表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/222

173 式典当日。

――――本日は式典当日。

渋々ではあるものの、僕も用意されたドレスを着て馬車で向かっていた。


「前見た時はもっと明るい色だったのに……」


ドレスの作りそのものは合わせた時と変わっていない。

しかし……少し見ない間に、真っ黒な色に変貌していたのだ。


「白い髪に良く似合うと思ったけど……なんか死神みたいね」


勝手に色を変更したアンジェリカさんがそれを言うのは何か違うと思います。


「安心しろエル、私も同じ黒だ」


「それ普段から着てる鎧ですよね」


リズは来賓ではないので鎧を着ている。

見慣れた姿で安心するが、僕もそっち側が良かった。


なおシルフィは同じ馬車には乗っていない。

教会の手伝いがあるので、朝早くから出かけてしまった。


メイさんも今日はアゲハさんと一緒にお留守番。

……変な事してなければいいけど。




式典会場は、大聖堂裏手にある広い庭園に設営されている。

ここは普段閉鎖されており、教会絡みの催しがあるときだけ入れるらしい。


「――っと、馬車はここまでか」


リズが颯爽と馬車を降りて僕の手を引いてくれた。

正直歩きにくいので助かるが、男としてこの扱いには遺憾である。


次にアンジェリカさんの手を引く。

こうやって見ると絵になっているのが不思議だ。



「さて、護衛もここまでのようだし、二人とも気を付けてな」


そう……会場は聖騎士が厳重な警備体制を敷いているので、護衛の同伴が許可されていないのだ。

なのでここから先は、リズと別行動ということになる。


「僕もそっち側が良かった……」


「往生際が悪いわね、さっさと行くわよ。じゃあお姉さま、また後で」


アンジェリカさんに背中を押され、ぎこちない足取りで会場内へ足を進めて行った。

ただでさえ動きにくい服装なのに、屋外だからついつい視線が足元を向いてしまう。


「ほら背筋」


「なぜこんな苦行を……」


背筋を伸ばすと足元が良く見えなくて歩きづらい。

これでは自然と歩みが遅くなってしまう。

ほら、周囲の人も迷惑そうな目でこちらを……


「あれがエルラド王家の……」

「活発そうな第1王女に、お淑やかな第2王女か」

「狙うなら剣姫と呼ばれるアンジェリカ第1王女だろう」

「いやいや、エルリット第2王女も飛行魔法を使えるほど秀でていると聞くぞ」

「これは式典後が勝負どころだな」


……どちらかと言うと獲物を狙う目をしていた。

お淑やかと誤解される分には構わないけど、勝負には来ないで欲しい。


心と体をすり減らしながら足を進めて行くと、祭壇らしきものが見えてきた。

そこから一定間隔で配置されているイスを見ると、何となく規模の大きいガーデンウェディングを彷彿とさせる。


「私たちの席はこの辺りのようね」


アンジェリカさんと僕の席は祭壇からかなり近い位置だった。

もっと後ろの方で良かったのにな……。


「まだ誰も着席してないんですね」


すでに靴擦れで足が痛いが、これではちょっと座りづらい。


「席に着く前に簡単な挨拶をしてる人がほとんどでしょうね。でも交流の場ではないから、それがマナーというわけではないはずよ」


「なるほど……」


言われてみれば、それっぽい人が軽く会釈して回ってる姿をちらほら見かける。

社交場ではないけど、無礼講でもないから念のため……ということだろうか。


そんな光景を眺めていると、僕らの元へも見覚えのある男性が近寄ってきた。


「安心するといい、王族に対して気軽に声をかけてくる者はそうそういないはずだ……同じ王族は除くがな」


と、クロード殿下から声をかけてきたことによって、周囲の視線はより一層こちらに集まってしまった。

しかし今日の殿下は、カトレアさんと一緒の時と違って表情に少し力みが見える。


「ごきげんよう……と言っていいんですかね。ホントは来たくなかったって顔に書いてありますよ」


ひょっとしたら僕の顔にも書いてあるかもしれない。


「そりゃ来たくなかったからな。しかし王族である以上そうも言ってられん……見ろ、父上ですらあの有り様だ」


クロード殿下の視線の先には、立派な髭を携えた男性と神官らしきおじいさんが話をしているようだった。


「あれは……?」


「髭のほうが父上、話している相手は教皇だ」


どちらも僕は初めて見た。

……王様のほうが腰が低く見えるのは気のせいだろうか。


「国王と教皇ってどちらのほうが偉いんですかね」


「本来は上下関係なんてないわね。ただ……あえていうなら、国内に限っては王のほうが上のはずよ。王が布教を認めなければ、教会はその国で活動できないから」


なるほど……『あの有り様』というのはそういうことか。


「王家の立場が弱い……というよりは、教会が異常……っとこれ以上は危険だな。私はもう席につくとするよ」


そう言って、クロード殿下は最前列の席についた。


「異常か……聖騎士って、アンジェリカさんから見てどうなんですか?」


警備として一定間隔で立っており、皆白銀の鎧を身に纏っている。

しかし微動だにしないので、実は鎧が飾ってあるだけなのではと思ってしまう。


「どうって言われると返答に困るけど……ただ一つ言えるのは、王城にいる騎士より圧倒的に強いわね」


……ちゃんと中に人がいるらしい。


「過分な評価をいただき光栄です。アンジェリカ王女殿下」


それは突如――無防備な背後からかけられた言葉だった。


僕とアンジェリカさんは反射的に振り返りながら後退る。

そこには、兜をかぶっていない一人の聖騎士が立っていた。


(なんだこの人……いつの間にこんな近くに……)


今ここに現れたと言われたほうがしっくりくる。

それほどまでに、直前までまったく存在を感じなかった。


「ごきげんよう、モードレッド公爵。いえ、この場では聖騎士団団長とお呼びした方が良いのかしら?」


未だ動揺を隠せないアンジェリカだったが、何とか体裁を保つ。

まさか向こうから接触してくるとは思っていなかったのだ。


「お好きな方でどうぞ。それと……お初にお目にかかります、エルリット王女殿下」


わざわざこちらにも挨拶をしてきた以上、何か応えなければならない。

これがカトレアさんのお父さんだと思うと色々思うところはあるが、ここは貴族らしい……もとい、王族らしい対応が必要になってくる。

……が、目の前の男は紳士的な笑顔を浮かべ言葉を続けた。


「それとも……閃光とお呼びした方がよろしいですかな?」


「……!」


上手く返答できずに僕は固まってしまった。


あきらかに動揺した表情を見せると却って後ろめたいことがあるように思われてしまう。

なんとか作り笑顔で対処しなければ……


「……良くご存じですね」


多分ぎこちない表情してるだろうなと自分でも思う。


「そう警戒せずとも大丈夫ですよ。警備を担う者として、式典参加者の情報はある程度頭に入っているだけですから」


こちらの警戒心が伝わってしまったようだ。

ある程度伝手があれば調べがつくことではあるし、理由としてもおかしいところはない。


「そうでしたか……なにぶんこういった式典は初めてなもので、緊張しているのかもしれません」


緊張してるのは嘘じゃないよ。

着慣れないドレスが原因だけどね。


「なるほど、私の配慮が足りませんでした。……っと、ご学友がいらしたようですね、それでは私はこれで失礼します」


ご学友……?

視線を逸らすと、ローズマリアさんがこちらに向かって小さく手を振っていた。


「たしかにそのようで……って、あれ?」


すでにそこにモードレッド公爵の姿はなかった。

現れる時といい、神出鬼没とはこのことか。


「あんた……よく普通に会話できるわね」


アンジェリカさんは少し顔色が悪くなっていた。


「いやいや、大分緊張しましたよ」


「そう? 私はちょっと苦手だわ。社交界にもたまにいるけど、笑顔なのに目が笑ってない……あの男は特に不気味よ」


たしかに笑顔の割に冷めてそうな印象だった。

でも前世でああいうの見慣れてるからな……とくに営業の人とかあんな感じだったよ。


「とりあえず……ローズマリアさんに感謝!」


ローズマリアさんに向かって合掌すると、本人はよくわかっておらずキョトンとしていた。




大分席につく者が増え始め、僕らもそろそろ……と思ったのだが、狙っていたかのように一人の男から声がかかる。


「失礼、エルリット王女殿下とお見受けします。私ビルフォード・ファクシミリアンと――――


「あ、すいません。そろそろ席に向かいたいので失礼しますね」


妙に腰の低い男性だった。

でもおかげで緊張することなくやんわりお断りできたよ。


「くっ……やはりチャンスを待つべきだったか」


何やらぶつぶつ独り言まで聞こえる。

あまり関わり合いにならないほうがよさそうだ。



(お、シルフィがいる)


決められた席につくと、丁度シルフィの姿を見かけた。

向こうもこちらに気づいたのか、一瞬だけこちらに視線を送る。

お互いが見える位置で少し安心した。



程なくして、教皇が祭壇の近くに立つと、真昼間だというのにシンと静まり返った。

街中の喧騒すらまったく聞こえてこない。


(後は座ってればいいだけの簡単なお仕事か……)


教皇が小難しい話をし始めたが、まったく頭に入って来なかった。

こういった場でのお偉いさんの話が無駄に長いのは、どの世界でも同じらしい。



(……っと、そろそろ救世主様の出番かな)


純白の衣装に身を包んだキララさんが、ゆっくりと祭壇へ向かって行く。

同時に、神官たちは祈りを捧げ始めた。


(黒髪に白い衣装……僕と真逆だな)


そんな能天気なことを考えながら、祭壇の前で膝を付き祝詞を読み上げ始めるキララさんを眺めていた。

すると、キララさんの体を淡い光が包み始める。

どうやら祈りには神力が必要らしい。


(でも…………祝詞ってこんな内容だったっけ?)


内容なんてそれほど覚えているわけではないが、それでもなんとなく違和感を感じる。

そう思いシルフィの様子を確認すると、愕然とした表情で祭壇の方を見ていた。


「もしかしてそれは――――ッ!」


シルフィの言葉を遮るように、キララさんを包んでいた光が一際強くなり始める。

それでも何が起こったのかは見えていた。


祭壇へ駆け寄ろうとするシルフィだったが、そこに一人の男が立ちはだかる。


「ダメじゃない、邪魔しようとしちゃ」


「これは豊穣の祈りなんかじゃありません! そこをどいてください!」


いつの間に会場にいたのか、蒼天のジェイクがシルフィの行く手を阻む。


「知ってるわよ。まぁあのお嬢さんには悪いけど、何事にも犠牲って付き物だから」


「じゃあやっぱりこれは……!」


シルフィの悪い予感が確信に変わる。

その会話を聞いていたエルリットとアンジェリカも動き出した――――


「キララさんの神力がどんどん増してる……!?」


「まさか神降ろしってやつ? これは止めないとまずいみたいね」


それは本当に一瞬の出来事だった。



祭壇を中心に――――会場は神降ろしの光に支配された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ