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172 式典前夜。

マーカス侯爵、ウォッカ伯爵、メッサー公爵、彼らはエルラド王国の領土となった元帝国3大都市の再建になくてはならない存在だった。

故に、王城へと呼び出されるのも極々自然なことである。


「エルラド王か……こんな形で謁見する日がくるとは」


「まったくだ。私は念のため遺書をしたためておいたよ」


マーカス侯爵とメッサー公爵の足取りは重い。

都市を任されてるとはいっても、帝国はただの敗戦国だ。

ただでさえ頭が上がらない状況……次はどんな無茶な契約が待っているのか。


そしてもう一人、別の理由で足取りの重い女性がいた。


「うぅ…頭痛が……なんで城ってのはこう無駄に広いのかね。歩くたびに頭に響くんだよ……」


「それはアイギス様が飲み過ぎるから悪いんダロ」


エマに支えられ、ウォッカ伯爵ことアイギスは登城していた。


「彼女が鉱山都市のウォッカ伯爵か……うっ」


あまりの酒臭さに、二人は顔をしかめる。

しかし、おかげで少し緊張は解けた。


(少なくとも、これよりは我々のほうが評価していただけるだろう)


そうなれば今よりマシな条件を引き出すことも可能になってくる。

ウォッカ伯爵には悪いが、必要悪として利用させてもらおう。




3人は謁見の間に着くと、その場に立ち尽くした。


「これは一体……」


目の前では職人たちが汗水流して働いている。

それでいて、城の役人らしき人間はどこにもいない。


すると、一人の男が柱の影から姿を現した。


「お、悪いね。謁見の間はまだ再建中なんだよ。正式な召還じゃねーし、応接室のほうに来てくれねーか」


そう言って、男は手招きしつつ軽い足取りで案内してきた。


「……今のってまさか」


どちらともなく、マーカス侯爵とメッサー公爵は目を見合わせた。

口に出さなくとも、お互い考えていることは同じ……ならば間違いない。


二人が啞然としている中、アイギスは先ほどより軽い足取りで案内について行く。


「王様になったんだろ? なら美味い酒の一つ二つ用意してあんだろうね?」


「そりゃあるにはあるが……ていうかすでに酒臭っ!」


アイギスは親しそうに王と肩を組んだ。

マーカス侯爵とメッサー公爵は、信じられないものを見たが確信した。



やっぱり――――エルラド王本人じゃないか!



二人の足取りが軽くなることはなかった……。





「いや、呼び出しだって封蝋使ってなかっただろ? もっと肩の力抜いて来てくれてよかったのに」


エルラド王は非公式な場だからと、妙に砕けた態度だった。

本来こちらが素なのだろう。


「それは……我々がまだエルラド王国民と認められていないからだとばかり……」


マーカス侯爵とメッサー公爵は、今回の呼び出しでその辺りが決まるものだと思っていた。


「呼び出したのはちょっと話したかっただけだよ。なにせ目が覚めたら王様になってたんだぜ? 帝国の状況とか全然わかんないし」


王はとにかくソファでだらけている。

緊張していた二人は、ただただ脱力するしかなかった。


「うん、悪くない酒だね。迎え酒にちょうどいい」


「婆さん……前より酒癖悪くなってないか?」


王とアイギスは「キンッ」とグラスを合わせ乾杯する。


「えっと……お二人は知り合いなのですか?」


マーカス侯爵は交易都市を支える者として、広い分野に情報網を持っているつもりだった。

しかし……この飲んだくれと王の関係がまるでわからなかった。


「私は昔、このエルヴィンに住んでたからねぇ」


「まぁ、その時知り合った……ぶっちゃけただの飲み仲間だな」


二人はゲラゲラ笑いながら酒を飲み交わす。


「はぁ……これでは話をするどころではないな」


仕方なく、メッサー公爵は出されたワインを口にした。


「む、これはたしかに良いものだな……」


「公爵まで……はぁ」


マーカス侯爵はため息をつきながら、渋々ワインを口にするのだった。


………………


…………


……


3人がエルラド王と飲み始め、1時間程が経過しただろうか。

もはや登城した目的を覚えている者はいなかった。


「未だ外との交易ができない交易都市なんて、どうやって建て直せばいいんですかぁ!」


マーカス侯爵は赤い顔で不満を露わにする。

しかしすぐに酒の注がれたグラスをボーっと眺める置物と化した。


「わかる、わかるぞぉ。帝都なんて民を敵に回してるからな、信用回復もいつのことになるのやら」


メッサー公爵は同調しながら肩を抱き、グラスを一気に飲み干した。

そして二人の視線は、向かいに座るアイギスへと向く。


ほら――あなたも苦労してるんでしょ?

この際全部ぶちまけちゃいなよ。


そう愚痴を期待するかのように……。


「ふーん、領主ってのは大変なんだねぇ」


アイギスはまるで他人事だった。

苦労人二人は、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


「なんか他人事だな。鉱山都市は即輸送ルート確保して稼働させたし、それなりに大変だったんじゃ?」


エルラド王の言葉に、二人は無言で同調し頷く。

そうだろうそうだろう、そうでなければおかしいだろうと……。


「ん? んー……うちは元々前の領主に見捨てられた都市だったからねぇ。何もしなくても案外問題なく回るもんさ」


彼女とは苦労を分かち合えないと二人は悟った。


「そういうもんか」


「そういうもんさ。そっちこそどうなんだい? 肩書が変わって見える景色でも変わったかい?」


アイギスの問いに、二人の視線はエルラド王へと向いた。


王の苦労など我々には図りえないだろう。

増えた領土も元は魔帝国に浸食された帝国領がほとんどだ。

昨今では技術革命まで起きているとの話だし、きっと傑物なりの苦労があるはず……。


「目が覚めたら色々変わってたけど、見える景色だけは変わってねぇな」


つまり……それはどういうことなんだ、と二人は困惑した。



「――で、今度は何を始めようってんだい?」


それまでと違い、アイギスは真剣な顔で尋ねた。

エルラド王はグラスから視線を逸らさずに答える。


「こちらから始めるわけじゃないが……まぁ大義名分は与えちまうかもな」


「……そりゃ心配だねぇ」


あきらかに王とアイギスの雰囲気が変わっていたが、マーカス侯爵とメッサー公爵の意識は徐々に朧気になっていく。


「……人ってのは、終わらせ方はよく知らねぇくせに、始め方だけは心得てやがんだよなぁ」


そう言って、エルラド王はグラスの中身を一気に飲み干した。



◇   ◇   ◇   ◇



時の流れというものは早い。

気付けば豊穣の式典を翌日に控えていた。


「結局ルートに入れたかわからないまま一大イベントに突入かぁ」


キララは写本にある祝詞を眺めつつも上の空だった。


もしこのイベントが最終章だとすれば、エンディング後の自分はどうなるのだろうか……。

かといって、これで終わりという実感も湧いてこない。


「長いようで短かったな……」


元の世界に帰ったら、改めてこのゲームをプレイすることに……


(……元の世界に帰る?)


ヒロインが一人で元の世界に帰るって、普通に考えたらバッドエンド?

あるいは個別ルートに入れなかった際のノーマルエンドか……?

帰りたいか帰りたくないかと言われたら――――


「――帰りたくない!」


なら目指すはハッピーエンドしかない。

そもそもこのイベントはまだまだ物語終盤ではないという可能性も……。


「そうだよね、隠しキャラ発覚イベントからあまりにも期間が短すぎるもの」


だとすれば、このイベントで何かが起きる。

ヒロインが元の世界に帰れなくなる何かが……。


「祈りを捧げるタイミングで世界に異変が……!?」


ありがちな展開だ。

そこから後半のシナリオに突入するのかもしれない。


「そしてその世界を救えるのはきっと私しかいないんだわ」


そう考えるとしっくりくる。

王子二人のルートはここからが本番だろう。


それならばと、真面目に写本の祝詞を覚えて……


「…………長い」


本が少しカビ臭い上に、とにかく小難しい言葉が多く長い。

これはもはや朗読ではないかと思うほどだ。


とその時、扉をノックする音が聞こえた。


「はいはい、今度は何の用ですかー」


ここは寮ではなく大聖堂の一室、きっとまた神官の小言だろう。

しかし扉を開け入って来たのは教皇だった。


「ほっほっほ、明日は待ちに待った式典の日ですな救世主様」


「……どなたでしたっけ?」


見覚えはあるような……とキララは思い出そうとする。

教皇のこめかみが一瞬だけピクリと反応するが、笑顔は絶やさなかった。


「教皇のジョゼフですよ。今日は式典に関して少し変更があったのでそれを伝えに参りました」


そう言って教皇は一冊の本をキララに差し出した。


「……まさかとは思うけど」


「えぇ、明日読み上げる祝詞はこちらでお願いします」


キララは少しイラッとするも、中身を覗くと表情が明るくなった。


「なんだ、こっちのほうが短いじゃん」


それに本自体の装飾も豪華で、カビ臭さなど微塵もなかった。


「救世主様の負担を少しでも減らせればと思いましてな」


「さっすが教皇、わかってるぅ」


相変らず本の内容はよくわからないが、これならさほど疲れることもないだろうとキララは鼻歌混じりに本を眺めた。


「……では、明日はよろしくお願いしますよ」


「はいはーい」


キララは手だけを振って、もはや教皇の方を見ていなかった。

だから気づかなかったのだろう。


教皇が最後に見せた、下卑た笑みに――……


ブックマーク、評価、いいね、誠にありがとうございます。

大変励みになります。


もう少しで最終章に突入しますが、最後までがんばりたいと思います。

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