161 ソロの冒険王。
それは冒険王ロイドが、帝国でエルリット一行と出会い、別れた後のことだ。
ひたすら北を目指して、鉱山都市ミスティアへと辿り着いていた。
「あー寒ぃ、さすがに北へ行くほど雪が積もってやがんな」
そうぼやきながらも、進む足取りは力強く、決して雪に負けてはいない。
「っと、あれが鉱山都市ミスティアか」
高台から眺めると、煙突から上がる煙の姿が確認できた。
それを見てロイドはホッとする。
「ここは無事みたいだな」
ロイドとて帝国の現状を把握していないわけではない。
しかし積極的に関りたいとも思っていなかった。
とぼけて自由気ままな旅を続けている方が性に合っているのだ。
「とはいえ、門番の姿はなし……か」
ロイドは周囲の確認をし、適当に拾った石に何かを書き込むと外壁の内側へと投げ入れる。
その後、自身の手にも同じものを書き込み魔力を込めた。
すると――――投げ入れた石とロイドの姿が入れ替わった。
「――よし、侵入成功」
ロイドの手には特殊な筆が握られていたが、役目を終え灰となって消えていく。
それ見て、片手をマジックバッグへと突っ込んだ。
「……不法侵入ではないからな?」
その言葉は、背後で気配を消していた人物に向けられていた。
「ほう? じゃあなんでこっちを警戒してんだい?」
「……バレたか」
と言って、ロイドはバッグから手を出した。
すると、背後にあった違和感程度の気配が、はっきりとしたものに変わっていく。
「まったく……いつからあんたは盗賊王になったのさ」
「なんだよ、心配になって様子を見に来てみれば元気そうじゃねぇか……アイギス」
ロイドが振り返ると、そこには槍を手にしたアイギスの姿があった。
「何が心配だよ。目的地なんざいつも気分次第なんだろ?」
「やれやれ、わかってねーな。目的地はちゃんとした理由で決めてんだよ。ただ、そこに行くまでの道中が気分次第なわけで――――
ドスッという鈍い音と共に、アイギスの槍がロイドの腹にめりこんだ。
「ゴフッ! ゲホッ……おま……俺じゃなきゃ死んでるぞ」
ロイドはたまらずその場に膝を付いた。
死んでこそいないが、死ぬほど痛かったようだ。
「あんたは殺しても死なんだろ」
「ひでぇ言われようだ……」
ふぅ……と一呼吸し、ロイドは立ち上がった。
そして空を見上げ呆れ果てる。
「はぁ……なんだよこのでたらめな結界は」
元々それほど神力に精通しているわけではないが、壁の内側へ入ると嫌でもわかってしまった。
「気になるかい?」
「……いや、少なくともこの地に害のあるものではないことぐらいはわかる。ならそれでいい」
そもそもロイドが鉱山都市へやってきた目的はすでに達成されている。
まさか心配していた相手に槍で突かれるとは思っていなかったが……。
「ふーん……あんた、今この世界で起きてること……どこまで把握してんだい?」
「……推測の域を出ない部分が多いが、次はオルフェン王国に向かおうと思っている」
きっとそこで確証に変わる。
ただ、その時はすでに手遅れの可能性もあるとロイドは予感していた。
「ならちょうどいいね。ちと頼まれ事を聞いてくれないかね」
「おいおい、俺は冒険者だぜ? そういうのはギルドを通して指名依頼でも出すんだな」
ロイドにとってそれは意味のあることだった。
しかし、アイギスは不敵な笑みを浮かべる。
「なに、頼みたいのは冒険王に対してじゃない……学者としてのあんたにだ」
「そんな昔の話を……と普段なら断るところだが、聞くだけ聞いてやろう」
冒険王は好奇心を抑えられなかった。
どうしようもなく、今後の成り行きにワクワクしている。
たとえそれが――――世界の行く末に関わることだったとしても……。
◇ ◇ ◇ ◇
「というわけで、あの死にぞこないババアの頼みでここまでやってきたわけだが……文無しになっちまってな」
どうしたものかと途方に暮れていたところ、僕らの声が耳に入ったそうだ。
そんな大きな声で話したつもりはないけど……。
なんとなく屋敷に招き入れたくなかったので、しばらく何も食べていないという彼の要望で街の大衆食堂へやってきている。
……もしかしてこれ奢る流れなの?
「というか、なんだかあっさり話してましたけど、冒険王ってSランク冒険者ですよね?」
「おう、別に秘密にしてたりはしないから友達に自慢してもいいんだぜ」
そうドヤ顔で言われてもね……。
「あ? その顔は信じてねぇな。……ま、そういうのも慣れっこだけどな」
正直なところ半信半疑だ。
ただ、騙るにしてもアイギスさんの名前はなかなか出てこないだろう。
同じように思っていたのか、シルフィは訝しんだ顔でロイドに質問した。
「そもそも、あなたはアイギス様とどんな関係なんです?」
話を聞いた限りでは、それなりに親しい間柄に思える。
でも見た目の印象から、教会に関わっているタイプにはとても見えない。
「あん? 昔一緒に冒険者やってたんだよ。といっても、それももう50年ぐらい前の話だが」
「アイギス様が冒険者を……?」
シルフィには予想外の答えだったのか、目を丸くしていた。
50年前か……そもそも二人は今何歳なんだ……。
アイギスさんは回復してから大分若々しくなった。
その時は50歳ぐらいかと思ってたのに。
そしてロイドは、ついでに何かを思い出したかのように付け足した。
「あー、あと一応元嫁か……半年で離婚したけど」
ピシリッ、とシルフィから凍り付くような音が聞こえた。
というか表情が凍り付いてる……それほどショックだったのだろうか。
ロイドはまるで気にせずに食事を続けている。
「ま、とりあえずあのババアから興味深い話を聞かされたんでな。俺の学者としての血が騒いじまった」
「……学者?」
少なくとも50年前から冒険者をやっていて、今は冒険王と呼ばれるSランク冒険者。
それでいてアイギスさんの元旦那で、さらに学者?
ちょっとよくわかんなくなってきたな……。
「70年も生きてりゃ色々あんだよ」
「あ、70歳だったんすね……」
見た目よりずっとご高齢だった。
「それで、冒険王の学者は何に血が騒いだんだ?」
リズがそう尋ねると、ロイドはニッと笑った。
「よくぞ聞いてくれた。おそらくお前たちの目的にも関わることなのだろうが……おっと、残念だがここから先は口にできない。それに俺は誰かと足並みを揃えるのが大嫌いでな。お前たちの話はアイギスに聞かされてるが、俺は俺で勝手に動かせてもらう」
そう言って、ご馳走様でしたと言わんばかりに手を合わせる。
なんかちょっとイラッとした。
歳の割にけっこう食ってるし…‥‥。
「いや、元より行動を共にするつもりはないからそれで構わん」
「え? あ、そうなんだ……そうだよね……そっかそっか……」
リズの言葉に、ロイドはどこか寂しそうだった。
なんだか一瞬で老け込んだように見える。
やっぱ孤高じゃなくて孤独なのでは……。
「いやぁ食った食った。この恩は100年以内に必ず返す」
食堂を出るとロイドは満足そうだった。
大衆食堂なので金額はたかが知れている。
しかし100年以内とは……彼は一体何歳まで生きるつもりなのだろうか。
「別にこれぐらいなら返せとは言いませんよ」
「お、気前がいいねぇ。ならこいつは餞別だ」
ロイドは僕の耳元に顔を寄せた。
「表向きはわからないが……この国の信心深さを侮るなよ」
それだけ言い残して、ロイドは手を振りながら雑踏の中へ消えて行った……。
◇ ◇ ◇ ◇
教皇は歓喜に立ち上がった。
「なに? 魔神ダスラの行方がわかっただと!?」
「あぁ、信頼のおける部下からの報せだ」
クレストはそう告げると、室内にある大陸地図に視線を移した。
「場所はエルラド王国の第4遺跡付近……」
「そうか……それはちと面倒になったやもしれんな」
先日第3遺跡も踏破されたと聞く。
このタイミングで現れた魔神の存在に、教皇は作為めいたものを感じていた。
「クレストよ、全て揃ったと考えるべきか?」
「そう考えるのが自然だろうな。私は私で準備を進めておくが……」
「わかっておる。そこから先はワシの領分じゃ」
「ならいいさ」
そう言って、クレストは退室する。
その後ろ姿を、教皇は睨みつけるように眺めていた。
(準備のう……)
いまいちそれが頼りないように感じた。
しかし教皇は、一人になった室内で口元を歪ませる。
「まぁ、せいぜいワシの糧となっておくれよ」