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168 底の知れないお嬢様。

「――――どうして、あなたは毒を盛ったのかしら」


アンジェリカはそう尋ねるが、ローズマリアの表情はピクリとも変わらなかった。


「……仰っている意味がわかりかねます」


互いの視線が交差し、暫しの静寂が訪れる。

――――が、それを先を破ったのはローズマリアだった。


「……腕力でも魔力でも、ここでは私は赤子のようなものですね」


「私が無理矢理吐かせるとでも? それなら今すぐにでもそうしてるわよ」


実際ローズマリア相手なら後れを取ることはないだろう。

有力な証拠でもあればそうしてるところだ。


「一応釘を刺しておこうかと思ったけど、私の勘違いなら別にいいわ」


「釘……ですか?」


ここからはアンジェリカの想像でしかない。


「今度はエルリットのために、救世主を毒殺しかねないなって思ったの」


ローズマリア自身のことはある程度調べがついている。


昔から友達思いで尽くすタイプ……と言えば聞こえはいいが、その思いが行き過ぎてしまうこともしばしば……。

カトレアの件とて、彼女の思惑通りの展開なのかどうかは定かではないが、この王都にある奴隷商館はフォン家の管理下にある。

おそらくエルリットが購入していなくても、カトレアの身の安全は保障されていたようなものだったのだろう。


「たしかにエルリット様は素敵な方ですね。この短期間で私はとても惹かれております」


ローズマリアはうっとりとした顔でそう答えた。


「しかし残念ですが、毒を盛ったのは本当に私ではありません」


「そう……ならいいのだけど」


こちらの調査は振り出しに戻るが、違うのであればそれに越したことはない。

そう思った矢先のことだった――――



「だって私は――――致死性のある毒にすり替えただけですので」



ローズマリアは、笑顔でそう口にした。


「ん……?」


「元々はカトレアを慕ってた子が下剤を仕込んでいたようなのですが、それでは弱いと思い毒薬と入れ替えてみたんです」


突然のカミングアウトに、アンジェリカはキョトンとしていた。


「でもまさかカトレアが犯人扱いされてしまうとは思いませんでした、教会って怖いですね……あ、でも頃合いを見て奴隷商館から助ける予定ではあったんですよ?」


軽い世間話かのようにローズマリアは話を続けた。

これは救世主より厄介な存在なのではないかとアンジェリカは思う。


「それが……あなたの本性なの?」


「本性だなんて大袈裟ですよ。ただ私は、自分の大事な方にとって害のある存在が許せないだけです」


アンジェリカは頭が痛くなった。

予想通りではあるが、荒唐無稽ともいえる自分の想像が当たってしまっていたのだ。


「それで? あなたの大事なカトレアが奴隷堕ちして、救世主が無事だったのはいいんだ?」


「そこなんですよねぇ。ホントにエルリット様の存在は想定外でした」


だから様子見をしていた……ということなのだろうか。


「それと、エルリット様に対する嫌がらせの件は私ではありませんよ。私なら嫌がらせ程度では満足できませんから」


ローズマリアはニコリと笑みを浮かべた。


(そうか……この子、私に似てるんだわ)


どこかタガが外れている。

本人には悪意がない……。


「まぁ嫌がらせのほうは程度が知れてるし、別かもとは思ったけど、その割に尻尾は掴ませないのよね。あなたは誰の差し金だと思う?」


「そうですねぇ……」


顎に指を当て、ローズマリアは少し思案した。


「マクラーレン伯爵家あたりでしょうか……でも尻尾を掴ませないのであれば、サリバン公爵家かもしれません」


三大貴族の名が出たのは少し意外だった。

しかしモードレッド公爵家の発言力が弱まっている今なら動きやすいのかもしれない。


「サリバン公爵と教会の関係は?」


ここが親密な関係だと少し面倒になる。


「普通……ですね。三大貴族の中で言えば疎遠なほうでしょうか」


「あらそう、なら気にしなくていいわね」


アンジェリカは気にしなければいけない案件が一つ減ってホッとした。


「いいんですか? エルリット様への嫌がらせはどうなさるつもりなのです?」


「あの子なら大丈夫よ。教会と関係ないなら放っておいていいわ」


付いてる護衛どころか本人も規格外なので嫌がらせ程度なら大丈夫だろう。


「教会との関りがそれほど重要なのですね。……アンジェリカ様は、どこまで教会と事を構えるおつもりなのでしょう?」


それを聞いてローズマリアはどうするつもりなのだろうか。

どうにも底が知れない子だが、少なくとも敵対する気がないのなら……


「そうね……それは教会しだい――――


――――アンジェリカがそう口に仕掛けた時、王都が大きく揺れた。



◇   ◇   ◇   ◇



大きな揺れはほんの一瞬だけだった。


「地震……?」


突然のことについテーブルの下に隠れてしまった。

メイさんも同じように隠れているあたり、地震対策はどこも変わらないらしい。


「一瞬だけやったけどでかかったなぁ」


ドレスの調整が終わった後で良かった。

あんなの皺一つついただけで作り直しになりそうで怖い。


「外は大丈夫かな……」


窓も特に割れたりはしていないようなので、外の様子を確認した。


「この辺は丈夫そうな屋敷ばっかりやし、大丈夫なんちゃう?」


「そうですね、見た感じこれといって問題は……」


そこで僕は見てしまった。

遠くの空で、大きな槍を振り回す人影を……。


「あの方角ってもしかして……」


何となく嫌な予感がしたところで、サッと動く影が室内に現れた。


「報告いたします。詳細はわかりませんが、教会付近にてロイド殿と槍を持った男が戦闘を開始しました」


アゲハさんは手短に状況を説明したが、そこに至った経緯まではわからないらしい。

というか冒険王……勝手に動くとは言ってたけど教会で何やってんの……。


「教会付近か……厄介だなぁ」


首を突っ込むべきか否か……。

そう悩んでいると、ノックもなしに扉が開いた。


「エル! 先ほどの揺れだが――」


「エルさん、おそらくあれは地震では――」


リズとシルフィが同時にやってきた。

この状況で動かないというのはさすがに無理か。


「ならここは……」


………………


…………


……


メイさんは念のため屋敷のチェック。

シルフィは教会絡みなのでお留守番……本人は不服そうだったけど。


そして僕とリズは、冒険者用の服装に着替え教会に向かっていた。

なおアゲハさんも姿は見えないが隠密行動で付いて来ている。


「この気配……恐ろしく強い!」


ロイドとてSランク冒険者のはずだが、戦っている相手はそれ以上らしい。


教会が近くなってくると、屋根より高い位置で何かのぶつかり合う音が聞こえてくる。

同時に、周囲の喧騒もハッキリとしたものになってきた。


「何でこんな所に大穴が……」

「おいあそこ! 巨大な槍持った奴とおっさんが戦ってるぞ!」

「教会の上でなんと罰当たりな」


たしかに教会から少し離れた所にある広場に大穴が開いていた。

先程の揺れはこれが原因なのだろう。

そして戦っているおっさんというのはロイドで間違いない。


「勝手に動くって言ってたけど、調査じゃなくてカチコミのことだったのか……」


しかも戦い方が……なんかせこい。


ロイドは常にバッグから何かを取り出しながら戦っている。

おそらく魔道具なのだろうが、その表情はあまりにも必死だった。


それに対し槍を持った男は……


「あの槍の男……ギルドで見覚えがあるな」


リズも覚えていたようだ。

あれは王都の冒険者ギルドに初めて来た日に声をかけてきた男で間違いない。


「にしてもあの槍、でかすぎてバランス悪い気が……」


今日はあの時持っていなかった巨大な槍を振り回していた。

身の丈より長く、槍というより杭のようにも見える。


見た目に反して軽々しく振り回しているが、あれでは突こうと思ったら突進するしかないのではなかろうか。


「ただの槍ではなさそうだが……エル、どうする?」


どうする、というのはどちらに味方するのかということだろう。

ロイドさんは敵ではないのかもしれないが、味方かと言われると判断材料が少ない。

槍の人のことは良く知らないし……。


「……そもそも味方しなくてもいいのでは?」


僕らはたまたま騒ぎを聞きつけてやってきた冒険者。

そして被害がこれ以上大きくなる前に、二人を諫めようとした……。


――完璧だ。


「味方しないか……なら二人まとめて叩くか?」


リズはどこか楽しそうな顔をしていた。

戦いたくてウズウズしているようだ。


槍の男がどれほどの強さかは計り知れないが、もしあれが全力じゃないのならリズと戦ったら大穴どころの被害では済まないだろう。


「叩くわけじゃないですけど……ここは僕がいきます。リズはセリスさんに連絡を」


「ほう、エルが一人で……相分かった」


リズはそう返事をして、喧騒の中を駆け抜けて行った。


……今度は嬉しそうな顔してたな。

でもごめんなさい、リズが想像してるような男らしい判断ではないんです。


「戦うだけが止める手段じゃないからね」


あの二人、どうにも何か話しながら戦っている。

きっと何か事情があってこんな状況になっているに違いない。

それならまだ説得する余地が残っているはずだ。


説得に失敗したとしても、そこから先は王国の騎士の仕事だろう。


(近衛騎士とパイプがあるって素晴らしい)


そんな楽観的な気持ちで横槍を入れたことを、僕はすぐに後悔することになるのだった……。

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