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150 救世主の力。

「やっぱり日本人なのは間違いなかったのね」


アンジェリカさんは大量の手紙に目を通しながら僕の報告を聞いていた。

なんでも全て茶会へのお誘いらしい。


「それで、他に救世主に関して気になることはあった?」


挨拶以外まったく関わってないからなぁ。

実際、授業中後ろから見てただけだし……


「……そういえば、しっかり見たわけじゃないですけど、ノートに日本語でイベントとかフラグがどうとか書いてあったなぁ」


この情報が何かの役に立つだろうか。


「あんた女の子のノート覗き見たの? 良い趣味してるわね」


「前の席だから見えただけです!」


不可抗力だよ……多分。


「それに……ふっ、僕は女には困ってないんだ」


「その見た目で言われてもね……」


今は私服なのに……解せぬ。



「そういえばカトレアさんはどうします? 奴隷といっても重要参考人ですし……」


奴隷だからといって変な扱いをしたらリズとシルフィに白い目で見られてしまう。


「彼女優秀だからねぇ、私の仕事を手伝ってもらうつもりよ」


そう言ってアンジェリカさんは書類を見せてきた。


「これは……オルフェン王国の重要人物リスト?」


及びそれに属する各領地の特産品や主な輸入品など、事細かに記載されていた。

さらには軍備や教会との関りも……。


「せ、戦争でもするつもりなんですか?」


「そうならないための情報よ。彼女ってば社交界の華だったから、いろんな情報を持ってて助かるわぁ」


なんて恐ろしい……この人はこの国を丸裸にするつもりだ。

主人であるはずの僕ですらまだほとんど話していないのに。


「可哀想なカトレアさん……」


「あんたが買ってきたんでしょうが。ていうか、彼女の方から協力を申し出てきたんだからね」


「協力って……僕らがここにいる本当の目的を話したわけじゃないですよね?」


「当然でしょ。でも気を付けなさい、あの子相当な切れ者よ」


それでも利用しようとしてるアンジェリカさんに言われても……。


「……でも本当に気を付けないといけないのは、そんな子を冤罪で奴隷送りにできる存在のほうかしら」


アンジェリカさんは、もう一枚書類を見せた。


――――モードレッド公爵家。

当主であるクレスト・モードレッド公爵は、オルフェン王国を代表する3大貴族である。

領地はそれほど広いわけではないが、ナーサティヤ教信徒であり聖騎士団を束ねる団長という側面を持つ。


「……これ、カトレアさんのお父さんのことですよね?」


「すごくない? 自分の娘を奴隷送りにしてるのよ」


すごく重たいことを軽く言われてしまった。


「あれ? でもそれでモードレッド公爵の立場が弱くなってるなら、自分で自分の首絞めてるってことですか?」


「そういうことになるわね。ま、何かしら理由があるんでしょ」


と、はぐらかしたが、アンジェリカにはその理由がわかっていた。

おそらくモードレッド公爵は、自身の立場が強くなりすぎるのを避けたのだ。

それどころか弱体化したことで他は動きやすく……


(……いや、これ以上は推測にすぎないわね)





アンジェリカさんへの報告を終え、僕らは夕食をいただきながらシルフィの話に耳を傾けていた。


「今日は路地裏をメインに散策していたんですが、浮浪児がいたり治安が悪かったりはしませんでした」


孤児院がしっかり機能している証拠だ。

少なくとも王都自体に問題は……


「ただ……ちょっと迷子になってしまったのでそんなに回れたわけではないんです」


……まだ判断するには早いようだ。


「アホみたいに広いしなぁ、アゲハはおるか?」


「ハッ、ここに」


メイさんの声に反応し、音もなくアゲハさんが姿を現した。

その手には食べかけのメイさん特製パンが握られている。


一緒に食べればいいのに……。


「それで、どないやった?」


「現在、貴婦人方の間ではガラス細工が流行中のようです」


なるほどねぇ……でも一体何の調査だろう。


「ガラスかー、ウチはちょっち専門外やなぁ」


この人片手間で荒稼ぎでもするつもりだったのか。

そういうことなら、僕も休日は冒険者として出費分は稼いでおきたい。


(……白金貨40枚も稼げるだろうか)



◇   ◇   ◇   ◇



翌日、今日も今日とて学園で授業を受ける。


今はまだ様子見の段階なので、調査対象を警戒はしつつもこちらからの接触は控えていた。

つまり、しばらくはこんな平和な日常が続く……はずだ。


(平和というか、暇だなぁ……)


今日の屋外演習場での魔法学も内容は昨日と同じ。

ただ昨日よりは苦戦してる人が減って、自習してる人が増えたかな?


僕も練習らしいことをしたほうが良いのかもしれないが、地味な魔法と派手な魔法の差が極端なのでジッとしている。

閃光と呼ばれるのは冒険者としてだけで十分だよ。


「ふふっ、自習ばかりで退屈ですか?」


今日もローズマリアさんは隣で微笑んでいる。

そこでふと昨晩見た重要人物リストを思い出した。


――父親の名前はデニック・フォン侯爵。

領地の運営は交易に力を入れており他国への顔も広い。

しかし娘に未だ婚約者がいないのは、彼が子煩悩すぎるせいではないかと言われている。


「どうしました? 私の顔に何かついてますか?」


「いえいえ、何でもないです」


教会との深い関りもない……つまり警戒しなくていいってことだよね。

仲良くなれそうな人が安全だとわかってよかった。


(それにしても……)


座学は一番後ろの席だからいいけど、そうじゃないときはチラチラこちらを見てくる男子生徒が多いな。


「エルリット様は大人気ですね」


「そんなに気になるなら、いっそのこと話しかけてくれたほうが楽なんですけどね」


自己紹介の時は不躾な質問してきたくせに。


「エルリット様に婚約者がいらっしゃらないので、本気で狙ってるんだと思いますよ。そうなるとどこも慎重になりますから、今は様子見してるのではないかと」


本気、という言葉に鳥肌が立った。

なんてことだ、ここでは僕も調査される側になってしまうのか。

それも不特定多数の男子生徒に……。


師匠……存在感を消す魔法とか作ってくれませんかね。




大分合格者が増え、各々が自分の属性にあった魔法を練習していた。

その中に一人、何度も飛び跳ねる生徒の姿があった。


「ローズマリアさん、あれは何をしているんでしょう?」


「おそらく飛行魔法の練習じゃないでしょうか。いきなり習得できるようなものではないでしょうけど」


まさかとは思ったけどやはりそうだったのか。


「飛行魔法って自分の足で跳ぶ必要ないのでは……?」


「気持ちが逸っているのでしょう、私も幼少期に同じようなことをしたことがありますので」


そう言ってローズマリアさんは照れたように微笑んでいた。

すでに実践済みだったらしい。


「ローズマリアさんが……? それはなんだかちょっと意外ですね」


「恥ずかしながら、空を自由に飛んでみたくてピョンピョン飛び跳ねてました」


子供の頃のローズマリアさんがピョンピョン飛び跳ねて……それは頬が緩みそうな光景に違いない。


などと脳内に思い描いていると、突如キララさんが間に割って入った。


「空を飛んでみたいんですか?」


その体は淡く発光し、重力を忘れたかのように浮遊していた。

そしてローズマリアさんの手を取り、徐々に上昇していく。


「私がその夢叶えてあげますね」


「えっ? あっ、いや……そういうわけじゃ――」


ローズマリアの声も虚しく、キララは高度を上げて行った。


(これは……間違いなく神力なのでは?)


召喚したのは教会だし、特典みたいなものだろうか。

周囲の注目も上昇していく二人に集まっているが、驚いている者はいない。

彼女が神力を使うのはこれが初めてというわけではなさそうだ。


二人は大分高いところへと行ってしまった。

友達が自分の知らない友達と出掛けてしまったみたいな心境でちょっと寂しい。



しかし一人の女性の声に――――状況は一転する。



「――お嬢様ッ!」


侍女のシャーリィさんが、血相を変えて演習場へ駆けつけた。


「誰か……彼女を止めてください、お嬢様は高い所がダメなんです!」


高所恐怖症か? と思う者ばかりで、彼女の声に応える者はいない。

当のキララは聞こえていないのか、未だ上昇し続けていた。



――――僕はこの時、少しでも力を隠そうとしていたことを、すぐに後悔することになる。



「お願いします……お嬢様は幼少期の事故で高い所が……」


シャーリィさんの声は、今にも消えそうなほど弱々しかった。

でもそれが、僕の目を覚ましたのかもしれない。


ローズマリアさんが大人しく身を任せているから……そう思ったから止めなかった。


もっとよく見ろ――――彼女は今どうしている。

胸を抑え、震えながらも下を見ないように……


「――ッ!」


事態を把握するのと同時に、僕の体は飛翔する――――


「――えッ!? うそ……なんで?」


突如目の前に現れたエルリットに、キララは面を食らっていた。

でも今は説明してる暇がない。


「ちょっと乱暴ですけど、説明してる時間が惜しいので」


強引にローズマリアさんを抱き寄せる。

後はゆっくり下降するだけなのだが、キララはそれを拒んだ。


「なんなの? せっかく主人公らしく他人の夢叶えてあげてんのに」


キララは手に神力を込め、それをエルリットへと向ける。

すると下降し始めた体はピタリとその場で静止した。


「……神力ってこんな使い方もできるのか」


何かに無理矢理体を押さえ込まれているような感覚がある。



でもその力は――――ひどく脆弱に思えた。



「これは……判断が遅れた僕のせいだから」


神力を解放し、邪魔なものを軽く弾く。

力を出すのは一瞬だけでいい。

それだけで、僕の体は自由を取り戻した。


「え……?」


再び下降するエルリットを見て、キララは驚きを隠せなかった。



地上へ着地したが、ローズマリアさんの容態はあまりよくない。

体は震え、胸を押さえたまま浅く速い呼吸を繰り返していた。


「大丈夫だよローズマリアさん。落ち着いて、ゆっくり息を吐いて」


床に座らせ、足がつくことを自覚させる。

後はとにかく声をかけて、彼女の不安を取り除いていった。

典型的な過呼吸の症状だし、とにかく落ち着かせれば大丈夫なはずだ。



「王女殿下、お嬢様は大丈夫……なんですか?」


「徐々に呼吸が整ってきてるので、大丈夫だと思います。もう少し落ち着いたら後は医務室で休ませてあげてください」


シャーリィさんはホッとしたのか、腰が抜けその場に座りこんだ。


ローズマリアさん……使用人に愛されてるなぁ。

それに引き換え僕の方は……。


演習場の外で眺めていたリズはどこか満足そうで、メイさんは親指を立てていた。

……信頼はされてると思っておこう。




「それではローズマリアさんのことは先生に任せて、戻ってくるまで皆さん自習しててくださいね」


これは教師の監督責任だから、と言ってゾーイ先生がシャーリィさんと共に、ローズマリアさんを医務室へと連れて行った。


おそらくだが、残る問題に関わりたくないから逃げたと思われる。

どう考えても自習なんて空気じゃない。


「わ、私が悪いの……? だってそんなトラウマがあるとか知らなかったし……」


誰かが責めたわけではないが、キララさんは徐々に涙目になっていった。

これは……ひょっとしなくても止めた僕がどうにかしないといけないのだろうか。

そう思った矢先、演習場に一人の男が駆け付けた。


「これは何の騒ぎだッ!」


整った顔立ちの男は、苛立った様子で皆を睨みつける。

そしてすぐさまキララへと駆け寄った。


「どうしたキララ、何があったんだ?」


「違うのウィリアム、私が悪いの。私知らなくて……うぅ」


もはや涙目どころか本格的に泣き出してしまった。


ごめんなさい、もう僕にはどうにもできません。

ローズマリアさんの様子を見に行こうかな、授業課題はクリアしてるし。


そんな僕を、キララさんは指差した。


「私知らなくて……エルリットさんを怒らせちゃったみたい」


皆の視線は当然僕へと注がれる。

だからこれはきっと、僕にしか見えていないのだろう。


キララさんの口元は――――楽しそうに歪んでいた。


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