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143 奴隷商館。

「はー……これはまた随分立派な教会ですね」


王都の教会はとにかく豪華で立派だ。

教会の裏には大聖堂もあるのだが、そちらは遠目から見てもでかいのがわかる。


しかしシルフィはどこか浮かない表情だった。


「えぇ、立派です。しかしそれをどう捉えたものか……」


「それはどういう意味だ?」


リズの問いに、それまで教会を観察していたメイさんが口を挟んだ。


「こら金かかっとるやろなぁ、壁一面どれも彫刻家の仕事やで」


たしかに壁一つとっても、もはや芸術品と言っていい造りになっている。

時代が時代なら世界遺産に数えられてもおかしくないだろう。


「まぁでも神聖な場所だし、これだけ規模が大きいならそれ相応の出来が求められるのでは?」


少なくとも、今まで見た教会の中では断トツで礼拝に来ている人も多い。


「そうですね……ただ、その考えは少々貴族寄りなので……」


なるほど、そんな金あるのならもっと別の使い道もあるだろうに、とシルフィは言いたいわけか。

これは僕も同意できる。

貴族の屋敷より豪華だもんね。


「その辺も含めて調査する必要があるんだろうな。どうする? やっぱり中に入ってみるか?」


そう言ってリズは入口を指差すが、シルフィは首を横に振った。


「いえ、やめておきましょう。いくら司祭でも急な訪問は怪しまれますし」


「ほな、次は商業地区でも行こか」





商業地区は大きく二つに分かれている。

客層が貴族メインの地区は非常に落ち着いた雰囲気で、平民や冒険者が行き交う地区は賑やかだった。


とはいえ、はっきりとした境目があるわけではない。

さてどちらから見て回ったものか。


「どうしたエル、何か探してるのか?」


「いやぁ、噂のBランクグルメ通りはこの辺じゃないのかなと思って」


しかしB級グルメ特有の暴力的な香りが襲って来ない。


「ひょっとしたら別の地区かもしれませんね」


シルフィの言葉に僕は肩を落とした。

どうにもこの辺りではないらしい。

そもそも商業地区以外にもあっちこっちに店が点在している。

もし仮に特定の店を探すとなったら苦労しそうだ。


「武具店も無難な店ばっかやなぁ、面白味に欠けるで」


メイさんは退屈そうだった。

一癖も二癖もあるような店は、この通りにはお呼びではないのだろう。


「あっ、でもあそこは何か変わってますね」


それは貴族側でも平民側でもない、その中間にある店舗だった。

外で何かを眺めてる人はいるが、人の出入り自体はそれほど多くない。

近づいてみると、店の前にいくつも紙が張り出されている。

まるで不動産屋のようだ。


「ここは……奴隷を扱っているようだな」


そう言ったリズの視線を追うと、たしかに奴隷商館と書いてある。


エルラド王国では禁止されているため初めて見た。

あまり良くないイメージがあったが、思っていたのと何か違う。

というのも……


「人間 男 25歳 元冒険者で剣を使った実戦経験有り 契約期間1年 金貨5枚……?」


そう紙には書かれていた。

奴隷というよりはただの勤務条件だ。

そして張り出されている紙は、どれも書かれている内容がバラバラだった。

中には何行にも渡って条件が記載されているものもある。


(うわっ、これなんか条件細かいな……)


もはや売る気があるのか怪しいぐらいだ。


「奴隷に関する扱いはここ数年で大分法が変わりましたからね」


シルフィ辺りはこういうのに抵抗あるかと思ったが、平然としていた。

なんでも昔と違い、今では奴隷自身がある程度条件を定められるらしい。


自分の労働力、条件を提示し、契約を結んでその対価を得る……これはもはや人材斡旋所では?


「……あぁ、でもそういうことか」


眺めている人の身なりがそれなりにしっかりしている。

きっと労働力を探してるんだ。


しかしここでシルフィの表情が少し曇った。


「でも……犯罪奴隷に対しては未だ変わっていないようです」


その視線は隣の建物へ向いていた。


犯罪奴隷……なんとなくその言葉だけで、どういったものなのかはわかる。

願わくば、冤罪で奴隷堕ちした人がいないことを祈るばかりだ……。




日が落ち始め、屋敷への帰路の最中ふと気になったことがあった。


「そういえば、この国に入ってからアゲハさんの姿を見てませんね」


アゲハさんといえば出発前は大変だった。

ツバキと母親がなかなかアゲハさんを放してくれなかったのだ。

僕としては、せっかく家族と再会できたのだから置いて来てもよかったのだけど……


『捨てないでくださいお願いしますぅぅぅッ!』


と涙ながらに迫られてしまった。

ツバキはともかく、お母さんちょっと引いてたよ。


なんでも本人曰く『主君のいない忍びなど忍者界のいい笑い者』らしい。

忍者界ってなに……。


「アゲハにはちょっち野暮用を……っと丁度終わったようやな」


メイさんの前に颯爽とアゲハさんが姿を現した。

その手には巻物が握られている。


「ご要望の品、出来上がりましたので参上いたしました」


「うむ、苦しゅうない」


言葉とは裏腹に、まったく威厳の無い態度でメイさんはその巻物を受け取った。


「それはなんです?」


「これか? これはなぁ、アゲハに頼んどいた王都の詳細図や」


そう言ってメイさんは早速その場で巻物を広げる。


詳細図か……たしかに何日もかけて王都を全て回るわけにもいかない。

どこに何があるのか詳細な地図があるのは助かる。

それこそどこにどんな店があるのか、とかね。


どれどれ、Bランクグルメ通りはどの辺りかな……


「……もしかしてこれ、暗号化されてます?」


少なくとも僕には何が書いてあるのかまったくわからない。


「いや、そないなことまで頼んだ覚えないわ……ちなみにアゲハ、現在地指差してみ」


「お安い御用です」


アゲハさんは詳細図と周囲の道を見比べた。

まぁ本人がわかっていれば誰かに清書してもらうという手もあるか。


「…………」


それほど複雑な路地にいるわけではない。

というより割と大通りにいるのだが、なかなかアゲハさんは指を差さない。


「……くッ、難解な……」


あなたが書いた地図ですよ……。



◇   ◇   ◇   ◇



奴隷商館の一室にて、オーナーである男は頭を悩ませていた。


法改正で利用者自体は増えたものの、以前ほど大きな取引は見込めない状態に陥っていたのだ。

とくに犯罪を犯して奴隷堕ちした犯罪奴隷は、元々買い手が慎重になる。

なおかつ今後また法が変わる可能性を考えると、貴族ですら道楽では手を出せない。


「だからこそ扱いも慎重であるべきなのだが……はぁ」


男は書類に目を通しため息をつく。

昔に比べると経営が上手くいっているとは言えない状況なのだ。


「見る目はあるつもりだったのだが、これも時代かね……」


書類に書かれているのは、現在奴隷商館で抱えている犯罪奴隷のリストである。

そのほとんどは仮に売れなくても、過酷な労働環境へ送れば元が取れる状態だ。


しかし一名だけ例外がいた。


それは売れてもらわねば困る。

かといって安易に値を下げるわけにもいかない。

それでいて雑な扱いをして質を下げるわけにもいかないため、維持費までかかる。


「……まぁ、これが狙いでもあるのだろうな」


少なくとも犯罪奴隷の売買に関しては、今後自然と成り立たなくなっていくだろう。


「とはいえ、このお嬢様はなんとかしないとな」


悩みの種はリストの中にあった。


犯罪者は本来一度国の牢に入った後、犯罪奴隷として商館へ卸される。

つまり国との取引だからと油断していたのだ。


(今どき正規の手順を踏んでいない犯罪者とは……)


とはいえ書類はどれも本物、大きな国ほど闇もまた深いものだと実感する。


そろそろ潮時なのかもしれない。

そう思いつつも、打開できない状況の中あがき続けるしかなかった。


「いかんな、気が滅入る」


こういう時は空想に耽るに限る。

椅子に腰かけ窓から夜空を見上げると、案だけは浮かんでくるのだ。


(今の体制ならいっそのこと新事業として立ち上げたほうがいいな。そうなると奴隷という言葉も変えたほうがいい。できれば習慣自体ない国の方が――――)


こうして、彼の頭の中で構想だけは煮詰まっていくのだった……。

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