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160 金色のカード。

キララさんは脱兎のごとく逃げ出した。

残ったのは、なんとか落下を免れたプリンだけだった。


「よし……プリンは無事だ」


自分でもびっくりするぐらい、自然と体が動いてしまった。


「……ところでこれ、もらってもいいんですかね?」


「本人は行ってしまいましたし、いいのではないでしょうか。それにしても、エルリット様はここぞという時にかっこいいことをなさるのですね」


ローズマリアさんの口から出た『かっこいい』というワードが、僕は少し嬉しかった。

もう『かわいい』は聞き飽きたんだよ……。


(ふむ、これが食堂限定プリンか……)


プリンとは――――もはや液体かと思うほど柔らかいものから、寒天のように弾力のあるものまで様々ある。そしてこれは後者……僕は決して嫌いじゃない。


一つはローズマリアさんに渡すとしても、これは自分で用意したものではない……つまり毒味しないと危険かもしれない。

まずはスプーンに軽くすくう。

プルプルと左右に揺れる姿が弾力性を物語っている。


「あれ? それは……」


ローズマリアさんは何かに気づいたような様子だったが、僕は手を止めることができなかった。


弾力性を維持したまま口の中で存在感を主張するプリン。

それはまるで……


「……おいしいけど、思っていたほどではない……かも」


それが素直な感想だった。

一体どうしたというんだ。

特別な感動もない……期待値が上がりすぎていたのだろうか。


「エルリット様、非常に申し上げにくいのですが……それは食堂限定プリンではありません」


「なん……ですって?」


まさかキララさん……僕を騙したのか?

……いや、この場合嘘をつかれたのは王子の方なのかもしれないが。


「見ただけでわかるんですか?」


「見た目はそっくりですが、ここの限定プリンはブリュレに近いので表面が少しパリッとしているんですよ」


ローズマリアさんの解説に、メイさんは「ほほう」と感心していた。

なるほど、たしかにそれならこれは普通のプリンだ。


「つまり彼女は、第1王子である私に嘘をついたのか……普通に考えたら不敬罪だな」


王子がプリンに興味がないのを知っていて堂々とそんな嘘をついたのだろうか。

とはいえ、知っている人が見ればわかるような嘘で接触してきた理由は一体……。


でも今はそんなことどうでもいい。


よくも……よくもだましたぁぁぁぁぁッ!

だましてくれたなぁぁぁぁぁッ!


僕は――――勢いよくプリンを平らげた。


「エルリット王女……それは一体どういう感情なんだ」


王子はどこか呆れていた。


騙されたのはちょっとむかつくけど、このプリンもこれはこれでうまいんです。



◇   ◇   ◇   ◇



放課後、僕らは一度屋敷へ帰宅した後再び外出していた。


「私は別にそのまま直行しても良かったのだが……」


「リズはそうでしょうね!」


僕はまだ昼間のことを引きずっていた。

今度キララさんに会ったら、きっと僕の容赦ない口撃が彼女へと向けられることになるだろう。

食で嘘をつくなんて許さないんだから。


そして一度帰宅したのは、僕が着替えたかったからだ。

さすがに制服のまま冒険者ギルドへ行くのはちょっとね……。


もちろんここからはシルフィも一緒に行くことになる。


「宿場町は馬車なら1日、早馬なら半日ぐらいでしょうし、1日経った今日なら報告書の審査も終わってるでしょうね」


正直なところ、もう報酬はいただいてるので報告書の内容はそれほど重要でもない。

ただ、虚偽の報告だと判断されるのは癪なので一応確認に向かっている。


「報告書の内容が認められたとして、これといって収入に繋がらないのがなぁ……」


「まぁ、ランク評価に関わる程度か」


というのが僕とリズの認識だったが、シルフィから補足が入る。


「ほとんど場合はそうですけど、今回の件だと宿場町のほうに違約金が発生していると思います。そうなると迷惑料的な意味合いで多少の分配金があるかもしれませんよ」


たしかに、僕ら以外の冒険者もいたわけだし、それぐらいないと納得しないか。

じゃあちょっとした臨時収入ぐらいは期待できる……この時は、ただそう考えていた。




「ローズクォーツの御三方ですね。報告書の審査が終わってますので、ギルドカードをお願いします」


ギルドの受付嬢に要求され、僕らはカードを差し出した。

すると、シルフィのカードだけすぐに戻って来た。


「シルフィーユ様のは確認だけですのでお返ししますね。お二人は少々お待ちください」


僕とリズのカードを持った受付嬢はそのまま別室へと消えていく。

なんだろう……ひょっとしてカードに何か問題でもあったのだろうか。


「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だと思いますよ」


すでにカードを返してもらったシルフィはどこか上機嫌だった。

何だか含みを感じる言い方だ……。



「……にしても、また人が増えた気がしますね」


王都の冒険者ギルドは元々賑わっていたが、今日はさらに多い気がする。


「宿場町で見た顔がチラホラいるな」


「みたいですね。おかげで報告書の審査が完了したのでしょう」


なるほど……増えたというより、マットンの件で元に戻ったというべきか。

標的がいないなら向こうに滞在する理由もない……がんばれ宿場町マトン。



「お待たせしました。こちらエルリット様とリズリース様の新しいギルドカードになります」


戻って来た受付嬢は、先程渡した銀のカードの代わりに金色のカードを渡してきた。

色以外で言えば、ランクがBからAに変更されている。


「何かの間違いでは……?」


銀のカードは渋くて個人的に気に入っていたのだが、金は駄目だ……ただただ目立つ。


「間違いではありません。これまでの実績と、特に今回の一件が大きく評価された結果です。長年の謎を解いた功績とでも思ってください」


受付嬢は淡々とその内容を説明した。


僕が書いた報告書は、少々謙虚に書かれたものだと思われたようだ。

現場にいた他の冒険者は、口を揃えて大袈裟に報告していた。

閃光の雨を降らせたとか、不正を暴き上手くその場を収めたとか……。


(眠くて色々雑になってただけなんだけど……)


過分な評価でとても落ち着かない。


「今回私は何もしてないのだがな」


リズは金のカードを受け取りつつも、少し不満そうだ。


「そうですね、やったことと言えば……」


何か言いかけたところでシルフィは赤くなった。

ナニを口走るつもりだったんだ。


金のカードを持った者が3人……嫌でも周囲の目を引いた。


「Aランク3人パーティかよ……」

「どんなズルをすればそんなスピード出世できるんだ」

「聖女はともかく、壊し屋の噂は元々Aランク相当だったろ」

「それを言ったら閃光だってそうだろ」

「俺は実際にこの目で見たぞ、あれはそう……魔女の所業だ」


目立ってしまう以上色々言われてしまうのは仕方がない。

でも魔女はダメだよ。

そこは魔男……それはそれで変だな。


「ただ、今回ローズクォーツは報酬を受け取っていますので、違約金の分配はございません」


騒ぎの中心であるこの場においても、受付嬢はまったく意に介していない。

この人強い……。


「なるほどー、じゃあ僕たちはこれで失礼しますね……」


気軽な気持ちで来たのにこんな恥ずかしい思いをするとは思わなかったよ。

僕はリズとシルフィの手を引き、さっさとギルドを後にすることにした。


その背後で……受付嬢の眉がピクリと動く。


「……僕?」


そして誰に悟られるわけでもなく、口元を歪ませていた。


「ふふふっ、ボクっ娘ですか……」



◇   ◇   ◇   ◇



「はー、まさかAランクに昇格だなんて」


少し落ち着いた広場で、改めて金色のカードを眺めていた。

さすがに純金ではなく合金のようだが、高級感のある造りだ。


「これでお揃いですね」


シルフィはご満悦のご様子。

そういうの気にしてたんだな……。


「今は剣も壊していないし、せっかくだから二つ名にも変化がほしかったな」


リズはまだ壊し屋と呼ばれるのが不服なようだ。

でも多分、今壊し屋と呼ばれているのは別の理由からだと思います。


などと他愛ない会話をしていると、ふと広場の隅に座りこむ一人の男性が視界に入った。


「あの人どこかで見覚えがあるような……」


名前はまったく頭に浮かんでこない。


「エル、あれはたしか帝国で無人の街にいた男だ」


「あぁ思い出した。たしか、孤独を愛する戦士でしたっけ……?」


と口にしたところで、男はおもむろに立ち上がりこちらを指差してきた。


「違う! 人を可哀想な存在にするな! 冒険をこよなく愛する孤高の戦士だッ!」


男は声を荒げ、そう訂正した。

……あまり変わらない気がするけど。

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