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152 ポーカーフェイスなお嬢様。

「この大馬鹿者がぁッ!」


怒鳴り声と共に、鈍い音がウィリアムの顔面を襲った。

その身は家具を巻き込みながら床へと叩きつけられる。


「ぐッ……父上……申し訳――――


「言い訳など聞きたくもないわ!」


ウィリアムの父、ビルフォード・ファクシミリアン侯爵は言葉を遮るように叱責した。

そこへ侯爵夫人も追い打ちをかける。


「まったく……変な小娘とは縁を切りなさいとあれほど言っておいたのに」


ウィリアムはその発言が許せなかったのか、母である夫人を睨みつけ立ち上がった。


「キララは救世主ですよ……侮辱していい存在ではありません」


変な小娘、と言われたのが癪に障ったのだろう。

しかし侯爵と夫人は意に返さなかった。


「何が救世主だ。たかが祭典のお飾りより、エルラド家のほうがよほど恐ろしい」


「えぇ、どうしましょうあなた……公爵家の時も生きた心地がしなかったというのに……」


二人の異様な恐れように、ウィリアムは怒りより戸惑いを覚えた。


「たしかに浅はかな行動ではありましたが、少し大袈裟ではないですか?」


「愚かな……いや、かの国を知識としてしか知らぬのならば無理もないか……」


侯爵は脱力したようにソファに腰かけた。

そして静かに語り始める。


「ロックエンド・ヴァ・エルラド国王のことはお前とて知ってはおるだろう」


「それはもちろん……辺境伯時代から公国時代までは履修していますが……」


本来あの国は中立国だが、一度牙を向かれればその限りではない。

今は亡きカトル帝国は竜の尾を踏んだと言われている。

それだけ高い軍事力を有しているのだろう。

そして王本人もまた、その上に立つ傑物であると……。


「私はな……ロックエンドと同じ戦場に立ったことがある。その当時、奴は紅の騎士なんて呼ばれていた」


「それは知っています。赤黒い鎧が凱旋でも特に目立っていたと……」


これは歴史で習うようなことではないが、社交界に顔を出す者なら誰でも知っていることだ。

20年以上経った今でも時折話題になるぐらいだ、その武勇も疑ったりはしない。


「奴は一度たりとも赤い鎧なんて身に纏ったことはない。白銀の鎧がお気に入りだったからな」


「白銀の鎧……?」


父上の言っていることがよくわからなかった。


「血だよ……」


「血……? まさか返り血で鎧が赤黒く染まっていたと?」


戦争を知らないウィリアムだが、さすがにそれぐらいはすぐに察した。

しかし戦時中なら返り血ぐらい珍しいものではないはずだ。


「鮮血のロックエンド……奴は戦場ではそう呼ばれていた。誰よりも最前線で戦い、誰よりも敵兵を屠り続けた……結果、味方ですら畏怖していたよ」


ウィリアムはゴクリと生唾を飲み込んだ。

返り血なんて生ぬるいものではなかった。


「し……しかし父上、それはあくまでもエルラド王の話でしょう?」


王女殿下が同じとは限らない。

実際今日見た姿は淑女そのものだった。


「血は争えぬものよ……我が国があれだけ手を焼いていた帝国を攻め落としたのが、王女殿下だとしてもそう思うか?」


「たしかに王女殿下自ら戦場に立つのは勇ましいと思いますが……」


その話はウィリアムとて知っている。

しかし所詮は用意されていた手柄であるはず。


「今だから我々の耳にも入っている情報だが、当時エルラド王は床に伏せっていたそうだ」


「――なっ!?」


それはウィリアムも初耳だった。

もしそれが本当なら王女殿下は真に偉業を成したと言える。


「……あっ、もしかして第1王女であるアンジェリカ殿下のほうでは? 彼女の武勇は騎士団を通じて何度か耳にしておりますし」


エルラド王国の技術改革も彼女が先導していると聞く。

ただ良からぬ噂も聞いたことがあるが……それは今気にすることではないだろう。


「……活躍した姫君が一人だけだったなら、私もアンジェリカ殿下のことだと思っただろうな」


なんとなく、ウィリアムも次に続く言葉の予想がついた。


「まさか……」


「そのまさかだよ、戦場に現れた姫君は二人いた……」


父の言葉を聞いて、昼間の出来事が脳裏に過る。

そういえば彼女は、こちらが【戦争】という言葉を使ってもとくに慌てた様子はなかった。

まさかあれは――――そうなっても構わない、と内心思っていたのではなかろうか。


そう思うと、ウィリアムは血の気が引いた――――


「……ひょっとして、許されたわけではない……?」


「ウィリアム、お前……いや、我が家は試されているのかもしれん」


さすがに王女殿下がファクシミリアン家を知らぬわけではないだろう。

試す……あるいはふるいにかけられているのかもしれない。


「あなた、こうしてはいられないわ」


「あぁ、我々も動かねばなるまい。ウィリアム、謝罪する機会をいただけたのは間違いないんだな?」


「え、えぇ……まぁ……」


ウィリアムは気まずそうにそう答えた。

機会に関して王女殿下と約束を取り付けたわけではないのだが、それを口にできるような雰囲気ではなかったのだ。


(エルリット王女……か)


昼間の出来事の後からずっとキララは様子がおかしかったが、すでにそのことはウィリアムの頭にはなかった……。



◇   ◇   ◇   ◇



転生者同士だからこそ話せることがある……ということで夜はアンジェリカさんと二人で話す機会が増えたのだが、基本的にはあったことをありのままに報告している。

その結果、怒られはしなかったが呆れられてしまった。


「二日目にしてよくそんなトラブル起こせるわね」


「……でも、後悔はしてません」


真剣な顔でそう答えた。

僕も決める時は決めるんですよ。


「後悔はしなくてもいいけど、反省はしなさいよ」


「はい……」


正座させていただきます……。



「ま、救世主のほうはいいでしょ。駆け付けた男子生徒のウィリアムは……たしかファクシミリアン侯爵のご子息か」


侯爵……ローズマリアさんと同じか。

でも重要人物リストにその名はなかった気がする。


「警戒しなくてもいいんですかね?」


「ファクシミリアン侯爵なら大丈夫でしょ。信心深いほうではないし……でも息子のほうはちょっと残念みたいね」


ウィリアムくん残念な子なのか……。


「警戒はしなくてもいいと思うけど、味方にもいらないわね。それに引き換えローズマリア……フォン侯爵家とは仲良くしておいて損はないわよ」


損得勘定で仲良くしてるわけではないだが、この分ならあのことはすんなりOKしてもらえそうだな。


「それは良かったです。実は今度屋敷に招待しようと思ってですね」


「……は?」


アンジェリカさんは口を開いたまま固まった。

そして頭を抱えてため息をついた。


「はぁ……」


……僕、また何かやらかしました?



◇   ◇   ◇   ◇



エルリットが学園に通っている日中、カトレア・モードレッドは自身の状況もよく理解できないまま日々を過ごしていた――――


今日もアンジェリカから要求された情報をまとめ、書類として提出する。

といっても、その内容はさほど踏み込んだ内容でもない。


(これが奴隷としての仕事……?)


私はすでに公爵令嬢ではない……それどころか犯罪奴隷であるはずが、あてがわれた部屋はまるで賓客扱いだった。


(所々家具の色がちぐはぐではありますが……)


元々違う部屋に合わせて作られた、と言われれば納得のいく薄桃色のソファとテーブルが異様な存在感を放っていた。

しかしながら、以前のようにお茶を入れてくれる侍女などはいない。


(屋敷内であれば自由にして良いと言われてましたね……)


カトレアは部屋を後にして厨房を目指した。

だが廊下を歩くとどうしても落ち着かない。


私は犯罪奴隷として、この屋敷の主人に買われたのではないのか?


そう思いつつ、胸を張って堂々と歩く。

どんな状況であれ、弱い自分を誰かに見せたくなかったのだ。



厨房まであと少し、というところで屋敷のメイドから声がかかった。


「カトレア様、こんなところでどうかなさいましたか?」


その時、カトレアの心拍数は一瞬にして跳ね上がった――――が、表情には一切の変化を許さない。

淑女として、毅然とした態度で対応する。


「……お茶を淹れようかと思いまして」


「それでしたら私が用意いたしますので、自室でお待ちください」


メイドは笑顔でそう答えた。


「あらそう……ではお言葉に甘えさせていただきます」


踵を返し、カトレアは元来た道を戻る。

顔には出さないが、内心戸惑っていた……というより混乱していた。


(これが奴隷の扱い……?)


自室に戻ると、倒れ込むようにソファへと体重を預ける。

心地良い弾力が高級品であることを主張していた。


「どういうことなの……」


誰もいない室内で、ようやく戸惑いの表情へと変化する。

――が、ノックの音で瞬時に元へ戻った。


「……どうぞ」


「失礼します。こちらダージリンのファーストフラッシュになります」


メイドは慣れた手つきでお茶を注いでいく。

そしてその隣には……


「あ、これは第2王女殿下の専属が作りすぎたフルーツサンドです。良かったらご一緒にどうぞ」


「え……えぇ」


まさか食事までついてくるとは思わなかった。

時間的にも、甘い物は少し嬉しい。


「何かあったらこちらのベルで呼んでくださいね」


そう言ってメイドは退室していった。

まるでホントに客人として扱われているようだ。


「……このベル、魔道具だわ……」


鳴らせば瞬時に先ほどのメイドが現れるのだろう。

カトレアはますます自分の置かれている状況が理解できなくなった。


「この味……あの子が好きそうね」


用意されたフルーツサンドは、カトレアには少し甘すぎたようだった……。

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