぇ、任せて――――オロロロ……」
侯爵は快諾し、静かに吐いた。
空の旅は体が受け付けなかったらしい……。
………………
…………
……
「……行ったか」
王子が投げられ、セリスがそれを追った後、穴だらけになった部屋で一人の男が起き上がった。
「やれやれ、宮廷魔導士を辞めてからというものケチが付いてばかりじゃわい」
同じ部屋に倒れているメイド姿のアサシンを杖でつつき、完全に気を失っているのを確認してホッとする。
こういった手合いは魔法使いの天敵なのだ。
「しかしまたこんな小娘にやられるとは……ワシってひょっとして弱いんかのぉ」
少し生臭い血糊の入った小袋をその場に捨てる。
傷は本当に負っているのだが、すでに治癒魔法で塞がっていた。
後は魔法で心臓の音を極力抑えれば、最強の護身……死んだふりの完成だ。
「……あの近衛騎士は気付いとったな」
捨て置かれたことを感謝する。
かといって、今更侯爵家に戻るのは無理だろう。
「次の就職先を探さんとなぁ」
フッと飛行魔法で飛翔し、固定砲台ムボウは王都を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
緊張感漂うエルラド城の執務室にて、王とそっくりの顔を持つ男がぐったりと座りこんでいた。
「この状況で王はどこに行ったんだ……」
『少し外の空気を吸って来る』と言ったまま、本物のエルラド王は丸1日帰っていない。
仕方なく影武者である自分が代わりをしているのだが、できることなど限られている。
しかしこちらの心労などお構いなしに、向かいに座るギルド長のジギルは笑みを浮かべていた。
「ま、あいつはこういう時ジッとしていられるタイプじゃないからな」
その視線は、執務室に飾ってあったはずの甲冑へと向いた。
今現在、その甲冑はない……つまりそういうことなんだと影武者は悟る。
「はぁ……いつまでごまかせるだろうか」
最近城に顔を出すようになった新顔三人の内二人が優秀なので、実務はなんとかなってはいる……一人は常に酒臭いが。
それに引き換え、ジギルはそれほど困っていなかった。
つまりここにいるのはただの嫌がらせに等しい。
本来国境が封鎖されれば冒険者にも影響が出る。
だが帝国の領土分仕事が絶えないのと、星天の魔女ルーンのおかげで遺跡が現役のままなのが大きい。
無論、開戦すれば状況も変わってくるが……
「もし動き出すとしたら、短期決戦になるだろうな」
ジギルのその言葉に、影武者は胃を抑えた。
「今そういうの止めてください。胃薬の飲み過ぎで別の病気になりそうです」
そう言ってソファで横になる影武者を見て、顔だけじゃなく仕草まで本人そっくりだと、ジギルは思ったが口に出さないでおいた……。
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