149 物足りない授業。
午後からは魔法学の授業で、屋外演習場へと移動した。
歴史に続いてこちらもゾーイ先生が受け持っているようだ。
なお他クラスとの合同授業になっており、剣術の教師は別の人が担当している。
(魔法学は女子の比率が高めかな)
調査対象のキララさんもこっちで良かった……。
もし剣術側にいたらどうしようかと思ってたんだ。
ホッとしたのも束の間、授業が始まると同時に、僕は戦慄を覚えた――――
「はい、まずは準備運動からですねー。いつも通り二人一組を作ってくださーい」
嘘だと言ってよゾーイ先生!
今日が初めてなのにいつも通りとか言われても困りますよ。
どうする……こちらから誰かに声をかけるか?
(ダメだ、その誰かにはきっと普段組んでいる人がいるだろうし……)
早くこの状況を打開しないとまずい。
『せんせー、エルリットさんが余ってまーす』なんて言われたらと思うと吐き気がしてくる。
そんな時――――僕の前に救いの手が差し伸べられた。
「エルリット様、良かったら私と組んでいただけませんか?」
「ローズマリアさん……」
聖母と呼ばせてください。
魔法学といっても準備運動はしっかりと行う。
円滑な魔力の流れを作るには大事なことなのだそうだ。
(師匠が聞いたら鼻で笑いそうだな……)
不健康の塊みたいな人だし、魔法を使うのに準備運動なんて初めてしたよ。
「でも良かったんですかローズマリアさん、いつも組んでる人がいたんじゃないですか?」
そう尋ねると、ローズマリアさんは一瞬だけピクリと反応した。
「組んでた方はいなくなってしまったので……それに私も魔法学の授業は久しぶりなんですよ」
「そうなんですか……」
それ以上深くは聞かなかった。
せっかく仲良くなれそうなのに、嫌われたくなかったのかもしれない。
「ところで、エルリット様は余計なお肉がついてないようで羨ましいです。普段から何かされてるんですか?」
そう尋ねられ、今度は僕がビクリと反応した。
普段は冒険者やってます、なんて答えられないよ。
「ま、まぁそれなりに運動とか? 淑女の嗜み……みたいな?」
これはまずいかもしれない。
なぜなら隠しきれない僕のマッスルが嫌でも雄を主張して――――
「締まる所は締まっていて、それでいてお肌の艶と張りも……まるで食堂限定プリンみたいです」
「ぷ、プリン……?」
……僕のマッスルは謙虚だから理解してもらえなかったようだ。
準備運動が終わると、再びゾーイ先生の元に全員が集まった。
「はい、それでは今日も魔力コントロールの練習になります」
魔力コントロール……そんなの師匠の元でやった覚えがないな。
「エルリットさんは今日が初めてでしたね。こちらの杖は魔力に反応して光るようになっています。上手に魔力を流せた人から自習してもらっていいですよー」
渡された杖は何の装飾もない、ただの棒にしか見えなかった。
周囲を見ると皆同じ物を手にしていたので、おそらく練習用なのだろう。
(物に魔力を流すって初めてだな……マナバレットの要領でいけるかな?)
指先に魔力を流す感覚を、手にした杖へと伝えていく――――
「おぉ、光った……」
なんだか子供だましなおもちゃを与えられた気分だ。
「さすがはロック……いえ、エルラド家ですね。エルリットさんは自習してて構いませんよ」
ゾーイ先生から合格判定をもらってしまった。
こんなんでいいのか、と僕は肩透かしを食らった気分だが、周囲の生徒は苦戦しているらしく羨望の眼差しがこちらに向けられていた。
「自習って言われてもなぁ……」
演習場の隅で授業風景をただ眺めていた。
まったく杖が光らない者や、切れかけの電球のように不安定な者など、案外苦戦しているようだ。
「やること思いつかないと困りますよねぇ」
ローズマリアさんは光る杖を見せ、僕の隣に並んだ。
「魔法学の授業っていつもこんな感じなんですか?」
合格をもらって自習しているのは半数もいない。
「そうですねぇ、すでに魔法を使い慣れてる人にとっては、少し退屈だと思いますよ」
「ということは、ローズマリアさんもすでに魔法を……?」
治癒魔法とかすごく似合いそうだ。
聖母ローズマリアの脳内肖像画が捗ります。
「火属性でドーンとするのが得意です」
「へ、へぇ……」
……意外とバイオレンスなんですね。
学園初日は何事もなく終わり、放課後は半数程度の生徒しか残っていない。
教室に残り勉強しているのは平民だけだった。
そもそもこの学園は授業数が少なく休憩時間が長い。
本当に学びたい者からすると、あまりにもぬるい内容なのではなかろうか。
「エル、まだ帰らないのか?」
「そうですね、ちょっと学園内を見て回ろうかと」
まだ夕暮れには早すぎる時間だし、学園内を散策するとしよう。
「ほな、御者にはウチから言うとくわ。あんまり遅うなったらあかんで」
メイさんが馬車で待っててくれるそうなので、ざっと見て回る程度にしておこう。
なお調査対象のキララさんは、放課後になると複数の男子生徒に囲われたままどこかへと姿を消した。
というか授業中以外はほぼ誰かしら傍にいた気がする。
「さて、それじゃあどこから見ようかな」
図書室と……あとは見晴らしの良い場所とかあれば行ってみたい。
「あら、エルリット様はまだお帰りになられないんですか?」
「ローズマリアさん……私は少し学園を見て回ろうかと思いまして」
その後ろにはシャーリィさんが控えていた。
侍女とメイドの違いはわからないが、こうして見るとどことなく護衛も担っている気がする。
「そうですか……良かったら私がご案内いたしましょうか」
「いえ、そういうわけには……」
さすがにそれは申し訳ないのでお断りしようかと思ったが、ローズマリアさんは1冊の本をこちらに見せた。
「丁度本の返却に行くところなのです。図書室までの道のり、ご一緒しませんか?」
こちらの気遣いに対するフォローまで……ホントによくできた娘さんだ。
図書室は学園敷地内の端の方にあり、結局ほとんどローズマリアさんに案内してもらう形になってしまった。
道中いろんな施設があったが、やはり自習しているのはほとんどが平民。
裕福な貴族なら大体家庭教師がいるので、残って自習する者は少ないらしい。
「そしてこちらが図書室になります。あまり見かけなくなった絶版本などもあるのでオススメですよ」
なるほど、それなら貴族といえど借りる人はけっこういそうだな。
「ローズマリアさんありがとうございます。結局ほとんど案内してもらっちゃって……」
「いえいえ、こちらも楽しかったです。他に何か気になる所があればご一緒しますよ?」
気になる所か……建物の構造的に屋上はなさそうだ。
「一番見晴らしの良い、高い所ってどこになりますか?」
「そうですね……それなら」
ローズマリアさんは、窓の外に見える学園の時計台を指差した。
「あそこなら自由に登れますし、学園内が見渡せると思いますよ。ただ……」
何かを言いかけたところで言葉を詰まらせていた。
「ただ……?」
「え? あ、いえ……今の時間は少々風も強いので、また今度にした方がよろしいかと」
たしかに……スカートが風で捲れようものなら学園生活が終わりかねない。
思いっきり股間を締め付けているのでパッと見はわからないかもしれないが、これはあくまでも最終防衛ラインなのだ。
「なるほど……では御者も待たせてますし、今日はこの辺りにしておきますね」
「それが良いと思います。それでは私も失礼しますね」
一度頭を下げ、ローズマリアさんは図書室内へと消えて行った。
あまりメイさんを待たせても悪いので、僕らは来た道を戻っていく。
「リズはこの学園、どんな印象でした?」
「そうだな……座学のほうは私にはわからんが、剣術の授業は正直がっかりだな」
まぁ魔法学もあんな感じだったからね。
「エルこそ、救世主とやらはどうだったんだ?」
「初日なんで挨拶した程度ですよ。いきなり積極的に関わると不自然でしょうし」
間違いなく日本人だということは確認できたので、今日は良しとしよう。
……多分、アンジェリカさんにも怒られないはず。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、男はここまでの情報をまとめていた。
「ここ最近で国境越えまで確認できた高ランク冒険者は3名か……」
そのうち王都の冒険者ギルドで姿が確認できたのは2名。
まずは壊し屋の二つ名で知られるリズリース。
一度だけ冒険者ギルドに顔を出し、それ以降は騎士団でその姿が確認されている。
だが情報の露出が多い分、期待度は低い。
実際奴隷を連れているような情報はまったく得られなかった。
もう一人は、閃光の二つ名で知られるエルリット。
どこかで聞き覚えのある名だが、それ以上の情報があまりにも少ない。
こちらは二日連続でギルドに現れたらしいが、性別もおそらく女性という程度の情報しか得られなかった。
この二人はBランクだが、隣国の遺跡を踏破したらしい。
それならば高額な犯罪奴隷を買うだけの金があってもおかしくはない。
「どちらかに絞るなら……閃光のほうだな」
着眼点を変えたのが功を成したのか、ここまでの情報は思ったより簡単に集まった。
しかし名前から探る線は微妙である。
所詮冒険者の名前は自己申告だし、同名の者がいれば情報が混在してしまう。
確実に接触を図るなら……
「……ギルドで張るか」