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156 マトン湖のマットン。

特段寝苦しかったりしたわけではないが、シルフィは日が昇るよりも早く目が覚めた。


身を起こすと、視界に入ったのは貴族の屋敷と変わらない高級感溢れる広い部屋。

この部屋にでかいベッドが一つだけなのも非常に贅沢な造りである。

ただ問題があるとすれば……


(一人部屋、というわけではないところでしょうか)


同じベッドには、まだ眠りについているエルリットとリズリースの姿がある。

すると、昨晩の生々しい記憶が蘇った。


(酔っていたわけでもないのになんてことを……)


昔の自分なら「神に仕える身でありながら……」と嘆いたことだろう。

しかしそのナーサティヤ教に対する疑惑――――思えばあの時から、自分の中で何かが変わったのかもしれない。


(これはどういう関係になるんでしょうか)


今更友達と呼ぶのは無理だ。

ただでさえ少ない友達が減ったのかと考えると少し悲しい。


(ま、まさか体だけの関係……!?)


冒険者パーティの中には、時折そういった関係に至ってしまう者もいると聞く。

そのままパートナーになることもあれば、あっさり解散という例も……。


「今更それは……ちょっと嫌ですね」


小さく口から漏れたその言葉は、素直な気持ちだった。

であるなら、少なくとも自分にとっては、体だけの関係で終わりたくないということなのだろう。


(好き……ってことなんでしょうかね)


そもそも彼は責任を取ると言っていたのだし、この感情は肯定してもいいはずだ。


……いいはずなのだが、シルフィは異性に対するその感情がよくわからなかった。

ただ一つだけはっきりと言える。


もし――――彼も同じように自分を異性として意識していたら……。


そう考えると、どこかこそばゆい気持ちになる自分がいた。


(異性らしいところは少ないはずなんですけど……)


視線の先には、男性と呼ぶにはあまりにも可愛らしい寝顔があった。

それを見ていると、自然とこちらも頬が緩んで……


「……リズさん、もしかして起きてます?」


「……すまん、シルフィの表情がコロコロ変わるのが面白くて、つい声をかけるタイミングを失ってしまった」


シルフィは顔が熱くなっていくのがわかった。


「今更その程度で照れることもあるまい」


リズの言うことは道理であるものの、そう簡単に割り切れていない。


シルフィは恥ずかしさのあまり枕へ顔を埋める。

しかしそれを強引に引き剝がすかのように、「カンカンカン」と乾いた金属音が鳴り響いた――――


「な、なんの音でしょうか」


「わからん、とりあえずシルフィはエルを起こしてくれ」


リズはバスローブを羽織り、窓際から外を覗き見た。

しかし外は霧が濃く、視界はわずか数メートル程しかない。


「マットンだ! マットンが出たぞ!」


霧の向こうから、大きな声が聞こえた。


「よし、急いで着替えろ!」


リズの声にシルフィは頷く。

だがエルリットの瞳は半開きで焦点が合っていなかった……。



◇   ◇   ◇   ◇



朝と呼ぶにはやや早い時間に、強引に体を揺さぶられ起こされた。

そのままあれよあれよと服まで着替えさせられ、今は少し肌寒い真っ白な空間にいます。


「いま何時……」


「朝の5時だ」


僕の手を引くリズがそう答えた。

これが布団の中なら、まだ2時間ぐらい寝れるという二度寝の幸福感を味わえるのだが……。


「エルさんこんな寝起き悪かったですか?」


後ろから聞こえたのはシルフィの声か。

昨日……というか昨晩は疲れたから体がまだ休息を要求してるんですよ。


とはいえ僕は飛んでいるだけで、後は勝手に引っ張ってくれてるので楽である。


「見えてきた、あれがマットンか」


湖も霧で真っ白だが、その中心地に立つ何かのシルエットが見えた。

騒ぎを聞きつけ、同じように他の冒険者も集まり始めている。


「あれがマットンか……」

「水面に立ってんのか?」

「おい、早く小舟を用意しろよ!」

「早い者勝ちだッ!」


我先にと、皆マットン討伐に動き出す。

中には湖を泳ぎ出す者の姿もあった。


しかし誰もが必死なわけではない。


「やれやれ、これだから脳筋どもは……」


魔法使いや弓使いと思われる者たちは遅れてやってきた。


「どう考えてもここから攻撃できる我々が有利」

「さて、ゆっくり美味しいところをいただくとしますか」

「俺の矢は音を置き去りにするッ――!」


狙いを定め、弓使いは弓矢を構える。

同様に魔法使いは詠唱を開始した。


次の瞬間――――マットンは忽然と姿を消した。


「……見たかシルフィ」


「えぇ、影だけですが……予備動作がまったくありませんでしたね」


まるで幻影だったかのように、音もなく消えた……。


これには他の冒険者も戸惑い、攻撃を中断する。

すると、先程とは違う位置に再びシルエットが現れた。


「おい! 向こうだ!」

「くそッ、いつの間に移動したんだ」


冒険者たちも再度狙いを定める……が、それを察知したかのように再びシルエットは消える。

構えを解けば位置を変えて現れる、その繰り返しだった。


「思っていた速さと少し違うな」


「そうですね……水飛沫で見えないというのは、あの小舟のせいでしょうか」


リズとシルフィはこの状況を冷静に分析していた。


……思ってた以上に迫力がなくてガッカリしているのかもしれない。

まだ頭がボーッとしている僕でも、これがシュールな攻防に見えている。


僕も参加したほうがいいのだろうか。

もはや腕を上げるのもだるい……いや、狙いを定めたら消えるかもしれないし、アーちゃんにお願いしよう。


六つの光る球体が、湖の中心を目指し放たれる。


それを見た冒険者の一人が慌てた様子を見せた。

――直後、マットンは再び姿を消す。


「あー……まぁいいか」


早く終わらせて二度寝したい。

今の僕には、それ以外考えられなかった。



あぁ……微睡の中で魔力を消費していく感覚……悪くない。



光の球体は縦横無尽に霧の中を舞い――――閃光の雨を降らせた。

それは湖を抉り、ただ蹂躙していく。


衝撃で打ち上げられた冒険者は怯え、畔にいた者たちは見惚れていた。


「すげぇ……」


皆思わずそう口にしてしまうほど、幻想的で圧倒的な魔法だった。

しかしそんな光景にも終わりにはやってくる。


「うわぁぁぁぁぁぁッ!」


魔物の断末魔とは思えぬ悲鳴が、一際大きく響き渡った……。





日が昇り、エルリットはようやく意識が覚醒する。


「おはよう……ございます」


「ようやく起きたか」


「エルさん、もう大体片付いてしまいましたよ」


ベッドで寝ていたはずなのに、起きたら外でリズとシルフィに膝枕されていた。

二人で半分ずつは悪くないんだけど、あきらかにリズ側の後頭部が痛い。

鎧のままは勘弁してほしいです……。


「……片付いた?」


起き上がると、少し離れたところに大勢の冒険者が集まっていた。

その中心では、男が3人正座させられている。

全員顔が腫れ上がっていて原型を留めてない。


「あれがマットンの正体だそうだ」


「エルさんの魔法で全部露呈してしまったようです」


そうか、僕の魔法が……。

たしかに程良い肉体の疲労感と、魔力の喪失感がある。

……前者は多分関係ないか。


「町興しのためとはいえ、やり方を間違えたな」


僕が寝ている間に、あの3人は全てを話したそうだ。


一人目は、闇魔法でマットンの影を作り出す役。

二人目は冒険者に紛れ込み、マットンへの攻撃のタイミングを水魔法で通達する役。

三人目は風魔法で声を拡張し、とにかく騒いで人を集める役。


こうして高額で倒すことの叶わない討伐対象を作り出し、冒険者を集めていたそうだ。

高ランク冒険者が来た時は避けていたそうだが、今回いた高ランク冒険者の僕たち……Bランク二人と聖女と呼ばれるAランクなら大丈夫だと判断したのだとか。


「それで、どう落とし前つけるかは仕留めたエルに委ねよう。ということになったのだ」


すでにボコボコにされた形跡があるんですが……。


(トドメだけ刺せってのか……)


ふむ……しかし物は考えようだ。


「あの3人が作った湖の主マットンを倒した……ということで依頼完了になりませんかね?」


僕の提案に、犯人の3人はホッと胸を撫でおろす。


「も、もちろん報酬はお支払い致します! 他の冒険者の方にも、満額は無理ですが迷惑料を……」


その言葉に、冒険者たちは満更でもなさそうだった。

現金なやつらだ……。


僕は真面目だからね。

ちゃんと正規の手順で報酬をいただくよ。


「じゃあここに依頼達成のサインをお願いします」


彼らは3人共、この宿場町でそれなりに役職のある立場のようだ。

これなら証明書の方は十分だろう。


「この温情……決して忘れません」


まるで憑き物が取れたかのように彼らの表情は明るかった。

これからはきっと真っ当にこの町を盛り上げて行ってくれるだろう。


「あっ、でも報告書にはあったことをありのままに記載しますんで」


討伐証明になる部位がないので、証明書だけだとちょっと弱い。

こればっかりはちゃんと書かないとね。


3人の表情は一瞬で真っ青になった。

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