165 隠しキャラはエルリット?
先ほどまでエルリットがいた場所には、割れた小瓶の破片が散らばっていた。
「なんやこれ……って臭ッ!」
もはや突き飛ばしたエルリットのことは頭にない。
中に入っていた液体は、まるで生ゴミのような異臭を放っていたのだ。
「ひどい臭いだな。犯人は……あそこか!」
セリスは鼻をつまみつつも、逃走する男の姿を捉えていた。
すると、無造作に小石を拾い指で弾いた。
「――逃がさんッ」
ヒュッ――と空を裂く音が男の足を射貫く。
「ギャァァッ足が、足がぁぁぁぁ!」
男は足を抑え転げまわった。
「小者か……どれ、もう片方も撃ち抜かれたくなかったら大人しくしろ」
セリスは男を取り押さえると軽く肩に担いだ。
「セリスはん、こっちは臭いだけで危険物やないみたいや」
「そうか、おそらく末端の嫌がらせだろうな。あまり期待はできんがこちらは任せてくれ」
例の貴族の差し金だろうとセリスは判断し、その身柄を連行していった。
そして入れ替わるように、エルリットが慌てた様子で戻ってくるのだった……。
夜は度々報告会が開かれている。
これといって報告することがないような日もあれば、そもそも報告するべき相手であるアンジェリカさんがいないことも多い。
なので毎日ではないのだが、この日は報告内容が特別多かった。
「うーん……その程度の出来事で男かもなんて思うかしら」
というのが、僕の報告を聞いたアンジェリカさんの見解。
そもそもそんな発想自体が出てこないだろうと。
「そんなもんですかねぇ」
「よっぽど発想が飛躍しないとそんな考え出ないでしょうね。あんたがもうちょっと男らしかったら話は別だけど」
じゃあ大丈夫なのかな……。
少しホッとしたが、余計な一言に心を抉られた。
「嫌がらせのほうは……まぁセリスに任せましょ」
嫌がらせがあったことを僕は後から聞かされた。
今回は直接来たけど、結局自分の目で見てないから実感がない。
「じゃあ次はお姉さまと剣を交えた怪しい男のほうね」
別行動になったリズのほうだが、僕の心配とは裏腹に相手の男は逃げ果せたそうだ。
「なかなかの手練れだった。とはいえ、逃がすつもりはなかったのだがな……」
一瞬見えた相手の素顔が、リズの反応をわずかに遅らせる原因となった。
リズ相手に隙を利用できる……それが手練れだという証拠でもある。
「あの顔は間違いない。邪神将のクリストファと同じ顔だった」
わざわざ『同じ顔』と表現したのには理由があるらしい。
言動や行動が似ても似つかないということ。
そしてなにより、クリストファは間違いなくリズがトドメを刺している。
「……まぁ、世の中には同じ顔の人が3人は……いや、ちょっと厳しいですかね」
そんな人間が偶々どちらも教会に関わってる、というのは自分で言っててちょっと厳しい気がする。
アンジェリカさんも同様に、とりあえず思いついたことを口にしていた。
「クローン技術……はさすがにこの世界にあるわけもないか」
たしかにそんな高い技術力は……師匠あたりなら魔法で実現してしまいそうだ。
「クローン?」
「な、なんでもないですよお姉さま」
首を傾げるリズと慌てるアンジェリカさんを見て、メイさんは何かを閃いたようだった。
「……ちょっちウチは用事思い出したわ」
退室するメイさんを咎める者はいないが……あれはきっと何か企んでる気がする。
「ま、仮面の男は新たな調査内容に加えるとして、次は肝心の教会に行った二人ね」
アンジェリカの言葉に、シルフィとアゲハは頷く。
そしてシルフィが先に口を開いた。
「私は大司祭から式典への助力を頼まれました。なんでも神官が不足してるそうで」
「不足ねぇ……大方魔帝国に送りすぎたとか、そんな理由じゃないの」
それはアンジェリカの雑な予想だったが、皆何となく納得してしまった。
(教会と邪教が繋がってたならありえそう……)
もしくはアイギスさんのように異を唱えた結果……とかかな。
「それで、式典への助力というのは?」
「形式上の数合わせですね。決められた配置につくだけみたいです」
特に役割があるわけではないらしい。
危険がないようでなにより。
「……と、大司祭に式典の話を聞いている間、アゲハさんには内部へ侵入してもらいました」
そうシルフィが説明すると、キリッとした顔つきでアゲハさんは1歩前に出た。
まるで何かを成し遂げたような表情……珍しく期待していいのだろうか。
「大した内容じゃなかったら打ち首ね」
そうアンジェリカが言うや否や、アゲハは2歩下がってシルフィの後ろに隠れた。
「いや、冗談よ。さすがの私もそこまで鬼じゃないから」
「ホッ……では気を取り直して」
そう言ってアゲハさんは一冊の本を差し出した。
何でも式典の際に、この写本の祝詞を救世主が捧げるらしい。
「ちょっとカビ臭いですね」
「地下室にあったもので……」
アゲハさんは、おそらく大聖堂とも繋がっているであろう地下にあった広い空間や、魔法陣のことを報告した。
「シルフィ、教会に地下室ってあるものなんですか?」
「大きな教会であれば特に珍しくはないです。魔法陣というのは特殊ですが……」
ただそれが救世主召喚のものならば、特段秘匿しているものというわけではなさそうだ。
「問題なのは写本の中身ね」
そう言ってアンジェリカさんは写本を開いた。
さすがに一冊丸々が祝詞というわけではないので、シルフィにお願いして必要な箇所だけ目を通していく。
「ほとんどの教会にある写本と同じなので内容は割愛しますね。豊穣の祈りだと……おそらく祝詞となるのはこのページでしょう」
そのページは一際丁寧に写されている気がする。
写本自体がそもそも式典用なのかもしれない。
「ふーん……よくある形式的な内容かしら」
どこか拍子抜けだったのか、アンジェリカさんはつまらなさそうだった。
内容に問題がないならそれに越したことはないと思うけど……。
「式典そのものは至って問題ない……ということかアンジェ?」
「えぇお姉さま、今の所は……ですけど」
ここにいる全員が参加することになるであろう式典はとりあえず安全なようだ。
「……ひょっとして、私の成果って微妙でした?」
思ったよりこちらのリアクションがなかったからなのか、アゲハさんは恐る恐るそう尋ねた。
たしかに微妙なんだけど、一番踏み込んでるんだよなぁ……僕なんて股触られただけなのに。
「微妙ってわけじゃないですけど……そういえば大聖堂のほうには行かなかったんですね」
さすがにあの規模の教会だと時間が足りないか。
「いえ、それが……大聖堂へと通じる道に、帝国で視たものと似た呪術の痕跡があって……」
危険かと思い断念しました、とアゲハさんは申し訳なさそうに項垂れた。
皆それを少し呆れたように眺める。
「……そっちの情報のほうが大事なのでは?」
そう指摘され「たしかに……」と納得する忍者だった……。
◇ ◇ ◇ ◇
キララは、考えもよく纏まらないまま寮の自室へと帰宅した。
「はぁ……」
自然とため息が出る。
無理もない……まさかの少年漫画のようなイベントだったが、おかげでとある可能性が出てきた。
もしかしたら、そうであってほしいという願望がこの考えに至らせたのかもしれない。
「ひょっとしたら王女じゃなくて……王子様?」
男装したかっこいい系の女性キャラも悪くない……なんて考えたこともあった。
しかしまさかの女装キャラ……?
珍しいパターンだがまったくないわけじゃない。
攻略対象なんて大体何かしらの事情を抱えているものだ。
つまり何らかの理由で、王子が女装して王女を演じている。
「隠しキャラはエルリット王子……か」
そう考えると口元が緩む。
「じゃあ何の問題もないじゃない」
てっきり同性を好きになってしまったものだと思っていた。
だが、これが実は王子であるというのなら、この感情に素直になっていいだろう。
問題があるとすれば、ルート分岐をどうするかだ。
ここから逆ハーエンドは少し難しい。
何せクロード王子の態度があまり芳しくないのだ。
「そもそも二国の王子両方とも……ってけっこう無理のある話よね」
それでも逆ハーエンドの可能性と、エルリット王子攻略を天秤にかける。
クロード王子、ウィリアム、ミハエル、シモン……4人とも私好みのイケメンだ。
それに対しエルリット王子――イケメンというよりかわいい系だが……恋は理屈じゃない。
天秤は4人を勢いよく跳ね飛ばした――――
「よし、ここは隠しキャラ攻略……隠しルートへ一直線よ!」