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144 散財の果てに。

王都に到着した夜、アンジェリカさんが僕らの屋敷へ顔を出すことはなかった。


本物の王女様はきっと忙しいに違いない。

……多分、ボロが出そうな僕の分まで、各方面へ挨拶して回ってる可能性が高いけど。


しかし翌朝、さも当然のようにアンジェリカさんは朝食の場にいた。


「おはようございます、帰ってきてたんですね」


「おはよ、昨日は深夜になっちゃったけどね。とりあえずあなたの編入は5日後に決まったから」


5日後か……それまでに心の準備を済ませないと。


「それと、これはお姉さまにお願いなのですが……」


「ん? 私にか?」


アンジェリカさんはどこか申し訳なさそうだった。


「セリスさんからの要望でもあるんですけど、今日は騎士団の演習に参加してもらえないかなと」


「む、騎士団か……」


リズは気まずそうな顔で目を逸らす。

過去の遺恨は解決したようだが、新たな器物破損を恐れているのだろうか。


「何かあった時の責任はセリスさんが取るそうですよ」


「参加しよう」


リズから何かの枷がはずれる音が聞こえたような気がした。

騎士団の皆さん……ご愁傷様です。


「ほなウチらは自由行動でええんやな? 工房でも見て回ろかなぁ、アゲハも行くか?」


「もちろんです。地図は作れませんでしたが、場所はしっかりここに入ってますよ」


メイさんはアゲハさんと共に工房巡りか。

自分の頭をトントンと指差すアゲハさんには不安しかないけど大丈夫かな。


「私はいくつかある孤児院を回ろうかと思います。あれだけ教会が潤っているのですから滅多なことはないと思いますが……」


シルフィは王都内の孤児院巡りをするようだ。

帝都のようなスラム街はないし、きっと大丈夫だろう。


しかし見事にみんなバラバラになったな。

おかげで僕は崇高な予定を立てられそうだよ。


「それなら僕は――――」




――もちろん食べ歩きでしょ。

帝国の旅で使ったお金も経費扱いで戻って来たし、資金は潤沢なのだ。


初めて来た土地で予算を気にせず食が楽しめる。

こんな贅沢が許されていいのだろうか。


「いいんです!」


5日後のことを考えると気が重いが、僕の足取りは軽い。

なぜならあと5日もあるんだ。

今は忘れて楽しんでも罰は当たるまい。


「とはいえ……場所がわからない」


広場で地図を見かけたが、割とざっくりしていて細かい部分がわからない。


そもそもBランクグルメ通りを楽しむにはまだ早すぎる。

ついさっき朝食を終えたばかりなのだ。

ここは食後のデザートを楽しむとしよう。


そう思い、僕はまず冒険者ギルドへ行くことにした。

ここなら昨日実際に行ったので迷うことがない。


しかし……実際にギルド前へ来ると少し入りづらかった。


「まさか閃光の二つ名が他国まで知られてるなんてねぇ……」


昨日は少し目立ってしまった。

今日はそうならないことを祈るばかり。


ソッと扉を開き中へ入ると、依頼が張り出されているほうに人が集まっており、酒場のほうは昨日ほどではなかった。

今なら僕に視線が集まることもない。

そう思い、自然な流れでテーブルについた。


(よし、目立っていない)


この時周りをキョロキョロ見てはいけない。

慣れた常連のような雰囲気を出すのが重要なんだ。


そんなことを気にし過ぎたために、僕は背後からの気配に気づくのが遅れた。


「あのー、ご注文は……?」


「え? あっ……ぱ、パフェでお願いします」


突然な給仕の声に、少し声が上ずってしまった。

でもちゃんと目的のものを注文できたし、まだまだこれぐらいじゃ目立ってないはず。


「パフェですね……青銅貨5枚ですけど大丈夫です?」


「全然問題ないです」


もはや金銭感覚がおかしくなっているが、よくよく考えるとけっこう高い。

ちょっと田舎にいけば同じ値段で宿に泊まれてしまう。


「朝からパフェ食うやつなんているのか……」

「いやいや、夜通し依頼こなした後とかじゃねーの」

「……ていうかアレ、昨日いた閃光じゃね?」


なにやらボソボソと聞こえるが、ほどなくして運ばれてきたパフェを見て僕はどうでもよくなった。


目の前にあるのは極々普通のパフェだ。

しかし基本は抑えてある。


(期待度は高くないけど、これはこれで安心感があるな)


しかしパフェとは、あるルールのもと作られていなければいけない。


それは――――食べ終わるまで飽きさせないことだ。


まずはテッペンから順番に口へと運ぶ。

そこはまだスプーンの本領を発揮するには少々道が荒れている。

華やかな外見ではあるがどれも不完全燃焼、だからこそ次の層へと容易に到達した。


ここからが――――パフェの本領発揮だ。


一つ一つの層は満足する前に儚く消えてしまう。

しかし手を止めることはできない。

なぜならその次にまた新たな層が僕を待っているんだ。


――――気づいた頃には、グラスの底を叩いていた。


まだ物足りない……でもここで追加するには、僕はまだ王都を知らなすぎる。

もっとすごいスイーツが待っているかもしれないんだ。

今日はこの辺でお暇しよう……。




時間があるので、ブラブラと昨日通った道の商店を眺めていく。

そこでふと、とある店舗の前で僕の足は止まった。


「奴隷商館か……」


法改正でもはや僕の知る奴隷とは違うが、この世界では他に表現のしようがないのだろう。

しかしすぐ隣にある犯罪奴隷を扱っている店舗は、やはり雰囲気が違う。

昨日は意識しなかったけど、こちらは警備らしき人も立っている。


(そりゃ犯罪者扱ってんだし当たり前だよね)


こちらの店舗にいるのは従業員以外犯罪者ばかり、と考えると自然なことだった。

ある意味拘置所のようなものだ。

そもそも犯罪奴隷って高いの? それとも安いの?

普通の奴隷がこれだけ条件に差があると、いまいち予想できない……。


気付けば僕がそちらの建物ばかり見ていたからだろう。

奴隷商館から出てきた男がこちらに声をかけた。


「犯罪奴隷に興味がおありですかな?」


スーツ姿の男は見ただけでここの従業員だとわかる。


「興味というか……普通の奴隷と違って、犯罪奴隷の値段って想像つかないなーと思いまして」


「……なるほど、たしかに初めて利用される方にはわかりにくいですね」


そう言って男は値踏みするようにこちらを眺めた。

ローブで姿を隠した僕はさぞ不審者に見えるだろう。

これは追い払われるに違いない。


「宜しければ、中で話だけでもどうでしょう」


……まさか招かれるとは思わなかった。



案内されたのは通常の奴隷商館ではなく、犯罪奴隷を扱っている方だった。

思ったより内部は清潔で、調度品などへの気配りも感じられる。


(というか、別に買う気なんてないのになぜ僕はこんなところへ……)


しかし出されたお茶とお茶請けがすごく良い香りをさせている。


……これをいただいてからお断りしても遅くないかもしれない。

遠慮なくいただいていいんでしょう?

だって向こうが勝手に出してきたんだし。


「さて、回りくどいことをしても仕方がありません。他国の方とお見受けしますが、是非当店を一度見ていただきたくご案内しました」


「はぁ……よく他国の人間だとわかりましたね」


はて、何か特徴になるものでもあっただろうか。

それにしてもこのお茶請け……おそらくフィナンシェだと思うが、実に美味い。


「犯罪の抑止力としての側面もありますので、この国で犯罪奴隷を知らない者はおりませんよ」


そういう見方もあるのか。

ひょっとして僕も学園で性別がバレたら……他人事じゃないのかもしれない。

なんてこった、なんだか早くここを出たほうがいいような気がしてきた。

でもバターとアーモンドの風味が僕をここに縛り付けている。

フィナンシェ恐るべし。


「なるほど、でも別に声をかけるなら僕じゃなくても良かったんじゃ……?」


客観的に見ても金持ってそうな格好ではないはずだけど。


すると、男の視線は僕の手元へと移った。


「そちらのブレスレット、魔道具とお見受けします。そして素性を隠す御姿……お忍びの貴族か名の知れた冒険者ぐらいです。となれば、少なくとも金銭的な面ではお客様になりえると推察いたしました」


僕の腕には、魔道具協会で発売前に購入した魔道具のブレスレットがあった。

魔力消費をちょっとだけ軽減してくれるコスパの悪い商品という説明を受けた記憶がある。


「よくこれが魔道具だとわかりましたね」


「これでも商人の端くれですので」


要は良い金づるがやってきたと思われたらしい。


「たしかに見た目よりお金は持ってるほうだと思いますけど……でも奴隷なんて買うつもりはないんですよ」


「まぁまぁそうおっしゃらずに。実は当店にはもうほとんど犯罪奴隷は残っていないんですよ。というのも、これを機に奴隷の在り方そのものを見直す事業を――――」


男は熱く語りだした。

犯罪奴隷の実情や事業の在り方を語られても正直困る。

ここはフィナンシェが尽きるまでは軽く聞き流しておこう。

そう思い、僕は昼食代わりのフィナンシェを堪能していった……


………………


…………


……


屋敷へ帰宅した僕は、言い訳するよりも先に正座していた。

それが帰路の最中に浮かんだ、唯一話を聞いてもらえる手段だと思ったからだ。


「それでエルさん、そちらの方はどなたなんですか?」


微笑んでいるはずのシルフィがなぜかすごく怖いです。


「えっと……元公爵令嬢のカトレア・モードレッドさんです」


僕の後ろには、金色の長い髪に強気な眼をしたお嬢さんが立っている。

それを見てメイさんは嫌な笑みを浮かべていた。


「ほんで、いくら使ったんやて?」


「えっと……白金貨で40枚ほど……」


無論それは所持金の全てではないが、大分懐は涼しくなってしまった。


「エル……そうか、最近相手をしてあげられなかったからな」


リズには憐れむような目を向けられた。

その解釈は恥ずかしいのでやめてください。


「ち、違うんですよ。この金額は新事業への出資も含まれててですね、最終的には回収できるんです! それに彼女は訳ありの犯罪奴隷でして、きっと今回の調査にも関りが――――」


僕はとにかく弁明した。

まるで自分に言い聞かせるように……。


「エル、それ騙されとるんとちゃう?」


「……え?」


それは最も聞きたくない言葉だった。

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