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163 同じ顔の男。

魔神の存在を報告した男は、帰国早々新たな任務を与えられていた。



「いやいや、今帰ってきたばかりですよ。少しぐらい休暇があってもいいんじゃないですかね?」


「ほう……少しと言わずにずっと休むか?」


そう言って、自分と似た容姿の上司は殺気のこもった視線を向ける。


「じょ、冗談っすよ……」



そんなやり取りを思い出しながら、新たな任務に就いていた。


「人使い荒いんだもんなぁ」


実際のところ肉体的な疲労はない。

帰国といっても自分の魔法であれば瞬きしている間に終わる。


しかし魔神の姿を確認したときは生きている心地がしなかった。

あれはこちらに気づいていないというより、見逃された……いや、その辺の石ころ程度にしか思われていなかっただけだろう。

精神的な疲労からしばらくのんびりしたかったが、上には逆らえない身の上だと苦労しかない。


そして今回はとある要人の調査。

魔神相手よりいくらかマシではある。

調査の程度は指定されなかったので、程々にしておこうと心に誓った。


「あれが調査対象か」


何やら急いで馬車に乗り込む姫君が見える。

それに続くメイドと、護衛と思われる剣士の姿が……。


「んー……あいつ俺より強くね?」


またこういう任務か……とため息が出る。

早々にその役目を終えた兄弟たちが羨ましくなってきた。


「急いでいたのはあれが原因か」


少し離れた位置に救世主様の姿を確認できた。

変わった人だと聞かされているが、一体何をしているのだろうか。


再び馬車に視線を移すと、男はすぐさまその場から飛び退いた――――


(――気づかれたッ!?)


赤髪の剣士と目が合ってしまった。


出来るだけ早く……遠くへと駆けていく。

魔法を使うべきかと一瞬悩んだが、切り札は最後まで取っておくから切り札なのだ。

……そう考え出し惜しんだ自分を、今はひたすら呪いたい気分だった。



「あー……やっぱ休暇がほしかったな」


できれば郊外まで逃げたかったが、王都の開発地区で足を止める。


「どうした、もう逃げないのか?」


こちらと同様に、赤髪の女剣士も足を止めた。


ここは開発地区でも外れの方……まだ整地の段階であって遮蔽物が資材程度しかなかった。

戦うには向いているが、逃げるには向いていない。

それでいて思っていた以上に人気もない……今日の作業は終わっているようだ。


「やだなぁ、逃げるも何も俺は怪しい者じゃ……」


「その見た目はどう見ても怪しいだろう」


その言葉に、男は少しイラッとした。


「たしかに黒いローブを身に纏い、目元を仮面で隠してますけど、それだけで怪しいと判断するのはいかがなものですかね!」


「いや、怪しいだろ。というか怪しくないならなぜ逃げた」


ぐッ、と男は言葉に詰まり、何も言い返せなかった。


こういう口八丁は4番目の兄弟が得意だったな……。


「ふふっ……フハハハハ、バレてしまっては仕方がない。たしかに俺はお前たちを観察していた」


正直笑えない状況だが、せめて笑ってないと泣いてしまいそうだ。

何とか打開案が浮かぶまで、可能な限り時間を稼ぐしかあるまい。


「やはりか……なぜ、と聞いても素直には答えてくれんのだろう?」


そう言って、リズは漆黒の剣を抜いた。


「ちょッ、いや、ほら……答えるのは無理だけどヒントぐらいなら……」


情けなくも折衷案を持ち出すが、黒い斬撃は容赦なく男を捉え――――


「ほう……やはり手練れか」


リズの斬撃は鈍い金属音を奏で、二本の短剣によって阻まれていた。


「ははっ、それは過大評価だよ!」


短剣で払うと同時に空中で身を捻り一旦距離を取る。

そして男はドス黒い魔力を漂わせ始めた。


(やはり情けない言動はこちらを油断させるためのものか)


と、リズは警戒を強めた。

実際男は、先ほどまでと違い毅然とした態度でリズを見据えていた……表向きは。


(なんちゅう膂力だよ。たった一撃止めただけで手が痺れたじゃねーか。もうやだ帰りたい……)


しかしこのまま教会に逃げ込んでは痕跡を辿られる可能性がある。

それに目の前の剣士がそれを簡単に許すとも思えない。


「その魔力……覚えがあるな」


こういうセリフを聞くのは初めてではなかった。


(あぁ……そりゃ何番目の兄弟だろうね)




夕刻、日が沈むより早くその日の作業を終えたはずの開発地区に、今なお金属音が鳴り響いていた――――


何度斬撃を命懸けで防いだだろうか。

その度に腕が悲鳴を上げる。


何度斬撃を命懸けでいなしただろうか。

その度に蹴りが飛んでくる。


それでもしぶとく耐えてはいるのだが、女の表情にはずっと余裕が感じられた。

だからこそわかったこともある。


(殺気も感じられないし本気じゃないな……目的は生け捕りか)


それに気づいたとて、一瞬の油断も許されない。


もはや痕跡云々言ってられる状況じゃなかった。

逃げられる時に逃げなければ……そのためには一瞬だけでもいい。

何とか相手の意識を逸らすことができれば……。


「――ぐっ」


斬撃を防ぎつつ後方へと跳ぶ。

衝撃はある程度逃がしているものの、少しでも気を抜けば腕が吹き飛びそうだ。


「これなら――ッ!」


魔力をモヤ状に霧散し、煙幕代わりにする。

あまり得意な手法ではなかったが、今はそうも言ってられない。


「よし、今のうちに……」


予め用意してあった別の術式の起動に――

と、地面に右手をついたところで、魔力のモヤが切り刻まれ四散し消えていく。


「うそでしょ……これって斬れるものなの?」


兄弟には斬ることは不可能と聞かされていた。


「少なくとも、斬るのは初めてではない」


そう言ってリズは剣を突きつける。


男は目の前の剣士を見上げながらも、意識は右手にあった。


(くそっ、後少しだったのに……)


後は起動のために魔力を流すだけだったが、脳裏に浮かぶのは自身の右手が飛ぶ姿。

この距離では女の剣のほうが間違いなく速い。


「……先ほどの魔力といい、死人と戦っている気分だな。まずはその素顔、拝見させてもらうぞ」


スッと、切っ先が縦に一閃だけなぞった――

その後聞こえてきたのは、二つの乾いた音……。


「……!」


リズの顔に、初めて動揺が走る。



――――その一瞬を、男は逃さなかった。



「へっ、絶句するほどひでぇ顔で悪かったな!」


回路が焼き切れそうなほど、瞬時に魔力を流し込む。


事前に準備も終わっていたので、タイムラグもなく男の体はその場から消え去った。

まるで、初めから誰もいなかったかのように……。



「あれは邪神将の……たしかクリストファという名だったか」


残されたリズは困惑していた。

男の顔には見覚えがある……しかし言動や性格がまるで一致しない。

どうにも不気味なものを見た気分だ。


スッキリしないリズは、男の行方を探ろうと……


「……おっと、深追いはしない約束だったな」



◇   ◇   ◇   ◇



「ふぅ……なんとか逃げ延びたか」


大聖堂の一室へと姿を現した男は、ホッと胸をなでおろした。

同時に、床に描かれていた魔法陣はその役目を終え消えていく。


「用意したばっかりだったのにな」


男が使ったのは転移魔法に近いものだったが、事前に魔法陣を仕込んである場所以外へは移動できない限定的なものだ。

さらには一度の発動で使い物にならなくなる。


「……さて、どう報告したものか……」


何せ本来の任務はエルリット王女の調査だ。

はっきり言ってそちらは何もしてないに等しい。


「……よし、見せてやるよ、俺の本気ってやつをな」


男は覚悟を決めて、上司がいるであろう団長室の前までやってきた。

扉の先に人の気配を感じる……。


だから――――勢いよく扉を開いた。


入るときも勢いを殺さない。

やや高めに浮いた体を、額、両手、膝の4点にて支え着地する。


「すんません! 任務失敗しました!」


そう……土下座だ。

みっともない真似だと笑わば笑え。

これだけ低姿勢の者を責めるのは良心が痛むというもの――――


「――うごッ!」


床に接地していた頭に、上司の足が重く圧し掛かった。


「どうすれば与えたばかりの任務をこれほど早く失敗できるんだ?」


後頭部にかかる力が徐々に増えていく……痛む良心はそもそもなかったようだ。


「護衛と……思われる……剣士が……」


そこまでなんとか言葉にできたところで、床とのディープキスから解放された。


「護衛の剣士か……それは赤い髪をした女だったか?」


「え? えぇ、そうですけど……」


そう答えると、上司の口元が歪む。

自分と似た顔が不気味な笑みを浮かべているのは、見ていてあまり気持ちのいいものではなかった。


「そうか……アレを取り込んで自我を保っているとは……フハハハハハッ!」


上司の機嫌がすこぶる良くなった。

これにはただただ苦笑いしかできない。


「ふふふっ……たしかにそれは3番目のお前では役者不足というもの。良かろう、追って別任務を与える。それまで待機していろ」


「……承知しました」


男は釈然としない顔で部屋を後にした。


「3番目じゃない……俺の名前はクリフォードだ」


ギュッと拳を握りしめる。

誰かにではなく、自分に言い聞かせるように……


しかしクリフォードは、そこであることを思い出し青ざめた。


「やっべぇ……あの女がここまで追って来たらどうしよう」


魔法である以上どうしても痕跡は残る。

だからこそ最後の手段でもあったのだ。


「……まぁいい、準備した分だけ俺は無敵になれる」


クリフォードは大聖堂と教会を駆け回り、至る所に魔法陣を仕掛けた。

来ることのない、追手に備えて……。

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