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136 久々の冒険者業。

朝、本来なら心地良い鳥のさえずりで目を覚ましたい。

しかし今日は、甲高い金属音で飛び起きた。


「――な、なんだ!?」


それも1回だけではない、幾度となく金属の擦れる音が響き渡る。

その度にガタガタと揺れる窓を慌てて開くと、二つの影が衝突していた。


あぁ……朝の日課か。


そう理解すると、衝突していた二人は庭へ着地した。

その正体は、刀を持ったヤマトさんに、漆黒の魔剣を握るリズだった。


「まだまだ力で振っているぞ」


相変らずヤマトさんは、リズの剣を軽く受け流していた。


それに引き換え、リズの顔にはあきらかに疲労が見える。

剣のことはよくわからないが、以前はもうちょっと余裕があったように思うが……。


「まだだ、まだ足りない……」


ヤマトさんの声など聞こえていないかのように、リズは独り言を呟いていた。

おかげで父親として複雑そうな顔をしている。


「むぅ……まぁ今朝はここまでだな」


そう言って刀を鞘に納めたヤマトさんに対し、リズは未だ構えを解く様子がない。

それどころか魔力が高まっていくのを感じる。


「あの時はもっと――――


一瞬だけ、リズの肌が褐色に染まったように見えた――その時だった。


「いつまで外でドンパチやっとんねん。もう朝ごはんの時間やで!」


メイさんがフライパンをお玉で叩きながら朝ごはんを告げる。


リズは完全に意識が逸れてしまったのか剣を納めた。

肌の色は普段通り……とくに変化していない。


「……気のせいか」





1階へ降りると、鼻腔をくすぐる小麦の香りに口元が緩む。

今朝は焼きたてのパンが食べられるようだ。


そんなご機嫌な朝の時間に、とてつもない違和感が発生する――――


「師匠が……起きてる?」


リビングには、ソファに座る師匠の姿があった。


「えっ……メイさん、これ昼食……?」


「何言うてんねん、朝ごはんや言うたやろ」


やっぱりそうだよなぁ。

じゃあおかしいのはこっちのほうか。


「何見てんのよ、私が朝から起きてたらなんか悪いわけ?」


「いや、悪くはないんですけどね……」


朝いないのが当たり前だったからね。


「なんや今日からしばらく出かけるらしいで。ほれルン、数日分で良かったんやろ?」


そう言ってメイさんは師匠にバッグを渡した。

数日分……食料のことかな?


そこでひょっこりリズの母親のヴィクトリアさんが姿を現した。


「悪いね、しばらくそこの飲んだくれ借りるから」


「別に朝じゃなくてもいいのにさぁ……」


しっかり武装しているヴィクトリアさんに対し、師匠は気怠そうだった。


「どこか行くんですか?」


「ちょっと第3遺跡のほうにね」


そう答えたヴィクトリアさんの後ろにはヤマトさんの姿もある。


「Aランクの小僧が人を集めていたのでな、たまには遺跡探索というのも悪くあるまい」


Aランクの小僧……アルベルトのことかな。

だとすれば、以前のように攻略メンバーを募っていたのだろう。

まさかSランク3人が参加するとは夢にも思わなかったんじゃなかろうか。

これはもはや踏破が確定してると言ってもいい。


「お二人はともかく、師匠が参加するなんてどういう風の吹き回しです?」


遺跡に興味なさそうなのに。


「ま、ちょっとした交換条件でね……」


師匠は窓の外へ視線を移し、そう答えた。

この飲んべぇの重い腰が上がる条件が僕には思いつかない。


「あ、そうそう。さっき城の兵がこれ持ってきてたよ」


「兵が……?」


そう言ってヴィクトリアさんが手紙を二つ、手渡してきた。

どうやらどちらも僕宛てらしい。


(封蝋……それも二通とも?)


しかし厚みがあるわけではないので、大したことは書いてないだろうと思いその場で開封した。


『城に部屋を用意した。たまにはこちらへ帰って来てもいいのだぞ? パパより』


うん、これは誤配に違いない。

差出人に返しておこう。


さて、もう一通は……


『仕事がある、時間があるとき顔を出しなさい。 姉より』


内容はすごくシンプルなのに強制力を感じる。

通信機越しじゃなかっただけマシかもしれない。


それにしても姉かぁ……、そうか……そうなるのか。

……やっぱ現実味ないよなぁ。


「何が書いてあるんだ?」


僕がボーっとしていると、リズが覗き込んできた。


「アンジェリカさんが何か頼み事っぽいですよ」


「ふむ……エルの第2公女役はまだ続いていたのか」


姉より、って書いてあるとたしかにそう見える。

『役』じゃなくなってしまったことをどう説明すればいいんだろうね……。





ちょっと旅行に行く感覚で第3遺跡へと旅立つ師匠を見送り、午後から僕とリズは城へとやってきた。

大部分の修復が終わりつつあるようで、パッと見はほとんど元通りになっている。


「時間があるとき、って書いてあったからけっこうゆっくり来ちゃったけど、怒られないかな?」


門番はもちろん立っているが、こちらを見ても敬礼をするばかり。

試しに手を振ってみたらニッコリ笑顔が帰って来た。

ホントにここのセキュリティ大丈夫なん?


「少なくとも急ぎの用件じゃない、ということだろう」


帯剣したリズに対しても警戒心がない。

……いや、こっちは警戒したところで対抗手段がないだけか。



城内へ入ると、メイドさんに案内され誰もいない応接室へ通される。

私室じゃないあたり、ホントに仕事の依頼なのかもしれない。


「急ぎじゃないけど仕事がある……一体なんだろ」


帝国関係の事後処理は貴族の仕事だよね。

僕は関係ない……とも言い切れないか。


「体を動かせる依頼だといいんだがな」


リズは第3遺跡へ向かった3人が少し羨ましかったようだ。

たしかにたまには冒険者らしいことがしたいよね。



ほどなくして扉が開かれ、アンジェリカさんとエルラド王が姿を現した。


「呼び出したのは私だけど、依頼があるのはこっちのクソ親父のほうなのよね」


と、アンジェリカさんは親指でエルラド王を指差した。

しかし王の表情は少し暗い。


「親父です……娘とちゃんと話せるようになったのに、クソ呼ばわりされるとです」


王様になったのに以前より威厳を感じなくなった。

なんだかちょっと不憫だ。


「それで仕事というのは?」


話を切り出すと、王の表情はパッと真面目なものに切り替わる。


「それなんだがな。冒険者ギルドは当然通すつもりだが、第4遺跡の調査を頼みたいのだ」


またドレスでも着る羽目になるのかと思ったが違ったようだ。

ギルドを通すということは、これは冒険者としての仕事ということになる。


「第4遺跡の調査……ですか」


全てが謎に包まれていると噂の第4遺跡。

ついにその謎を本格的に解明したいということだろうか。


それに、師匠たちが第3遺跡に向かったこととどうしても結び付けてしまう。


「大丈夫なんですか? 師匠たちも第3遺跡に向かいましたし、下手すれば遺跡の核が……」


全部揃ってしまう。

それすなわち、また魔神の到来を意味するのでは?


「あちらも依頼したのは元々私だ。魔神に関しては……まぁ私に考えがある、そちらは気にしなくていい」


気にしなくていいのか……大丈夫かな?


チラリと視線をリズへ向けると、目が合い無言で頷いた。

私は別に構わんぞということか。


(まぁ……あくまでも調査だけと考えるか)


調査依頼は仮に成果がなくても前金だけで得をする。

最近収入らしい収入がなかったから悪くない内容だ。


「そういうことなら、お引き受けします。あ、それとこれ、間違って僕に届いてましたよ」


手紙を返されたエルラド王は不満気な表情だった。





エルリットたちが立ち去った室内で、アンジェリカは父親に疑惑の視線を向ける。


「魔神への対策なんて私は一言も聞いてないんだけど?」


「言ってないからな」


その返答に、疑惑の視線は怒りの視線に昇華した。

本当に怒ってそうなので、エルラド王は慌てて弁明する。


「ま、まぁ落ち着けアンジェ。第3遺跡の核だけなら最悪どうとでもなる」


「なら第4遺跡の方は? さすがに全て揃うのは危険でしょ」


アンジェリカとて、遺跡を封鎖していない以上、いずれそんな日は来るだろうというのはわかっている。

しかしわざわざ依頼してまで早める必要はないはず。


「それなんだがな、あそこは私も調査したことがある。今回もこれといって調査結果に期待しているわけじゃない」


「は? じゃあなんで……」


一体この依頼に何の意味が?

その疑問に、エルラド王は少し気まずそうに答えた。


「……だって、こうでもしないとお小遣い受け取ってくれなさそうだし」


もはやアンジェリカは呆れるしかなかった。


「お小遣いて……はぁ、まぁいいわ。ついでに例の件、いまのうちに周りを固めておくわ」


「うむ、こちらも手続きを進めるとしよう」


エルリットはまだ知らない。

自身に関わることを、二人が着々と進めていることを……。

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