162 増えるストーカー。
エルラド王は第4遺跡が幻影であることを知っている。
だからこそ――――彼女を待ち続けた。
「待ち合わせにしちゃ色気のない場所だ……そう思わないか?」
視線の先には、白髪の女性が立っている。
「なぁ、マリアーナ」
返事はない……が、不思議と敵意がないのはわかっていた。
「目的の物はこれだろ」
そう言ってエルラド王は、マリアーナへ近づき遺跡の核を差し出した。
「…………」
マリアーナは無言でそれを受け取ると、自身の胸元から取り込んでいく。
「本当に……魔神なんだな」
エルラド王はまじまじとマリアーナを観察した。
こうして化粧をしていないと、たしかにエルリットは面影がある。
「なぜ……」
「――ッ!」
突如発せられたマリアーナの声に、エルラド王は驚愕した。
「……話せるのか」
「……なぜ、私の力を……?」
そう問いかけてはくるものの、やはり表情は読めない。
「この国はもう遺跡の核を必要としていない。ならばあるべき場所に戻すべきだろう?」
それが世界の脅威である魔神だと考えると、この選択は間違っているのだろう。
魔神完全復活の手引き……言い訳のしようもない。
惚れた弱味ってやつか。
「俺は王に向いてないな」
アンジェも何かの覚悟を決めて吹っ切れているようだし、同じようなものかもしれない。
先に謝っておこう……すまん、エルリット。
「私は……」
何かを言いかけたところで、初めてマリアーナの表情が曇った。
「お前がマリアーナなのか魔神なのか……あるいはその両方でもいい」
エルラド王は優しい笑みを浮かべた。
力を取り戻したことで、マリアーナの記憶も徐々に鮮明なものになっていく。
見覚えのある彼の笑顔は懐かしく、安心感があった。
同時に、さらに古い記憶も鮮明なものに――――
「あれだけは――――許すわけにはいかない」
それだけ言い残すと、マリアーナは空へと消えていった。
王は止めようともせず、ただただ見送るように空を仰いだ。
◇ ◇ ◇ ◇
朝、キララはノートを眺めながら教室へと向かっていた。
「うーん……どれも上手くいかない気がしてきた」
それもこれも隣国の第2王女、エルリットのせいだ。
彼女が来てからというもの、どうにも調子が狂ってきている。
「この前だってようやくクロード殿下の攻略が進むはずだったのに……」
王子ルートのお邪魔キャラ……は公爵令嬢だったはず。
まさか王女が邪魔して……いや、邪魔はしていなかったかな?
(むしろ抱き留められて……)
……意外と力強かった気がする。
もしあれが男性キャラだったなら、逆ハーエンドより個別エンドを優先したいと思うかもしれない……。
その時のことを思い出し、一瞬火照りそうだった頭を振り払った。
(いやいや……王女だし、百合ルートとかないない)
少なくとも私は興味がない……はずだ。
「男装王女だったら……くっ、ちょっと揺らいじゃうかも」
そんなことを口走りながら、教室へと入る。
さすがに小声だったので誰かに聞かれたわけではないが……。
「おはようございます」
こちらに気づいたエルリット王女に挨拶され、一瞬で頭が真っ白になった。
「えっ、あっ……おはよう……ございます」
言葉がうまいこと出てこない。
ひょっとして……私は緊張している?
「ところでキララさん、昨日のプリンのことでお聞きしたいのですが……」
――――しまった!
その時、キララはあきらかな失敗をしていたことに気が付いた。
そもそもあのプリンは食堂限定ではなくキララの自作だった。
王子が「美味しい」と言ったあと、そのことを告げるつもりだったのだ。
「あ、あれは……その……」
見た目こそ似せて作ったが、本物を知っている者を騙せるほどではない。
昨日はそんなものを放置して逃げてしまった……これではただ王子を謀ろうとしただけではないか。
嫌な汗が頬を伝う……。
王女の顔がまともに見れない。
とにかく今は何とかごまかさないと……
「あのプリン、どこのお店で扱っているのか良かったら教えていただけませんか?」
「…………へ?」
予想外のことを尋ねられ、変な声が出てしまった。
どこのお店で扱ってるか……?
あれが食堂限定ではないとわかってなければありえない質問だ。
「な、なぜそのようなことを……?」
自分で言ってて白々しい。
多分、心のどこかでまだごまかせると思っているのだ。
「なぜと言われると……美味しかったから?」
「え? エルリットさんが食べたんですか?」
これもまた予想外だ。
王女がそんな得体の知れないものを食うなよ……食堂限定と嘘をついたのは私だけども。
(でもそっか……エルリットさんが食べたんだ……)
しかも美味しいって……私が作ったプリンを……。
そう思うと、また顔が熱くなるのを感じた。
「た、食べたらダメ……でした?」
こちらの顔を窺うエルリットの表情が、私の頭を真っ白に染め上げた。
「べ……別にあんたのために作ったわけじゃないんだからね!」
高鳴る鼓動に必死に抵抗した結果、自然と出てしまった言葉だった。
そんな捨て台詞を吐いて、私はただひたすらに駆ける。
教室を出て、とにかくその場を離れたかった……。
――辿り着いたのは、学園の裏庭だった。
ここは花壇が少しある程度で、普段からあまり人がこない場所だ。
「はぁ……はぁ……私どうしちゃったの?」
自分の感情がまるで制御できない。
ウィリアム達から愛を囁かれた時だってこんなことにはならなかった。
「ふぅ……一度よく整理してみよう」
頭の中にウィリアム、ミハエル、シモンの顔を思い浮かべる。
(最近ちょっと残念ところを見ちゃったけど……うん、顔も家柄も学園内で屈指の3人だ)
一緒にいるととにかく気分の良い3人だが……それ以外に思うところはなかった。
次にクロード殿下の顔を思い浮かべてみる。
(今にして思えば、間違いなく攻略難易度が一番高い。それでいて全てにおいて一番秀でてる存在だわ)
人気投票でも行えば1位の座は確実だろう。
私を好きになってもらえたらもちろん嬉しい。
それに私にとっても好みのタイプだ。
……うん、冷静に分析できてる。
最後に、エルリット王女の顔を思い浮かべた。
「はぅ……」
心臓が高鳴り始め、頬が熱を帯びていく……。
なるほど……これは理屈ではないのかもしれない。
「どうしよう……王女様好きになっちゃった」
◇ ◇ ◇ ◇
なんとか本日最後の授業が終わった……。
今日はいつも以上に気疲れしてしまった……だってキララさんがおかしいんだもの。
そもそも今までだって普通だったことはあまりないのだが、いつにも増しておかしいのだ。
「エル、排除しなくていいのか?」
「まぁ今のところ実害はないので……」
教室を移動する際や食堂など、常にこちらを覗き見ている者が2名ほどいる。
一人はウィリアムだが、真剣な眼差しをこちらに向けており、時折何かメモを取っていた。
あまり良い趣味とは言えないので声を掛けようとしたら、怯えた目で逃げられてしまう。
そして厄介なのがもう一人……キララさんだ。
こちらは真剣な眼差しというより、何だか熱っぽい視線でちょっと怖い。
ただまぁ……この世界で黒髪って目立つからバレバレなんです。
「さすがに馬車に乗ってしまえば追ってはこないでしょ」
そう思ったのだが、リズの視線は馬車の外へ向けられる。
「いや……尾けられてるな」
「えぇ……」
しかしキララさんの姿は見えない。
そのまま馬車は動き出すが、他の人影も見当たらなかった。
「学園の者ではない……おそらく相当な手練れだ」
どうやら外部の尾行犯らしい。
しかしこのタイミングで尾行する理由がよくわからない。
……思い当たる節が多すぎて。
「どないするんや?」
「そうですねぇ……せめてどこの組織に属した人かわかればいいんですけど」
僕の存在が面白くない貴族の私兵か、あるいは教会の関係者……。
前者ならともかく、後者とは今表立って揉めたくはない。
「アゲハは今日シルフィと一緒やしなぁ」
「なら私が行こう」
リズは馬車の扉に手を掛けた。
たしかにこの中だと適任なのだが……やりすぎないか心配だ。
「リズ、深追いはダメですからね?」
「うむ、心得た」
そう言い残し、リズは颯爽と馬車から飛び出していった……。