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182/222

182 浸食された王城。

さすがに貴族の屋敷なだけあって、倉庫といえど掃除は行き届いている。

藁にシーツを引けば寝心地も悪くない。

監視役を買って出た以上、野郎と二人きりというのも我慢しよう。


しかしだ――――


「……顔の良い野郎って無性にぶん殴りたくなるよなぁ」


まさか監視対象がこんな顔の整った奴だとは思わなかった。


「俺だってこんなとこでおっさんと二人きりなんて嫌だよ」


「だからおっさんじゃなくて……ってもういいや。それよりどうだ一杯」


ロイドは何もない空間から酒瓶を取り出した。


「監視が酒飲んで大丈夫なのかよ……」


「それはまぁ、これがあるからな」


ロイドはランタンを部屋の中心に置き火を灯す。

倉庫とはいえ天井に灯りはあるので、これといって特別明るくなったりはしない。


「……それに一体何の意味が?」


「へっ、こいつはなぁ、ランタンの灯りが届く範囲から外へ出られなくなる代物だよ」


ロイドは試しに扉を開け外にでるが、そこから先は見えない壁のようなものに阻まれていた。


「そりゃまた珍しい魔道具を持ってんだな」


「面白いだろ。火を灯した時に範囲内いた者が対象なんだ」


おまけにこの火は魔石が尽きるまで燃え続ける。

これなら夜も監視なんて気にせずぐっすり眠れる……とロイドは思っていた。


「ふーん……それってさ、ランタン持ち出せば普通に出歩けんの?」


「まぁ灯りの範囲内には変わりないからな」


そこから、ロイドはとある遺跡でこの魔道具を入手した冒険譚を語り始める。


だが、クリフォードはそんなものまったく頭に入ってこなかった。



こいつ――――ひょっとしてギャグで言ってるのか?



突っ込むべきなのか、クリフォードには判断が難しかった。


(いや待て、これはおそらく試されている……?)


何か落とし穴があるのかもしれない。

こいつの言うことが本当なら、ランタンごと移動すれば普通に脱走できる。


(…………ま、その意味もないか)


クリフォードは無造作に床に寝転んだ。


元々やる気のある任務でもなかった。

最期ぐらいゆっくりするのも悪くない。


そう思った矢先、ロイドがのそりと立ち上がった。


「ちょっちトイレ」


そう言ってランタンを持ち歩き出し、部屋の外へ――――


「――って、こうなるよなぁぁぁッ!」


クリフォードの体は見えない壁に押され、ロイドの後をずるずると這って行った……。



◇   ◇   ◇   ◇



「これはどういうことですか父上!」


クロードは謁見の間の扉を勢いよく開き、国王へと詰め寄った。


「控えよクロード、ここは謁見の間だぞ」


「そんなことはわかっています! ですが、あの手配書は――――」


そこでクロードは、玉座の隣に立つ教皇に気が付いた。


「なぜここに……」


「ほっほっほ……陛下、ご子息は少し混乱されているようですぞ」


本来、玉座の横に立つなど許されるものではない。

王の右腕である大臣や護衛でさえ、側に控えるにしても立ち位置には気を使うものだ。


「教会が政に口を出すつもりか」


クロードは教皇を睨みつけた。


「口を慎めクロード、彼らは被害者なのだ。今はお互い手を取り合っていくべきなのだよ」


「手を取り合う……? 教会の手足になって戦争でも起こすつもりですか!?」


その言葉に謁見の間はざわついた。


ここには他の貴族も多く集まっている。

少しでもいい、同じように声を上げてくれる者がいれば……。


「言葉が過ぎるぞクロード」


王の表情が一段と険しくなる。

それに引き換え、教皇は下卑た笑みを浮かべていた。


「どうやらエルリット王女に毒されているようですな。まぁ殿下も年頃ですからのぉ」


「なんと……やはり早々に新しい婚約者を用意すべきだったか」


クロードの言葉は、まるで王に届かない。

それどころか、他の貴族も教皇の言葉に疑問を持っていなかった。


「救世主様を攫うだけでなく殿下まで……」

「なんと嘆かわしい事だ」

「野蛮なエルラド家らしいな」

「向こうの返答次第では戦争も致し方あるまい」

「返事など待つ必要ないのでは?」

「そうだな、早々に攻め入るべきだ」


不気味なぐらいに、ここにクロードの味方はいなかった。


そう気づくと、反射的に謁見の間を駆けて抜けた。

決して多くはないが、神官の姿も視界に入る。


(あぁ……王城はもう教会の手中だったのか)


誰に引き留められることもなく、クロードは謁見の間を後にした。

それを見て、王はため息を漏らす。


「まったく、まだまだ子供だな」


「陛下、念のため監視をつけておきましょうか」


提案した教皇へ視線を向ける王だったが、それはどこか顔色を窺っているようだった。


「……まぁ、監視ぐらいなら」


王がそう返すと、教皇は無言で広間の端へ視線を向ける。

すると、音もなく一人の神官が姿を消した。


周囲の人間はそれに気づかなかった、ただ一人の騎士を除いては……


「……」


その騎士もまた、気配を殺し謁見の間を後にした……。


………………


…………


……


クロードは自室に戻ると、王城を出る準備を始めた。


「父上があれではもう……くそっ、一体いつからだ……いつからここまで浸食されていたのだ」


しかし部屋を出る前に、扉をノックする音が聞こえた。


「殿下、ビルフォードです。よければお話だけでも……」


「……入れ」


入室を許可すると、ビルフォード侯爵は周囲を警戒しながら入室した。


「いやはや、大変なことになりましたな殿下」


ビルフォード・ファクシミリアン侯爵……はたして敵か味方か。

おそらく先ほどまで謁見の間にいたと思われる。


「私は今忙しい、手短に頼む」


クロードは構えこそ取らないが、いつでも剣を抜くつもりでいた。


「では単刀直入に申し上げます。殿下は今すぐに城を出た方がよろしいかと」


「……言われずとも――――


コンコンと、先程よりも高いノック音が鳴り響く。


「殿下、お飲み物をお持ちしました」


入って来たのはメイドだったが、そもそも飲み物など頼んだ覚えはない。


「置いておいてくれ」


「……承知しました」


メイドはテーブルに置くと、素直に出て行った。

その所作は様にはなっていたが、クロードは身の危険を感じ始める。


「……随分と雑なことを」


「まったくですな」


用意されたグラスと飲み物をジッと眺める。

間違いなく毒だろう。

入室を許可していないのに入ってくるメイドなど王城にはいない。


問題があるとすればこれが命を狙ったものなのか、あるいは誘拐や幽閉か……。


(敵は教会だけではない……か)


おそらく貴族の中にも、この状況を利用しようとしている者は多い。


「今すぐに出た方がいいというのはこういうことか?」


「えぇ、ここまで露骨だとは思いませんでしたが……」


侯爵の反応を見る限り敵ではない気がする。

しかし救世主の取り巻きと化したウィリアムの件がある以上、どうしてもファクシミリアン家に良い印象がない。


「私の味方をするということは、教会だけでなく国そのものを敵に回すことになるかもしれんぞ?」


クロードの真剣な眼差しに、侯爵は笑みを浮かべた。


「ハッハッハ、残念ながら殿下の味方をするわけではありません。私はね、エルラド家を敵に回したくないだけですよ」


そう言って、侯爵は窓を開き何か合図を送っていた。


「向こうの陣営につく機会として、殿下を利用させていただくだけです」


「なるほど、利害の一致というわけか」


ある意味、そのほうが信用できるとクロードは思った。


「それで、ここからどうやって出るつもりだ?」


「お任せください。我がファクシミリアン家に仕える最高の魔法使いが今飛行魔法で――――


そこで侯爵は言葉を詰まらせた。


「最高の魔法使いとはコレのことですか?」


先程飲み物を持ってきたメイドが、何かを脇に抱え窓から侵入する。


「申し訳ございません、侵入者として処理してしまいました」


侯爵は後退り、メイドは抱えていたものを無造作にその場に転がした。

それは何も言葉を発さずに、床を赤黒く染め始める――――


「ば、馬鹿な……元宮廷魔導士だぞ」


侯爵は懐に忍ばせておいた短剣を抜く。

しかしメイドの視線は、ジッとクロードを捉えていた。


「殿下、せっかく淹れたに冷めてしまうではありませんか」


侯爵を無視し、一歩……また一歩と、メイドはクロードへ向かって歩みを進める。


「私は頼んだ覚えがないのだが?」


「寝ている間に処理したほうが苦しまなくて良いと思ったのですが……残念です」


静かに、メイドはクロードに飛び掛かる――――その時だった。


壁を粉砕し――――そこから伸びた腕がメイドの頭を掴み壁へと叩きつける。

クロードと侯爵の目には、何かが壁を壊して通過したようにしか見えなかった。


「なぜ…邪魔を……」


掠れたメイドの声に、凛とした声が応える。


「近衛騎士が殿下をお守りするのは当然だろう」


それは規格外の弓兵で、今最も王城で信頼できる人物――――


「――セ、セリス……!」


「遅れて申し訳ありません、殿下」

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