151 話せばわかる。
「彼女は……そうか、たしか隣国の第2王女だったな」
ウィリアムと呼ばれた男子生徒の目には、あきらかな敵意が感じられた。
「いくら王女殿下といえど、我が国の救世主を害するということがどういうことか、わからないわけではありますまい」
そっかー、害しちゃったかー……まぁちょっと強引だったもんね。
「たしかに少し強引でした、申し訳ありません」
僕が頭を下げると周囲はざわついた。
王族って簡単に頭下げちゃいけないんだっけ?
でもこれで丸く収まるなら安いものだよ。
しかしそんな考えも虚しく、キララは油を注いだ。
「私はただ……夢を叶えてあげたかっただけなのに」
「キララ、キミはホントに優しいな。それに対して……悪女め」
ウィリアムはこちらを睨みつける。
でも残念、それは間違いです。
悪い事をしたとは思ってないし、そもそも女じゃない。
しかし困ったな、こういうときどうすればいいんだろう。
「えーっと……私が悪いのでしょうか?」
周囲の生徒に視線を向けるが、皆目を逸らした。
多分巻き込まれたくないのだろう。
「当たり前でしょう。救世主を害した罪……これは外交問題になってもおかしくありませんよ!」
捲し立てるウィリアムだったが、僕の意識は別のところにあった。
見なくてもわかる……リズのいる方角から殺気を感じるのだ。
そういうのに疎い僕でもわかる。
死人が出る前になんとかしないと……。
「……それは、具体的にどんな問題に発展するのでしょうか?」
外交問題とか言われてもよくわかんないからね。
もうちょっとくわしく言ってもらえないと。
「え? それは……国際問題に発展する……とか?」
なぜかウィリアムは言葉に詰まり始めた。
困るよちゃんと説明してくれないと。
「国際問題というと……?」
「いや、だからその……戦争になったり?」
そっかー、戦争になっちゃうのか……それはとても困る。
そこまで先を見据えているなんて、きっと彼はそれなりに影響力のある貴族なのだろう。
「なるほど……あなたの判断で戦争が起きてしまうのですね」
「へ? いや、私の判断というわけでは……」
んん? 何やら言ってることがよくわからない。
「しかしあなたは先ほど仰られたではありませんか」
「そ、そういう可能性もあるという話でして」
つまりまだそうならない可能性も当然あるわけだ。
「なぜ可能性なのでしょう?」
「それは……くわしく話を聞いてからではないと」
良かった、話は聞いてもらえるようだ。
「では、ここで起こったことをそのままお話しますね」
「あ……はい、お願いします」
彼は軽く頭を下げた。
「……え? なんでそうなるの?」
キララは予想外の展開に、ただ呆然と眺めることしかできなかった。
………………
…………
……
「なるほど……それは私の早とちりでした。王女殿下、謝って済む問題ではないかもしれませんが、どうか謝罪させてください」
ウィリアムは先ほどまでと違い、深く頭を下げた。
話せばちゃんとわかってくれる人で良かった。
……彼が言ったことを聞き返しただけなんだけどね。
「いえ、誤解だとわかっていただけたならそれで構いません」
「寛大な処分に感謝を……願わくば、後日正式に謝罪する機会をいただきたく存じます」
最初の印象と違って随分貴族らしい貴族に見える。
しかしキララさんは納得していないようだった。
「え? ちょっとウィリアム……ほら、私いじめられて……」
「何を言っているんだキララ、王女殿下が丁寧に説明してくださったじゃないか」
うん……ちょっと直情的なところはあるようだが、ウィリアムはそれほど悪い人ではなさそうだ。
でもキララさんの前にこれ以上いるとまた拗れそうだから逃げるとしよう。
「それでは私もローズマリアさんの様子を見に行きたいので、失礼させていただきますね」
「あ……」
ウィリアムは何か言いたそうだったが、僕はそそくさと演習場を後にした。
その後キララは泣き喚くこともなく、俯いたまま独り言を呟いていたという……。
◇ ◇ ◇ ◇
医務室へ入ると、ローズマリアさんは完全に落ち着きを取り戻していた。
しかし大事をとって、今日は早退するとのこと。
「私は大丈夫だと言ったんですが、シャーリィが聞き入れてくれなくて」
力なく笑みを浮かべたその表情に、胸がチクリと痛んだ。
(僕がもっと早く止めてれば……)
救世主はあくまで観察、及び調査対象であり、こちらとしては敵対の意思はなかった。
それが警戒心の薄くなった原因かもしれない。
「エルリット様、そんな顔なさらないでください、黙っていた私が悪いのです」
過去のトラウマを積極的に話す人なんていないだろうに……ホントにローズマリアさんは優しいな。
そんな彼女に対して僕ができることはないのだろうか。
こういう時は何か楽しい思い出で上書きできたら……。
そう思い、僕の後ろに控えていたメイさんに目で訴える。
彼女はそれだけで何かを察したのか、フッと笑ってOKサインを出した。
「ローズマリアさん、良かったら今度私の屋敷に招待させてください」
メイさんのフルーツサンドをあれだけ気に入ってくれたローズマリアさんを、更なる幸せの味で包んであげたい。
「それは非常に嬉しい申し出なのですが、私のような者がお邪魔してよろしいのでしょうか」
「この国のスイーツに負けないものをご用意致しますので」
それを聞いた途端、ローズマリアさんの口元が緩んだ。
「それは……大変興味深いですね」
最高のおもてなしを用意してみせようじゃないか。
その後の授業に、キララさんの姿はなかった。
なんでも教会に呼び出されたらしいが……大丈夫だよね?
偉い人に泣きついたりしてなければいいが……。
などと考えていると、あっという間に放課後になった。
ローズマリアさんがいないと二日目にして孤立してしまった僕だったが、一人の生徒から声がかかる。
「王女殿下、少しお伺いしてもよろしいでしょうか」
声をかけてきたのは一人の男子生徒……でも教室内に残って聞き耳を立てている生徒が多数。
これは下手なこと言えない雰囲気だ。
「はい、えっと……」
「これは失礼しました。マクラーレン伯爵家のライムンドです。以後お見知りおきを」
マクラーレン伯爵家……重要人物リストにおそらくその名はなかったと思う。
「これはご丁寧にどうも……それで、何か御用でしょうか」
「今日の魔法学でのことなのですが……」
やはりそこに触れてくるか……。
ひょっとして釘でも刺されるのかな?
みんな救世主に関わらないようにしてるもんね。
「あの時王女殿下が使った魔法……飛行魔法で間違いないですよね?」
聞かれた内容に少しホッとした。
飛行魔法は、本来かなり高位の魔法……でもそれぐらいなら聞かれても問題ない。
目立つので控えたほうがいいのだろうが、優秀な魔法使いですよーぐらいの話で終わることだ。
それぐらいでローズマリアさんを救えたのなら安いものですよ。
「えぇ、たしかに飛行魔法で間違いありません」
そう答えると、予想していたよりもみんな驚いていた。
そこまで驚かなくても……と思ったのだが、その理由はすぐに判明する。
「やっぱり飛行魔法だったのか……」
「詠唱してなかったよね……?」
「あんな速く飛べるものなの?」
それが聞き耳を立てていた生徒たちの反応だった。
たしかに詠唱してなかったし、急いでたからかなりの速度が出てたとは思う。
これはちょっと失敗だ……次から気を付けないとね。
「ま、まぁ得意魔法ですので……えっと、それがどうかしましたか?」
「あぁ、いえ……確認したかっただけですので……それでは私はこの辺で失礼します。…………あの噂は本当だったのか」
そう言い残し、ライムンドはそそくさと教室を出て行った。
――あの噂って何?
すごい気になること言い残していったよ。
周りの視線もすごく突き刺さっている。
昨日はみんなさっさと帰ったくせに!
「そ……それではみなさんまた明日、ごきげんよう――――」
僕は逃げるように教室を後にした……。
◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂――――教皇のみが入室を許される執務室にて、老人は報告書に目を通しながら頭を抱えていた。
「まったく……救世主としては過去最低ではないか」
多少礼節に欠くぐらいは苦情が来る程度でかわいいものだ。
しかし婚約者がいる相手との情事……それも複数人となれば恨み事の一つや二つでは済まなくなってくる。
クレストにとっては都合の良い展開だったようだが、奴がいなければこちらは計画を前倒しにする必要が出ていた。
それは計画の失敗と何ら変わらない。
今はまだ救世主の力も完全には目覚めていないのだ。
とはいえ、さすがに毒殺されかけたとなれば多少大人しくなる……
「と思ったのだがな……まさか隣国の姫君と揉めるとは」
多少のわがままは容認し、必要であれば教会の力を使うこともできる。
だが今回のことは教会としても、救世主に対し指導という形をとったほうがいいだろう。
(やはり目の届く範囲に置いておくべきだったか……)
せめてもの救いは、相手の対応が柔和であったことだ。
第1王女のアンジェリカ嬢とは少々気質が違うらしい。
前向きに考えるなら、これは探りを入れやすくなったともいえる。
「せっかくの大義名分、うまく利用せんとな」
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