147 空席の主はイベント中。
学園までの道のりは、馬車で移動することになる。
正直歩いていける距離なのだが、これも貴族として必要なことらしい。
「似合ってるぞエル」
「リズ……僕の心をこれ以上抉らないでください」
今着ている学園の制服は、現代のブレザーに近かった。
ドレスじゃなくて良かったと心から思っております。
「ウチも着てみたかったなぁ」
護衛やメイドは基本的に教室内までは入れないので、主と同じように学生として通う者もいるらしい。
ただメイさんは身長的に……というか年齢的に厳し――
「――あいたッ!」
「今失礼なこと考えたやろ」
事実は時として失礼に当たるので気を付けよう。
学園に着くと、まず学園長室へと案内された。
てっきり担任教師のところかと思ったが、隣国の王女となると違うらしい。
「これはこれは、ようこそおいでくださった」
待っていたのは、まるで仙人のような長くて白い髭の老人だった。
逆に頭はツルツルでどこか既視感を覚える。
それともう一人、教師と思われる女性が控えていた。
耳が長い……もしかしなくてもエルフなのかもしれない。
「こちらこそ、この度は王立学園で学ぶ機会をいただきありがとうございます」
僕はあらかじめ用意されていた台詞を読み上げた。
最悪失敗しても『エルラド家だから』で大体はなんとかなるらしいが、できれば穏便に学園生活を送りたい。
「いえいえ、そういえば王女殿下は算術と魔法学が特に秀でているそうで、我々としても――――」
学園長の話長くなりそうだな……。
学生時代の全校集会とか思い出すよ。
あれを1対1で聞かされている気分だ。
「学園長、あまり時間がありませんので」
察してくれたのか、控えていた女性が釘を刺した。
「む、そうか……残念ですがこの話はまた今度ということで」
冒頭以外聞いてなかったので何の話かわかりません。
学園長室を出た後、女性の案内で僕らは教室へと移動していた。
「申し訳ありません。学園長はいつも話が長いので……」
「みたいですね」
移動の際、他の教室の前を通るのだが、数名ほど廊下で待機しているメイドや護衛の姿を見かける。
しかしその人数は思ったより多くない。
貴族とはいえ、必ずしも引き連れているわけではないのだろうか。
「そういえば自己紹介が遅れました。私はクラス担任のゾーイです……あっ」
ゾーイ先生は差し出した手をすぐに引っ込め、気まずそうな顔をする。
握手を求めたことが不敬罪になるとでも思ったのかもしれない。
なのでこちらから握手を求めてみた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ゾーイ先生はホッとしたのか、安心したように握手に応えた。
家柄によって教師の立場が弱くなったりするのだとしたら苦労してそうだ。
「ゾーイ先生はエルフですよね?」
「えぇそうですよ。これでも学園長より年上です」
女性のエルフは初めて見た。
スレンダーで高身長……まるでモデルみたいだ。
と、その姿に見とれていると――――背後から殺気を感じた。
「なんや、森の民がこないなとこで迷子かいな」
不意を突いたメイさんの口撃、しかしゾーイ先生に効果はなかった。
「あら、護衛以外にも従者の方がいらっしゃったんですね。小さくて気づきませんでした」
「なんやと!」
ゾーイ先生の口撃、効果は抜群だ。
エルフとドワーフって、やっぱり仲悪いんですね……。
リズとメイさんは教室前で待機し、僕はゾーイ先生の案内で一緒に教室へと入って行く。
中は大学の講義室を彷彿とさせ、生徒の顔がよく見える造りになっていた。
「前もって知っていた方もいるとは思いますが、お隣のエルラド王国から留学生としてやってきた、エルリット第2王女です」
それだけ言うと、ゾーイ先生はこちらを見て微笑んだ。
続きは自分でどうぞということらしい。
こういう時は、アンジェリカさんに教わった無難な挨拶マニュアル第8項をそのまま引用するとしよう。
と、口を開きかけたその時、一人の男子学生が手を挙げた。
「王女殿下、婚約者はいるんですか?」
婚約者か……王女の身分を考えれば、相手は男ということに……
「い、いないいない、そんなのいないです」
おぞましい光景が一瞬だけ脳裏をよぎった。
なんてことを質問してくれるんだ……
「……あっ」
そこで、いきなりのマニュアル外な質問につい素で答えてしまったことに気が付いた。
お淑やかにするつもりだったのに……。
これによって、教室内の反応は様々だった。
「思ったより親しみやすそう……?」
「俺、婚約者に立候補しちゃおうかな」
「こういうのって、早い者勝ちか?」
不本意だが、男子生徒の反応は概ね良好なようだ。
ホントに不本意だが。
しかし女生徒の反応は逆で……
「あざと……」
「所詮は田舎貴族の興した国ですわね」
「向こうって学園もないんでしょー?」
明らかな敵意を向けられていた。
ざわついた教室を鎮めるように、ゾーイ先生が手を叩く。
「はいお静かに、皆さん仲良くしてくださいねー…………お願いだからもう問題起こさないでねー」
後半は小声だった。
苦労してそうですね。
「えっとそれじゃあ席は……一番奥が空いてましたね」
ゾーイ先生に促され、自分の席へと足を進める。
視線が痛い……一番後ろで良かった。
これで席が前だったら胃がいくつあっても足りないよ。
「ふぅ……」
座席に着くと、ようやく肩の力が抜けたような気がする。
そんな気が抜けたところ、隣に座る女生徒から声がかかった。
「ふふっ、お疲れ様です王女殿下。ローズマリア・フォンです、よろしくお願いしますね」
他の女生徒と違いそこに敵意はなく、優しく微笑んでいる。
今なら聖母と呼んでしまいそうだ。
「これはお恥ずかしいところを……あの、王女殿下じゃなくてエルリットでいいですよ」
殿下なんて呼ばれるような威厳はありませんので。
「あらそうですか? ではエルリット様、よろしくお願いしますね」
できれば様もいらないのだけど……それは相手を困らせるだけか。
「えぇ、よろしくお願いします」
そこでふと、前の席が空席なのが気になった。
「前の方はお休みですか?」
そう尋ねると、周囲の空気が一瞬変わった気がした。
なんとなく……ピリッとした感じがする。
「そこの方は……どうなんでしょうね」
それまで笑みを絶やさなかったローズマリアさんだったが、そう答えた時は少し困ったような表情をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
救世主であるキララは朝から体調不良を装い、遅れて学園へとやってきた。
「ふふっ、計画は完璧よ」
もちろん仮病である。
これも隠しキャラとの出会いイベントに必要なことだと、彼女は考えていた。
「こういう時は、先に攻略対象である護衛騎士と出会っておくのが大事なのよねー」
その後王女と一緒にいる護衛騎士を見て『あなたはあの時の……』って展開が王道だろう。
ならば授業中、廊下で待機しているところを狙えば確実なのだ。
キララは曲がり角から、教室前の様子をこっそり覗き見た。
護衛騎士、メイド共に数名控えている。
(騎士が一人、メイドが一人増えてるわね)
そもそも護衛とメイド、どちらも引き連れている貴族自体それほど多くない。
特に帯剣を許された護衛は、多額の寄付金が必要になる。
それなら若いメイドを一緒に入学させた方が安上がりなのだ。
(なにあのメイド、まだ子供じゃない)
まぁ見習いならあれぐらいの子もいるか……とキララは深く考えなかった。
それよりも肝心なのは護衛のほうである。
(ここからだと良く見えない……)
おそらく一番奥に立っているのがそうだろうと判断した。
さて、後は出会いイベントである。
計画はシンプルに、目の前で転ぶだけだ。
(でもわざわざ一番奥まで走って転ぶのは不自然よね)
ならば……転んだ勢いで一番奥まで行くしかない!
まずは助走をつけて走る。
ちょっと息を切らしている演出がポイントだ。
そして距離を計算してダイブ――――狙いは標的のやや手前!
あとは自然と滑っ――――
「――いぎッ!」
床が思ったより滑らなかった……。
超痛い……涙が出そう、だって女の子だもん。
「大丈夫か?」
聞き覚えの無い、凛とした声と共に手が差し出される。
(思ったより声が高い気がするけど……)
何はともあれ、作戦は成功……そっと、差し出された手を取る。
「だ、大丈夫です……」
そして自撮りの要領で角度をつけ、上目遣いで相手の瞳を……
「…………あれ?」
目の前で手を差し出しているのは、帯剣した赤髪の女性だった。
せめて胸が平であったならば女性的な顔立ちの男性という可能性もあったが、たしかな胸の膨らみがそれを否定している。
「な、なんで女なの!」
言っていることは意味不明だったが、その表情が真剣だったためリズは困惑した。
「なんでと言われてもな……」