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153 王女殿下は甘い物が好き。

ウィリアムは、父であるファクシミリアン侯爵からある指令を受けていた。


一つは、第2王女殿下の好みを調査すること。

正式に謝罪するにしても手ぶらはまずい。

幸い侯爵家には懇意にしているデザイナーも多いので、贈り物一つとっても一級品が用意できる。

きっと気に入っていただけるはずだ。


そしてもう一つは、この調査をする上で本人との接触を避けること。

『今のお前は浅慮が過ぎる』と父には厳しく言われていた。

納得したわけではないが……仕方がない。


この二つの指令に残念なウィリアムが従った結果――――エルリットは落ち着かない学園生活を余儀なくされていた……。



「好みと言ってもな……一先ず見たもの全てをメモしておくか」


ウィリアムは、中庭で昼食を取るエルリットを物陰からずっと観察していた。

当然隠密のような技術や心得はないので、その行動は普段一緒にいるキララたちにも筒抜けだった。


「ねぇウィリアム何してるの?」


「すまないキララ、これも侯爵位を継ぐものとして必要なことなんだ」


昨日は様子のおかしかったキララも今日は普段通り。

それが彼女の良いところ……うむ、良いところに違いない。


しかし少し面倒なのは、共にキララに愛を誓った他の二人……ミハエルとシモンだ。


「どうしたんだウィリアムのやつ」


「さぁ、キララより優先するものなんてないはずだけどね」


そう言ってシモンはウィリアムのメモ帳を覗き見た。

彼は低い背丈と童顔で女性受けがいいのだが、遠慮というものを知らない。


「……ウィリアム、字下手くそだね」


「うるさい、勝手に見るな!」


大した情報はまだ書けていないのだが、見られて気分の良いものではない。

そう思いメモ帳を閉じようとすると、素早い動作でミハエルの手によって奪われた。


「……他の女に目移りするとは、見損なったぞウィリアム」


中身を見たミハエルはどこか嬉しそうだった。

彼は高い背丈に長い髪、そして中性的な顔立ちをしていて女性に人気だが、ナルシスト気味で何を考えているのかわからないのでウィリアムは苦手としている。

そもそもお前も婚約者がいるだろう……と言ってやりたい。


「そういうのじゃない……私のことは放っておいてくれ」


再び王女殿下に視線を移す。

どこか落ち着かない様子に見えるが、何か気になることでもあるのだろうか。


「あれってエルラド王国の第2王女様だよね。たしかキララと同じクラスの」


「ほぉ……キララは彼女と話したことあるのかい?」


シモンとミハエルがそう尋ねると、キララは一瞬何か閃いたようだった。


「私は仲良くしようとしたんだけど……嫌われちゃったみたいで……」


俯き、震えた声でそう答える。

そして大事なのは、最後に顔を上げ無理に作ったような笑顔を見せることだ。


(ほら、私ってば可哀想でしょ?)


そんな想いが通じたのか、シモンとミハエルの顔は先ほどまでと違って少し険しくなる。

ただ、ウィリアムだけは困惑していた。


「キララ、だからそれは昨日王女殿下が説明を……ってシモン! どうするつもりだ」


「ごめん、好きな子がこんな顔してて黙ってられるほど、僕は大人じゃないよ」


ウィリアムの抑止も虚しく、シモンは王女殿下へと向かって行った。


まずい……が、自分が王女殿下と接触するわけにはいかない。

なのでウィリアムは、見ていることしかできなかった。

嫌な予感する……シモンは思ったことをすぐ口にしてしまうような奴だ。

間違いなく失礼なことを言ってしまうに違いない。


(くそ、ここからでは何を言っているのかよく聞こえない)


今のところシモンのバカが一方的に何か捲し立てているように見える。


(ん? メイドが動いた?)


やけに小さいメイドが、シモンの口に何かを突っ込んだ。

すると、シモンはピタリと静止した。

その間に王女殿下が何かを話しているように見える……一体何を話しているのだろうか。


「……あ、戻って来た」


なぜかシモンは上機嫌だった。


「見て見て、これメイドさんお手製のミニシュークリーム! いっぱいあるからって、王女殿下が分けてくれたんだー」


餌付けされてる……?

いや、トラブルにならなかっただけホッとするべきか。

もちろんこれにはミハエルも呆れていた。


「これだからお子様は……見ていろ、キララの笑顔を曇らせた罪……私が償わせてやる」


今度はミハエルが王女殿下へと向かっていった。


彼とシモンは同じ歳のはずだが……いや、事実シモンは子供っぽいところがある。

それに引き換え、ミハエルが食べ物に釣られるところなど想像できない。


(というか、王女殿下はいつまでデザートを食しているんだ……)


くだらないと思いつつも、一応ウィリアムはメモに記しておく。


そしてミハエルとの会話の様子は……思ったより普通だった。

まるで世間話でもしているように見える。

それどころか王女殿下から何か手渡され、目を輝かせていた。


「戻って来た……ミハエル、お前は一体何を受け取ったんだ」


「見てよこれ、ロンバル商会の新しいリンス。まだ数が少なくて輸入されてない貴重品だよ」


揉めてほしいわけではないが、こいつは何をしに行ったんだ。


「ミハエル……お前一体何の話をしてたんだ?」


「彼女の白い髪を見たらさ、手入れ大変だろうなと思ってね。私もくせ毛で苦労してるから……という話をしたら、試供品を譲ってくれたよ」


本当に何をしに行ったんだ……。

見ろ、キララも呆れて……


「おかしい……逆ハーエンド目前だったのに。もっと決定的なイベントが起きないとダメかしら……。いっそのこと毒でも盛ってきてくれたら楽なのに……」


彼女は、僕らに理解できない文字で書かれたノートを開き、ぶつぶつと何かを呟いていた……。



◇   ◇   ◇   ◇



放課後、帰りの馬車で僕はようやく一息つけた気持ちだった。


「はぁ……なんだか落ち着かない一日だった」


ローズマリアさんは大事を取って休み。

それは仕方ないのだが、ずっとこちらを観察してる人がいた……それも複数人。

実害はないから放っておいたけど、まさか話しかけてくるとは思わなかったな。


「排除してもよかったのだが、あまりにも堂々としてたのでな……」


「リズがその気になったら殺気だけで物理的に排除できそうだからダメですよ」


そもそも本人たちは堂々としてたわけではないと思う……多分。


それに収穫もあった。

声をかけてきた二人は重要人物リストに関りがある。


シモン・ベルベット――――父のアモン・ベルベット侯爵はオルフェン王国の財務大臣である。

シモンはその三男で、見た目に反して学園での成績は常にトップ争いをしているほど。

ベルベット家は教会にも多額の寄付をしているが、そのほとんどは孤児院運営のためと明かされている。


ミハエル・サリバン――――三大貴族であるサリバン公爵家の嫡男だ。

魔法に秀でた一族であり、多くの聖騎士を排出しているモードレッド家とはやや折り合いが悪い。

サリバン公爵自身の教会との関りは不明。



「まさか向こうから話かけてくるとは思わなかったけど、結果オーライなのかな。ところで財務大臣って……」


「財務大臣……ベルベット卿か。懐かしいな、息災で何よりだ」


リズが泣かせた人だね……多分再会したら息災とはいかないんじゃないかな。


それにしても、ベルベット侯爵家はすごく優秀な家系のようだ。

広大な領地を持っていて、長男は財務大臣補佐でいずれは家督を継ぐことになるのだろう。

次男は領主代行として領地運営、三男は学園で成績トップクラス……エリート家系だなぁ。



「それとミハエルか……話した感じそれほど悪い印象ではなかったな」


彼も髪の手入れとか気にしてるようだったので会話が弾んだぐらいだ。


「そういえばエルは何か渡していたな」


「試供品のリンスですよ。そういえばポーチの中にあったなと思って……でもあれちょっと香りが強めなんですよね」


べ、別にいらない物を押し付けたわけじゃない……彼だって喜んでたし。

でも苦情はロンバル商会にお願いします。



あとは騎士家系であるファクシミリアン侯爵家の長男ウィリアム。

彼を併せた3名がキララとよくいる男子生徒だ。


なんてことだ……救世主の周りは有力貴族だらけではないか……。


「さらに3人共婚約者がいるのか……ドロドロだなぁ」



◇   ◇   ◇   ◇



週末の休日、招待状を持ってローズマリアさんは屋敷にやってきた。


招待状なんて出した覚えはないのだが、どうやらアンジェリカさんが用意したらしい。

こうしたほうがフォン侯爵家自体との繋がりが生まれて、向こうからしたら隣国の王家と繋がりができてウィンウィンなのだとか。


「ローズマリアさん、もうお体の方は大丈夫なんですか?」


あれ以来学園に来てないので少し心配していたのだが、見たところ顔色は良い。


「ご心配おかけしてしまったようで……でもみんな過保護すぎるんですよ。本当は学園を休む必要だってなかったんですから」


ローズマリアさんはそう言うが、実際の所はどうなのだろうか。


「お嬢様のことを第一に思ってのことです」


「もう、シャーリィったら……」


この従者関係……微笑ましくていいな。


「ふふっ、でもエルリット様から招待状をいただいて助かりました。これがなければ危うくお父様とお母様が教会に乗り込むところでしたので」


「わぉ……」


ローズマリアさん愛されてるな……ちょっと過激だけど。

しかしこちらからの招待状があったおかげで、教会に文句言ってる場合じゃない、とでもなったのだろうか。

言われてみればローズマリアさんのドレス姿、随分気合いが入っている気がする。




「この一口サイズのシュークリーム、食べやすい上に中身の種類も色々あるんですね。とてもおいしいです」


そりゃもう、怒った子も黙るおいしさですよ。

我が家のおもてなしを楽しんでいただけてるようでなにより……僕は何も用意してないけど。


その後は、ローズマリアさんが休んでいる間に起こった出来事などを話していた。

すると、書類仕事で部屋に籠っていたアンジェリカさんが姿を現した。


「一息つきたいから、私も混ぜてもらっていいかしら」


「アン……お姉様、もうお仕事はよろしいんですか?」


危ない危ない、人前ではちゃんと妹役を演じないと。


「そうねぇ、誰かさんのおかげで増えた仕事も一区切りついたわ」


一体どんな仕事が増えたのだろうか。

その誰かさんはよくわかってないんじゃないかな……どうせ僕だろうし。


「アンジェリカ王女殿下……!? こ、これは失礼しました」


ローズマリアさんは慌てて立ち上がった。

しかしアンジェリカさんはそれを手で制止した。


「座ったままでいいわよ。家の中でまで堅苦しい事したくないし」


さすが、僕と違って堂々としている。


「ついでだから、もう一人一緒でもいいかしら?」


アンジェリカさんがそう言うと、もう一人……カトレアさんがそっと部屋に入ってきた。


(あれ……? 人前に出しても大丈夫なのか?)


僕が慌てて目で訴えると、アンジェリカさんはニッと笑ってウィンクを返した。


……すいません、まったく意図がわかりません。

ほら、ローズマリアさんだって驚きのあまり表情が固まって……


「カト……レア……?」

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