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141 王都オルファリアス。

家紋の入った豪華な馬車は、多くの護衛を引き連れて西へと向かっていた。

ひどく目立つが、それが王族なら決して大袈裟なことではない。


事実、国境を越えた辺りで、待ち伏せている人影が複数存在していた。


「親分、今回の仕事は楽勝っすね」


「あぁ、対象は殺すなとは言われてるが、ちょっと脅かしてやるだけで大金が手に入る」


移動している馬車は護衛も含めると5台。

見通しの良い街道だが、崖も多く罠を張るには最適。


彼らはここに落石を起こそうと画策していた。

当然殺しが目的ではないので、直撃を避け身動きを封じるのが目的だ。


「そこを上から一方的に攻撃するわけっすね」


「おうよ、それに護衛の連中はいくら殺しても問題ない。まぁできれば身ぐるみ剥いで売っぱらいたいところだがな」


つまりは遠慮しなくていい……親分の言葉に、子分たちは笑みを浮かべる。

そして彼らの視界に、小さく馬車が映り込んだ――――その時だった。


「ん? 親分、馬車の上に誰か――――


シュッと風を切る音が、言葉を遮った。

――否、彼は言葉を失ったのだ。


標的を指差していた右腕が、空間ごと削ぎ落したようにその場からなくなっていた。


「……へ? え、なんで……?」


痛みはまだ訪れない。

彼の痛覚はまだ理解できていないのだ。


「おい、どうし――――


親分と呼ばれた男は、視界の端にたしかに捉えていた――――一本の矢が、自身の目前まで迫っていることを。

それが、彼の見た最後の光景だった。


静かに……ただ静かに、風を切る音だけが幾度となく続く。

それが20に届こうかという辺りで、待ち伏せていた人影は全て消え去っていた。


馬車からアンジェリカが顔を出し、上で弓矢を構えていたセリスに声をかける。


「全部片づけたの?」


「いや、一人逃がしておいた。せっかく帰国ついでのゴミ掃除だからな、小さな膿でも出てくれば儲けものだ」


そう言ってセリスは馬車の上から飛び降り、こことは別の旧街道のある方角を眺めた。


「まぁ……程度が低くて期待はできんか」


「それにしても、見事にこちらへ釣られたあたり、狙いはエルラド家で間違いないわね」


アンジェリカは国賓として、セリスと共に国境を通っている。

表向きにはエルリットも一緒だ。


そして国境周辺の警備もまた警備隊の仕事である。


「国境警備隊は再編成したほうが良さそうだな」


「そうねぇ……でもちょっと警戒しすぎたかしら。今のところ教会側の息はかかってなさそうだわ」


襲撃用に準備されていた岩を遠目に、アンジェリカの乗った馬車は街道を進み続けた。



◇   ◇   ◇   ◇



春も中頃に差し掛かり、過ごしやすい季節になりました。

こういう時は草原に寝転がって空でも眺めていたいものの、馬車に揺られて移動する日々が続く。


本日は天気も生憎の曇り空、今の僕の心と同じだ。


というのにも理由がある。

それはミンファのことだった。



一緒に連れて行くわけにもいかないし、かといって師匠は第3遺跡で不在……となるとどこかへ預けなければならない。

せっかくミンファも僕に懐いてくれてたはずなのに、こんな寂しい思いばかりさせて嫌われないだろうか。

泣かれる可能性だってある。

そんな後ろ髪を引かれる思いで旅立たねばならない……そう思ってました。


「エーちゃんいってらっしゃい」


ミンファは笑顔で送り出してくれた。


その後ろでは、ミンファを預かってくれるセバスさんとローラさんも手を振っている。

この二人ならたしかに不安はない。

それに元々同じ邪神将だったからか、ローラさんに懐いているようだった。


別れを惜しまれないというのも複雑です……モヤッとします。



そんなこんなで腑に落ちない気持ちでの出発からすでに一週間。

僕はすでにお土産のことを考えていた。


(今度は絶対に買って帰る。なんなら向こうに着いてすぐにでも用意しよう)


気が早いかもしれないが、すでに国境は超えたのだ。

ちゃんと計画を立てておかないとすぐに散財しちゃうよ。


「それにしても、冒険者として国境を超えることになるとは……」


道も新しい街道ではなく、古い旧街道を通っている。

ちょっと悪路だし、馬車の揺れでお尻が痛い。


「色々と微妙な情勢ですから、馬鹿なことを考える人がいないとも限りません」


そんなシルフィも、国境で提示したのは冒険者カードだった。

下手な役職があると入国目的等が面倒らしい。


「馬鹿なことって……仮にも他国の王女を? いやいやそんなまさか……」


「わからんでぇ? ただの山賊に襲わせたり、事故に見せかけて……とか」


御者をしているメイさんが、こちらを振り返りそう答えた。


傍から見たら子供にだけ働かせてるように見える。

でもメイさんが一番手慣れてるんだよね。


「ふむ……メイの予想が当たりかもしれんな」


リズはそう言うと、新しい街道がある方角へ視線を向けた。

僕も同じ方角に視線を向けるが、旧街道は森に覆われているので何かが見えるわけではない。


「……いやいやそんなまさか」


この国ってそんな物騒なの?




国境まで一週間、国境から一週間。

併せて二週間かけて、ようやくオルフェン王国の王都へとやってきた。


「でか過ぎんだろ……」


――オルフェン王国、王都オルファリアス。

まるでいくつもの都市が寄り添うように区画分けされているが、農場区のように開けたところは少ない。

それでいて区画の一つ一つが一般的な街よりも大きかった。


「ほー、前来た時より人も建物も増えとるわ」


メイさんも周囲をキョロキョロと見回している。

道行く人は可愛らしい子供だと思って微笑ましい笑顔を向けていた。


「1年振りぐらいか、相変わらず賑やかだな」


「そうですね、区画によっては眠らない街とも呼ばれてるぐらいですし」


完全にお上りさんな僕やメイさんと違って、リズとシルフィは至って冷静だった。

帝都とは真逆で活気にあふれているが、特別お祭りをしているわけでもなく、これが通常運転らしい。


少し落ち着いた広場に到着すると、外套で顔を隠した女性から声がかかる。


「こっちよ、こっち。私は王城に顔を出さないといけないから、あなたたちは用意した屋敷に行ってちょうだい」


それは先に到着していたアンジェリカさんだった。


「なんでわざわざ正体を隠すんです?」


僕らと違って、王女として堂々と国境を渡っているはず。


「この辺は顔が割れてんのよ、人が集まってきたら面倒でしょ」


そう言ってアンジェリカさんは周囲を警戒する。

すると、リズは何かを思い出したようだった。


「……そういえば、この辺はよくアンジェと剣を交えた場所か。しつこく絡んでくるから何度か相手をしたが、気が付けば見物人が集まってたな」


「お、お姉さま! その話はまた今度で……ほら、早く屋敷に行きなさいよ! しばらくは自由にしてていいから」


アンジェリカさんからこんな大都会で自由行動の許可をもらった。

学園に通いだすのはさらに一週間後なので、今のうちに楽しんでおけということか。


「あっ、でも顔は隠しておきなさいよ。ただでさえ目立つ頭してんだから」


そう言い残して、アンジェリカさんは走り去っていった。


いやいや、白髪なんて異世界じゃそんな珍しくも……。

少し思い出してみたが、頭に浮かんだのはご年配の方か、邪教騎士の中身だけだった。





「これはこれは、またご立派なお屋敷で」


王都の中でも、貴族の屋敷が立ち並ぶ一角にそれはあった。

それも他の屋敷と比べると大分格式が高く感じる。


「門番まで用意されてるんだ……」


装備的にエルラド王国の兵のようだ。

こちらと目が合うと、何も言わずに門を開いてくれた。


敷地内に入ると、個性はないものの庭も綺麗に整っている。

そして屋敷正面の扉へ近づくと、声をかけるよりも早くそれは開いた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


中では数名のメイドと、執事服の男性が一人、お辞儀と共に出迎えてきた。


「……メイド喫茶に来た気分」


初めて来た屋敷でおかえりなさいと言われたら、そんな気分にもなるだろう。


メイドはエルラド城でも見たことある顔だった。

どうやらこの屋敷に、オルフェン王国からの人員は一切組み込まれていないらしい。


(しばらくはここで暮らすことになるのか……)


ちょっと落ち着かないな……せめて自室は落ち着く空間であってほしい。


「一先ず各自自室の確認をしましょうか」


僕がそう口にすると、一人のメイドがスッと前に出る。


「ご案内いたします、こちらへどうぞ」


その所作は一つ一つがすごく美しかった。

30歳前後ぐらいだと思うが、メイド達の中では一番年長に見える。

彼女がメイド長、と考えるのが自然だろう。


……いや、年長ではないか。


「なんや失礼な視線を感じるわ」


この専属メイドは80歳だもんね。

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