179 わかりやすい刺客。
式典から二日目の朝、クリフォードはとある屋敷で痕跡を探っていた。
「見事に何もないな……」
それはエルリット達が住んでいた屋敷だったが、今はすでにもぬけの殻である。
しかしそう簡単に帰るわけにもいかなかった。
『これが最後の任務だ。失敗すれば……わかっているな?』
そう上司に言い渡されたのは、救世主の暗殺だった。
そしてこれが最後の任務……その後自分に待っているのは、果たして明るい未来なのだろうか。
失敗すれば間違いなく処分されるのだろうが……
「……どちらにしても処分されそうな気がする」
上司……クレストはそういう男だ。
正直逃げ出して自由の身になりたい。
実際過去に脱走した兄弟もいたのだが、その後どうなったのかは予想が付く。
所詮自分たちは不完全な存在で――――
「ぐッ……!」
突然の眩暈に、その場で膝を付いた。
口元を抑え咳き込むと、その手は赤く染まる。
「はぁ……俺もそろそろか」
自分にはまったく同じ顔の兄弟が何人もいる。
しかし同じなのは顔だけで、内面は皆個性があった。
野心を持ちすぎたものや、何かに魅入られ逃走した者。
しかし逃げ出したところで、大体はそのまま放置される。
放っておいてもそう長くは持たないからだ。
「……死にたくねぇな」
自分は最後の一人……兄弟の中で最も臆病で――――最も生に貪欲だった。
「……!」
クリフォードは外から視線を感じ、壁に張り付いた。
敷地内に人の気配はない……おそらく敷地外から見ている者がいる。
(……こちらを見ていたわけではないか)
少なくとも自分ではなく、建物そのものを見ているようだった。
そもそもこの屋敷はすでに教会の制圧下にある。
こちらは見られたからと言って困ることはないのだが……
「あの赤髪の剣士みたいのに目を付けられたら、命がいくつあっても足りないからな」
窓からソッと外の様子を窺う。
この辺りは貴族が多く、人通りはそれほど多くない。
(……とはいえ、平民が通りがかるような場所ではないな)
周辺には他の貴族の屋敷もあるので、使用人が通ることはある。
それならそれで構わなかった。
「……行くしかないよなぁ」
クリフォードは最大限の注意を払い、屋敷を見ていた平民の後を追うことにした……。
◇ ◇ ◇ ◇
「これはこれはエルリット王女殿下、状況が状況なので大したもてなしはできませんが、自分の屋敷だと思ってゆっくりしてください」
屋敷の主であるローズマリアさんの父君、デリック・フォン侯爵は僕らを歓迎した。
元々彼は教会に対して懐疑的で、その上娘が救世主の被害にあったことが決定的だったようだ。
「本当はもっと早く王女殿下にご挨拶できればよかったのですが……」
ローズマリアさんの一件もあって、侯爵もこちらには協力的である。
たしかに協力的なのだが……
「それで――――今すぐにでも教会に攻め込みますか?」
ちょっと過激な人だった。
隣に座っているローズマリアさんも少し困った表情をしている。
「駄目ですよお父様、物事には順序というものがあってですね」
「しかしな、やつらはローズを……」
侯爵はローズマリアさんに頭が上がらないようだ。
国の交易を担う者がこれで上手くやっていけてるのが不思議ではあるが、普段は領地にいる奥さんが彼を止めるらしい。
キララさん……この屋敷に連れてきて良かったのかな?
「むぅ……そうなると我々はあまり派手に動けんな」
ローズマリアさんの説教で侯爵はようやく冷静になった。
「お気になさらずに、こちらは匿っていただけるだけで十分助けられてますから」
それもいつまで持つかわからない……いずれまた戦いになるのは明白だろう。
しかし今はとにかく情報がほしい。
教皇と魔神と……後はクレスト公爵の狙いが知りたい。
「国境はすでに封鎖されてましたね。ただ現場はそれほど緊張感があるわけではないようですよ」
ローズマリアさんの話によると、すぐに国境で戦争が始まるような雰囲気……というわけではないようだ。
ただ……今の状況で帰国は難しいだろうな。
「そういえばアンジェリカ様はどちらに?」
「あぁそれなら、今頃剣を振っていると思います。何でも、鈍っていなければもっと戦えたらしいので」
急に熱心に鍛錬されると、僕も何かやったほうがいいような気がしてくる。
……何も思いつかないけど。
なのでのんびりお茶をしていたのだが、物事はいつも勝手に進んでいくものだ。
「エル、今大丈夫か?」
完全復活したリズが勢いよく扉を開いて現れた。
「リズ、もう動いて大丈夫なんですか?」
「問題ない、いつでも戦える」
頼もしいけどこっちも過激派だった。
「それより、アゲハがお土産を連れて帰ったので捕縛しておいたぞ」
その手には、両手両足を縛られた男が握られていた。
「お土産て……」
「どこまで付いて来るのかと泳がせてみたら屋敷まで付いてきました」
アゲハさんはどこか自慢気だった。
「そこに丁度私が出くわしてな。それにこいつは以前戦ったことがある……間違いなく教会関係者だ」
リズは男のフードを取り、こちらに顔を見せてきた。
「あぁ、これが例の……」
魔神将クリストファと同じ顔……それでいて、クレスト公爵の面影もある。
なるほど、これは丁度良い情報源が舞い込んできたようだ。
「デニック卿、地下牢は……さすがにないですよね。この部屋を使っても?」
「えぇ構いません、後始末も任せてください。あ、でもローズには刺激が強いかもしれないから出ていようか」
すると、侯爵は娘と共に退室していった。
ローズマリアさん……なんだか残念そうな顔だったな。
(というか、今から拷問するとでも思われたのかな)
後始末って一体何の……いや、考えないでおこう。
彼が素直に答えてくれたなら、そんなスプラッタなことにはならないはずだ。
「ふぅ……まずあなたはどこのどなたなのでしょうか」
「へっ、そう簡単に答えると思ってんのか?」
ですよねぇ、答えるわけないですよね。
「……何が目的で僕らの事を探ってるんですか?」
「何のことかわかんねーなぁ」
男はヘラヘラと白を切る。
クリストファと同じ顔だけど、受ける印象は大分違う。
しかし困ったな。
話してくれないと本当に拷問コースになってしまう。
(んー……こういう時は言語化することが大事か)
順を追って考えてみよう。
「まず、彼は変装したアゲハさんを尾行してきたわけですよね」
アゲハさんは町娘風の服装に、ご丁寧に髪の色まで変えている。
「そうですね。我ながら良く似合ってると自負しております」
たしかに良く似合っているが、胸を張っていいかは微妙なところだ。
「そしてこの屋敷までついてきてしまったわけですが……聖騎士の姿とかは見てないですよね?」
「尾けてきたのはこの男だけです」
忍びのアゲハさんが言うのだからそこは間違いないだろう。
……間違いないよね?
「つまり……彼は単独で動いている教会関係者ということですね」
「以前は仮面を付けていたし、教会の暗部というのがしっくりくるな」
リズがそう答えると、男の顔から余裕が消えた。
思ったより顔に出やすいタイプなのだろうか。
「僕たちは今お尋ね者ですし、密かに何かを探るとしたら……」
僕らの潜伏先……?
それなら聖騎士でも引き連れて堂々と調査すればいい。
そう考えると、表沙汰にしたくない別の目的があると考えられる。
「それは指名手配されている僕たちじゃない……」
教会が表向きに手を下せない人物……。
それは内密に処理し、あるいは僕らの犯行にできればなおのこといいのだろう。
「即ち――――狙いはキララさんですね!」
効果音をつけたくなるほどの力強さで、僕は男を指差した。
……間違ってたらどうしよう。
「――くっ、殺せ!」
男はあっさり観念して項垂れた。
……できれば男の口からその台詞は聞きたくなかったな。