154 友達の親友。
「早すぎる……」
エルラド王は、目の前にある遺跡の核の存在が少し信じられなかった。
「もう少しかかるかと思ったが……これがSランクか」
そう、これはついに攻略されてしまった第3遺跡の核である。
たしかに依頼を出したのは自分だが、まさかここまで早いとは予想していなかった。
ただこれはまだいい……予定が早まっただけだ。
しかし喜ぶべきか悲しむべきか、追加の報告書を見ると頭を抱えるしかなかった。
「ここまで規格外とはな……」
遺跡の核入手後、基本的には遺跡内の異空間はその役割を終え消滅する。
そしてそれは、遺跡そのものの崩壊を招く……本来なら。
だが今回……攻略時に星天の魔女ルーンが疑似核を作成。
それを遺跡の核代わりとし、今もなお崩壊することなく健在である。
結果だけ見ればこれは良い事だ。
今後も冒険者にとってはよき狩場となるだろう。
そうなれば人の流出も防げる。
疑似核も定期的に遺跡に魔力を補充さえすれば半永久的に稼働するそうな。
「あまりにもこちらにとって都合が良すぎる。一体何を要求されるだろうか……」
できた借りは大きすぎた。
いっそのこと、馬鹿げた金額でもいいから請求書を送ってくれたほうが気が楽だ。
「はぁ……まぁ悪いようにならなければいいが」
エルラド王はため息混じりに立ち上がり、遺跡の核を手に取った。
そして、使用人に何の言伝もなく窓から外へと跳んだ。
第4遺跡のある、北東を目指して……
◇ ◇ ◇ ◇
「カト……レア……?」
「ローズ……」
カトレアさんが愛称で呼ぶと、ローズマリアさんは立ち上がり抱きついた。
「カトレア……ホントにカトレアなの?」
「違うって言ったら離してくれるのかしら?」
その言葉にローズマリアさんは涙ながらに笑顔を漏らす。
「ふふっ、こういうこと言うのは本物のカトレアだけね」
二人の会話を聞くだけで親しい仲なのはわかる。
感動の再会を邪魔するわけには行かないな……僕はそっと退場しよう。
「でもなんでカトレアがここに?」
「それは……今の私は王女殿下の奴隷だから」
二人の視線は自然と僕へと向いた。
そこにもう一人王女殿下がいるんですけどね。
そんな見られたら逃げられないじゃないですか……。
まず前提として、僕が男であることは伏せる。
その上で、犯罪奴隷だったカトレアさんを購入したことは話した。
もちろん留学してきたホントの理由は明かさない。
「カトレア犯罪奴隷なの?」
「そのはずなんだけど……」
カトレアさんは自身の服装を見直した。
どう見ても秘書官のような服装である。
「食事は? ちゃんと食べてるの?」
「それがお菓子まで出るから太っちゃいそうで……」
カトレアさんの食事は基本的に僕らと同じである。
わざわざ違う物を用意する意味なんてないからね。
「さ、さすがに部屋は使用人が住むようなところなのよね……?」
「多分……客間だと思うわ。家具はちょっとちぐはぐだけど高級品だし……」
カトレアさんの部屋にある家具は、元々僕の部屋にあったものを使いまわした。
やっぱり高級品だったんだな。
「……カトレア本当に犯罪奴隷なの?」
「そのはずだったけど……私も自信がないの」
そこで二人の視線は再び僕へと向いた。
どういうことか説明してください、ということなのだろう。
アンジェリカさんは……代わりに説明してくれるようには見えないな。
『アンタが招いた状況でしょ?』と言いたげな目でこちらを見ている。
でもね、僕だってそれなりに修羅場をくぐってきてるんだ。
こういう時、どうしたらいいのか大体わかって来たんだよ。
「お二人が戸惑っているのはわかります。ただ、今はあまり多くは語れません」
大事なのは堂々とすること。
思慮深く、何かを見据えた行いであると思わせておく。
「でも悪いようにはしませんよ」
ここでニッコリ営業スマイル。
隣でアンジェリカさんが笑いを堪えている。
この人は僕が何も考えてないのわかってるからな……。
「えっと、つまりエルリット様はカトレアを奴隷扱いする気はないと……?」
ローズマリアさんは不安気な表情を見せる。
カトレアさんの方は……え? あれ? 怒ってる……?
この人美人だけど、どうにも目つきが鋭くて怖い。
「そのような扱いはしませんよ。だってカトレアさんは冤罪なのでしょう?」
「そ、それはそうなのですが……決して安い出費ではなかったはずです」
そう言いながらカトレアさんは凄みが増していった。
なんだか問い詰められてるみたいで僕の笑顔の仮面が剥げそうです。
「安い出費ですよ……今後の事を考えればね」
正直全然安くない。
でも出費というか投資なんで!
……商館のオーナーが詐欺師じゃなければだけど。
「今後のこと……もしかしてアレはそういう……」
そこでようやくカトレアさんの視線は僕からアンジェリカさんに移った。
何か思い当たる節でもあるのだろうか。
「……つまり、どういうことなんです?」
ローズマリアさんはまだ困惑したままだった。
「つまり、カトレアさんはこの屋敷に保護してますので、またいつでも会えますよってことです。お二人は仲の良い友人なのでしょ?」
色々端折っているが、それを聞いたローズマリアさんにはようやく笑みが戻った。
また二人が一緒に学園に通えるようにできればいいんだけどね……。
◇ ◇ ◇ ◇
翌週の休日、僕とリズとシルフィは冒険者ギルドに来ていた。
今日のシルフィはフードも被らずに堂々としている。
越境したのにいつまでもどこにも現れないのはさすがに不自然なので、そろそろ正体を隠すのは潮時なのだそうだ。
なので依頼を受けた後、一度教会にも顔を出す予定になっている。
僕はもちろんフードを深く被っておく。
いっそのこと仮面でも……蒸れそうだからやめとくか。
なお屋敷の方には、先週に引き続きまたローズマリアさんが遊びに来ている。
もちろん目的はカトレアさんだろう。
新しくできた友達には、もっと仲の良い友達がいた……そんな心境です。
「エル、これなんてどうだ」
リズが一枚の討伐依頼を指差した。
それは長く貼られたままなのか、紙が少し変色している。
「なになに、オゾン山に棲みついた古代竜の討伐。直近の目撃証言は5年前……」
報酬は白金貨50枚……たしかに魅力的だが、これといった被害内容は書かれていない。
しかも5年前の情報となると、ホントにいるのかどうかも怪しい気がする。
「そもそもオゾン山ってどこだろ」
「たしか北の方だったと思います。あちらに地図があるみたいですよ」
シルフィが指差した場所には、オルフェン王国内の詳細な地図が壁に貼られていた。
「……って最北端じゃないですか。最大でも一泊二日しかできないんですから却下です」
休み明けには普通に学園があるので、遠すぎるのはちょっとまずい。
「むぅ……じゃあ精々隣町の依頼までが限度か」
普通は隣町でも数日はかかるんだけどね。
リズとシルフィなら走れば昼過ぎには着いてしまいそうだ。
「ならこれはどうでしょう。少し南にいった宿場町の依頼のようです」
シルフィが選んだ依頼を確認すると、宿場町にある大きな湖……そこの主の討伐依頼だった。
受注制限も特にないので、タイミング次第では他のパーティとの競争になる。
依頼自体は数年前に発行されており、今まで誰も達成はできていないとのこと。
「湖の主……巨大魚とかかな? 金貨50枚ならダメ元で受けてみてもいいですね」
報酬が良すぎる気もするけど、現状失敗率100%と考えたらこんなものなのかな。
「宿場町マトンか、悪くないな。昼食は向こうでゆっくりとれそうだ」
そう言ってリズは依頼の紙を受付に持って行った。
やっぱり走る気なんですね……。
「それにしても……やっぱり目立ちますね」
シルフィは居心地が悪そうだった。
「あれがAランクの聖女シルフィーユか、噂通り若いな」
「声かけようかと思ったのに、なんで閃光と壊し屋が一緒にいるんだよ」
「エターナル抜けてローズクォーツに入ったって噂はホントだったんだな」
とまぁ、これだけ注目されてれば仕方がないか。
「さすがAランクの聖女様、ギルドカード出さなくてもすぐバレるんですね」
「……フード被ってるのに閃光だとバレた人に言われたくないです」
痛い所を突かれてしまった。
あれは偶々リズがカード出した時にセット扱いでバレただけなのに。
「さて、次は教会に顔を出すんでしたね」
依頼を受け、冒険者ギルドを後にした僕たちは教会に向かっていた。
シルフィ曰く、ちょっと顔出しして祈りを捧げる程度なので時間はかからないとのこと。
「大聖堂には行きませんし、これでも司祭ですから無下にはされないでしょう」
しかし豪華な建物なので緊張はする。
だってうちの屋敷の数倍は金かかってそうな造りだったし。
「あと、おそらく尾けているのは教会とは別件かと思われます」
「シルフィも気づいていたか……いや、人が多いとはいえこれだけ雑な尾行なら誰でも気づくか」
二人は、どうする? という視線をこちらに向けた。
今気づいた僕に判断を委ねられましても……。
「……どこまで尾行してくるのか、しばらく泳がせてみる……なんてどうでしょう?」
泳がせる理由は特に考えていない。
「エルがそう言うなら放っておくか」
「そうですね。素人でしょうし、放っておいても特に害はないかと」
その結果――――教会に寄って王都を出るまで、ずっと尾行犯も付いて来ることになった……。