138 こちらの事情より新たなドラマ。
森の中に隠されていた民家は色々と不思議な点はあるものの、何かに繋がる確定的な情報はなかった。
(報告書になんて書けばいいんだ)
などと前世のサラリーマン時代のような悩みを抱きつつ、僕らは森を後にする。
再び高台から森を眺めると、そこには夕日に照らされる遺跡が姿を現していた。
とりあえず報告は明日にして、今日の所は帰るとしよう。
「ん……?」
しかしリズは、何かを感じて森を振り返った。
「どうしたんです?」
「視線を感じたような……いや、気のせいか」
そんなことを言われたらあの民家が心霊スポット的なものに思えてきた。
暗くなる前に帰るとしよう……。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日ギルドへ報告に行くと、3日後依頼人へ直接報告してほしい旨を伝えられた。
調査依頼では依頼人に直接報告すること自体は珍しい事ではない。
しかし日時まで指定されるとは思わなかった。
(まぁ相手は王様だしね)
そう簡単に会えるほうがおかしいんだよ。
この時は、そう思っていた。
――3日後、僕らは前回のように応接室へ通される。
なぜか今日はオルフェン王国の近衛騎士であるセリスさんまで待っていた。
代わりにアンジェリカさんの姿はないようだ。
エルラド王は提出された報告書に目を通すと、どこか機嫌が良かった。
「内容は……まぁなんとも言い難いが、わかりやすくまとめられた報告書だな」
内容に関してはそういう感想になるのも仕方がない。
しかし報告書の書き方に関しては褒められた……というかそっちに食いつかれるとは思わなかった。
「これなら期待できるかもしれんな……エルリット、ちょっとこの問題を解いてみてくれないか」
そう言ってエルラド王は何枚か紙を渡してきた。
「問題……?」
僕はリズと顔を見合わせた。
ちょっとどういうことかわからない。
たしかに紙には問題らしきものがぎっしりと書かれているが……。
「あ、相談とかは無しだぞ? 一人で解いてみてくれ」
「はぁ……」
最初の問題は算術だった。
正直なところ前世の数学に比べると、この世界の算術は程度が低い。
(簡単な問題だな)
そう思い、調子に乗ってついつい流されるように問題を解いてしまった。
それが――――間違いだったのかもしれない。
その後の魔法学も、師匠の理論に比べると書いてあることがかなり初歩的だった。
なんなら問題文もおかしいから修正しといてあげよう。
(ひょっとして、僕の学力ってけっこう高いのでは?)
そう思えた時期は、歴史の問題を見たところで終わりを告げる。
やけにオルフェン王国の歴史に関しての問題が多く、もはや暗号文を見ている気分だった。
(……ま、まぁ知らなくても問題ないし)
選択問題だけ勘で解いておこう。
一通り問題を解き終わり、解答用紙をエルラド王に渡す。
するとそれは流れるようにセリスさんへと渡った。
「それでは失礼して……」
「……?」
なぜセリスさんに? と聞きたいが、真剣な眼差しで解答用紙を眺めているので聞きづらい。
そして一通り見終わったのか、感想を述べた。
「……算術と魔法学はすごいですね。他は……ぎりぎり平均ぐらいでしょうか」
今日のセリスさんは話し方が妙に丁寧だ。
一応エルラド王の前だからだろうか。
それにしても、他がぎりぎり平均とは……勘で解いた部分けっこう正解してたのかな。
……ところで何の平均?
「これなら編入基準は満たしています。実技は……いまさら必要もないでしょう」
「おぉそうか、それは良かった」
セリスさんの反応に、エルラド王は嬉しそうだった。
しかし聞き捨てならない単語があったな。
「へんにゅう……?」
それと近衛騎士であるセリスさんが同席している意味……そこから導き出される答えとは――――
「ま、まさか僕に騎士になれと……?」
僕の言葉に、リズは「なるほど」と納得していた。
一体何をどうすればこんな流れになってしまうのか。
「違う違う、これは王都にある学園の編入試験だ」
エルラド王の説明により、僕の早とちりだとすぐに判明した。
「なんだ、そうだったのか……ん? でもエルヴィンに学園なんてないですよね?」
エルラド王国は良くも悪くも発展途上だ。
今は元帝都に学園があるようだが、少なくともこの王都エルヴィンにはない。
「うむ、そうだな……どこから説明したものか」
そう言って王の表情は真剣なものになった。
「…………エルリット、オルフェン王国に留学してくれんか」
……一体どんな説明を省けばそんな流れになってしまうのか。
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
「まぁそうだろうな。今夜会議室に来てくれ、そこで順を追って話そう」
気になることだけ言われてお預けを食らってしまった。
リズのほうを見ても「私にもさっぱりだ」という表情が返ってくる。
(その順路、長くなりそうな気がするなぁ)
こうして、僕は困惑したまま一度帰宅することになった。
同じ日の夜、会議室にてこれからの話を聞かされることになった。
今度はセリスさんだけじゃなく、アンジェリカさんも同席している。
それどころか、シルフィやメイさん、そして【月華】のツバキの姿もあった。
エルラド王が目配せすると、アンジェリカさんが代表して話を始めた。
「今日集まってもらったのは他でもない。オルフェン王国とナーサティヤ教に関して、こちらも動く準備ができたわ」
そうか、ついにその時が……。
と、この場で浮きたくない僕はなんとなくわかっているフリをした。
正直準備ができたと言われても何のことかよくわからない。
何せこっちは留学云々の話で頭がいっぱいなんだ。
「この国の教会はとくに怪しい点は見つからなかったけど、向こうは少し気になる点があって――――」
なおもアンジェリカさんの話は続いている。
ふと隣に座っているリズを見ると、怪訝な顔をしていた。
そして話の腰を折らないように、小声で話しかけてきた。
「エル、話についていけないのだが……」
それは僕もなんですよ。
どう答えたものかな……。
「オルフェン王国の教会が怪しいって話ですよ、多分……」
「なるほど……」
たった今アンジェリカさんがした話をそのまましたら、納得いただけたようだ。
そもそもおかしいんだよ。
教会が関わってるからシルフィがいるのはわかるよ?
でもなんでここにメイさんまでいるの?
そんなことを思っていると、メイさんと目が合った。
すると不敵な笑みが返って来た……嫌な予感がする。
「司祭シルフィーユの恩師――アイギス・ウォッカ伯爵の件。それとツバキの情報では、魔神将クリストファに似た人物が教会を出入りしてるそうなの」
アンジェリカさんの口からクリストファの名前が出たことで、それまで置いてけぼりだったリズが反応する。
「クリストファ……? あれは間違いなく私が斬ったはずだ」
「えぇ、お姉さまの言う通り、さすがに同一人物ではないと思うけど……」
アイギスさんの件も含めて、怪しいよねってことだろう。
ここで、それまでアンジェリカさんに任せていたエルラド王が口を開いた。
「……確かな情報なのだな?」
「それは……」
アンジェリカの視線がツバキへと移る。
「ん、私の瞳術……魔眼と言ったほうがわかりやすいかもしれませんが、それで教会周辺を観察した結果……です」
「瞳術か……それは――――
「奇遇やな、ウチが飼っとる忍者も魔眼使えるねんで」
王の言葉を遮るようにメイさんが割って入った。
このちっこいメイドには怖い物がないのだろうか。
「ん……魔眼は安売りしてない」
表情は変わってないが、ツバキの声はちょっと不機嫌そうだ。
魔眼持ちがそんなほいほいいてたまるか、ということなんだろうけど。
……でもなぁ、リズのお母さんも魔眼持ちらしいしなぁ。
「なんや疑っとるんかいな。論より証拠や、アゲハ!」
「――ハッ!」
颯爽とアゲハさんが現れた……というかテーブルの下から出てきた。
「この韋駄天アゲハの魔眼は本物ですよ。そもそもこれは、我が一族に瞳術として代々受け継がれてきたもので――――」
アゲハさんはどこか嬉しそうに魔眼について語り始める。
しかしツバキは、目を見開いて固まっていた。
そして――――
「姉……様……?」