171 準備は着々と進む。
王城の地下牢にて、ロイドは薄味のスープをすすっていた。
「相変わらずここの飯はまずいな」
結局野次馬共の証言と、ジェイクとエルリットの証言が一致したため一人だけ牢に入る羽目になった。
犯罪者をわざわざ王城に招き入れるとはごくろうなことである。
正直ここまでは狙い通りだ。
「唯一予想外だったのはあいつか……」
まさか本気を出した蒼天と互角以上に戦えるとは思っていなかった。
何せ最強の矛を止めて見せたのだ。
自分が台風の目になるつもりでいたが、その必要はないのかもしれない。
「……来たか」
コツコツと地下牢に足音が響く。
それはロイドの前で止まり、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「教皇様ってのは随分下品な笑い方をするもんだな」
「減らず口は相変わらずだの」
教皇は神官を2名引き連れている。
しかし城の兵士の姿は見えない。
彼らがここまで堂々と入れるのも、癒着の証拠と考えるべきか。
「まぁいい、お前の処刑は式典の後にゆっくりと執行してやる」
すでに処刑が決まってるらしい。
「そんなことわざわざ言いに来たのかよ。年寄りの徘徊だと勘違いされちまうぞ」
ロイドの露骨な挑発に、教皇はわなわなと震える。
しかしそれも長くは続かなかった。
「ふぅ……いかんいかん、お前の口八丁に乗せられて手を出せば何をするかわかったもんじゃないからな」
「はん、つまんねーな」
牢の中にロイドの私物が何一つない以上、外からの接触を何かしらに利用してくる可能性がある。
――と、教皇は考えた。
「さて、わしは忙しいのでな、次会う時はまず拷問室だ。楽しみにしておれ」
そう勝ち誇ったような顔で言い残し、教皇は去って行った。
「……行ったか」
完全に人の気配がなくなったところで、ロイドはしばらく作戦を練ることにした。
牢の中にあるのは、藁でできた簡易な寝床とトイレ代わりの壺だけ。
取り上げられたマジックバッグは自分以外には使えないようにはしてあるものの、まず手元に戻ってくることはないだろう。
「ま、なくてもそれほど困らないんだけどな」
おもむろに手を横へ伸ばすと、何もない空間から林檎が一つ現れた。
――ロイドはどこからでも自分のバッグに干渉できる。
普段直接バッグから取り出しているのは、それを悟らせないためだけに習慣付けていただけ。
つまり、ロイドはいつでも魔道具を使用できる状態にあった。
「……これ食ったら出るか」
◇ ◇ ◇ ◇
「私も実物は見たことありませんが、おそらく神具と呼ばれる槍だと思います」
蒼天のジェイクが使っていた槍のことを、シルフィはそう答えた。
神具か……まさか神力の壁が抜かれそうになるとは思わなかった。
神の力も万能じゃないんだなぁ……。
「眉唾物だと思っていたが実在していたのか……惜しい事をした」
リズはどこか残念そうだった。
「槍が鎧にねぇ……」
メイさんには疑いの視線を向けられた。
変なとこで対抗心出さなくていいのに。
「ところで……なぜシルフィまで制服を?」
ここは学園に向かう馬車の中。
今日はなぜかシルフィも同じ制服を着て乗り込んでいた。
「ちょっと調べものをしようかと思いまして」
気軽に言っているが、制服を着て生徒として図書室に侵入するつもりらしい。
アゲハさんも一緒だそうだけど……心配だ。
先日の一件は王都内で話題になっていた。
あれだけ目立つ戦いをしては当然である。
学園も例外ではなく、教室内では生徒たちが新聞を広げ賑わっていた。
そしていつの世も、記事というのは何かと大袈裟に書かれていたり解釈違いがあるものだ。
「間違ってるけど完全に違うとも言い難い……」
新聞の見出しはこうだ。
原因不明の三つ巴合戦――蒼天vs冒険王vs閃光――戦いの爪痕は今もなお残る。
戦いの爪痕ってなんだ……。
穴開けたのは僕じゃないし、そもそもこっちは止めようとしたんだ。
これじゃあまるで僕まで主犯みたいじゃないか。
「一躍有名人ですね」
隣の席でローズマリアさんは微笑んでいた。
こちらとしては遺憾なので苦笑いしかできない。
「閃光の正体にまで触れられてるとは思いませんでしたよ」
一面に比べると小さいが、『これが噂の閃光だ!』の見出しで僕の似顔絵が描かれ、特徴も記載されていた。
ただ僕はほとんど上空にいたので、どうにも遠目で見ただけのようである。
「この似顔絵では髪型以外わかっていないようなものですね」
「ですよねー」
顔は黒く塗りつぶしてごまかしてあるし、髪型に至っては別に珍しくもない。
特徴も『髪が長くてたまに淡く発光する』と書かれている。
これではわかってないようなものだろう。
(……というか、たまに発光するとか意味不明でしょ)
人を切れかけの蛍光灯みたいに表現しないでほしい。
「結局何で戦われてたんですか?」
「そんなつもりは全然なくて、ただ二人を止めようとしただけなんですよ……」
あらあら、とローズマリアさんも困り顔だった。
僕の苦労が理解してもらえたようだ。
「この件をアンジェリカ様は何と?」
「それが……」
てっきりまた呆れられると僕は思っていた。
しかしアンジェリカさんは真剣な表情で『準備だけはしておかないとね……』と呟いていた。
「何かの準備をするようなこと言ってましたね。それが何なのかはわかんないですけど……」
何のことか聞き返しても『心構えよ』と真面目な顔で言われてしまってはそれ以上聞けなかった。
「なるほど、アンジェリカ様が……」
なぜかローズマリアさんまで真面目な顔になってしまった。
僕の話を聞いて何かを理解してしまったらしい。
(……あれ? そもそも僕が閃光のエルリットと同一人物だって話したっけ……?)
ローズマリアさんに話した記憶はない……けど協力者だし、アンジェリカさん辺りが話しててもおかしくはないか。
……さすがに女装のことまで聞かされてないよね?
「どうかしました?」
ローズマリアさんはいつも通りの微笑みを浮かべた。
大丈夫……これは変態に向ける表情ではないはずだ。
「い、いえ……なんでもないです。そういえば今日はキララさん欠席なんですね」
ここ最近ストーカーと化していたキララさんの席は空席だった。
僕としてはいないほうが安心するのだけど。
「式典が近いですから、主役は色々と忙しいのではないでしょうか」
「なるほど……」
それは大変そうだ。
アゲハさんが教会から持ち出した祝詞とやらは僕も見たけど、使い慣れない言葉が多かった。
きっと噛んだりしたらダメなんだろうな。
今日は騒がしい人もいないし平和な昼休みだった。
図書室に謎の美少女が――――なんて噂してる人もいたけど、噂レベルで済んでるなら大丈夫だ……多分。
後は自然にこの国の王子が同じテーブルにいることを除けば平和です。
(最近クロード殿下の表情変わった気がするな)
前はもっとぎらついた眼をしていたが、今は何とも毒気の抜けた顔をしている。
カトレアさんと再会した上に、いつでも会える環境が彼を変えてしまったのだろうか。
(……あまり気軽に会われても困るけど)
面会費として白金貨1枚でも請求すればすぐに元が取れそうだな……。
「……エルリット王女、先日の件で一つ伺いたいのだが……」
「先日と言うと……まぁあのことですよね」
第一王子としてはやはり放置できない問題でしたか。
「くわしい事情を聞きたいわけではないのだが……冒険王のことでな」
……もうすっかり忘れてたよ。
そういえば一人だけ連行されちゃったんだよね。
「匿っていたりは……しないよな?」
匿うも何もセリスさんに任せちゃったしな。
今頃牢に入って……
「……匿うって、まさか――っ!」
「そのまさかなのだ」
クロード殿下は一枚の手配書をテーブルに置いた。
「今朝発行したばかりの手配書だ」
「指名手配犯……Sランク冒険者、冒険王ロイド。懸賞金、白金貨100枚……生死問わず」
脱走してんのかい……。