135 エルリット16歳。
エルラド公……いや、エルラド王の話を僕はどこか他人事のように聞いていた。
「なるほど、邪教騎士の正体がその側室のマリアーナさんだったと……」
「あぁ、こればかりは見間違うはずがない」
エルラド王の言葉に、アンジェリカさんも頷いた。
ただ以前とはどこか雰囲気が違うようで、それが漆黒の鎧を身に纏って敵対していた理由なのかもと……。
そしてエルラド王と、その側室の間に産まれたのが――――
「エルリット……手がかりは少なかったが間違いない」
王の視線は、真っすぐにこちらを向いている。
これは探してこいという新しい指名依頼に繋がる流れだろうか。
しかしこれじゃなんだか誤解を招きかねない言い方だ。
まるで僕がその当人みたいではないか。
「つまり、その子と僕が同名だから紛らわしい……ということですか?」
僕は先回りしてそう察した。
その結果、王の表情は固まり、アンジェリカさんは呆れた眼をしていた。
「……あのね、その私の腹違いの子は、オルフェン王国辺境の村にある孤児院に預けられたらしいのよ」
「へぇ、奇遇ですね」
おっといけない。
僕も似たような境遇なんですよ、と言いそうになってしまった。
孤児院から脱走した身としては、あまりペラペラ喋っていい内容じゃない。
エルラド王とアンジェリカさんは顔見合わせ、ため息をついた。
「その子はとある貴族へ身受けが決まった途端姿をくらませてな」
「ほほう、なんだか他人とは思えない展開です」
わかるよその気持ち。
僕も貞操の危機を感じたもの。
「まぁでも、さすがに魔女が近くの森に住んでいたりは……」
僕の言葉に、二人は真剣な眼差しで頷いた。
「住んでたんだ……そっか……」
……まぁ、さすがにもうごまかせないか。
名前と見た目が一致してて、さらに出生まで調べたとなると否定しづらい。
(そういえばワーミィが言ってた気がするな。要塞都市に仕掛けていた呪術は、公爵家の血に反応するとかなんとか)
ということは、本来アレはアンジェリカさん用のトラップだったのかな。
「ここまで話せばわかってくれるか」
僕がなんとなく察したことに気づいたのか、エルラド王はホッと安堵した表情だった。
そして優しく微笑み、こちらを招くように手を広げ――
「そう……私がお前の父だ。娘よ!」
「――やっぱ人違いです」
二人のやりとりに、アンジェリカはただため息をついて呆れていた。
………………
…………
……
中央都市エルヴィンは、王都エルヴィンとその名を変えた。
しかしその光景に変化はなく、外壁の上からは見慣れた光景が広がっている。
僕はそんな景色を眺めながら物思いに耽っていた。
先ほど城で告げられた内容が内容だっただけに、少し一人で頭を整理したかったんだ。
「……今更実の親が判明してもねぇ」
孤児と言ってもそりゃ当然産みの親はいるわけだけど、何も貴族じゃなくてもいいじゃないか。
もう生きていく基盤は出来てるわけで、すでに親は必要ないといえば必要ないし。
「それに母親の話も、もし本当なら色々ショッキングなんだけど……」
邪教騎士が僕の母親? 刺されたことあるんですけど……。
二人の推測によると、なんらかの理由で正気を失っているらしいが……。
「はぁ……」
寝っ転がって空を見上げる。
夕刻を告げるように、空が薄っすらと茜色に染まってきた。
「とりあえず……帰るか」
家に帰ると、妙に騒がしかった。
元々立地的に静かなこともあって、家の外からでも賑やかなのがわかる。
「た、ただいま……」
僕はなんとなくそっと玄関の戸を開く。
自分のいないところで盛り上がってると、なんか入りづらい気がするんだ。
そしてリビングのほうも、そーっと覗いてみる。
そこではメイさん、ミンファ、シルフィの3人がなにやら飾りつけをしていた。
「メーちゃんこの飾り重いよ」
「鉄で作ったからしゃーないわ」
「普通に紙とかでいいじゃないですか……」
飾りだけではなく『誕生日おめでとう』と書かれた横断幕まで用意してあった。
これは……見てはいけないものを見てしまった気分だ。
でも僕は大人だからね。
見なかったことにして、小一時間ほど外で時間を潰してくるとしよう。
そして何も知らなかったことにして、精々驚いてやろうじゃないか。
そう思い、そっと玄関の扉に手を掛けた。
しかし――その手は虚しく空を切る。
「なんだエル、帰ってたのか」
扉は外からリズによって開かれた。
「いや、帰ったというか……まだ帰るべきじゃなかったというか……」
「……? ちょっとよくわからん。それにしても良い香りだな、今日はきっとご馳走だぞ」
おそらくこんな日でも鍛錬していたであろうリズは、何も知らずにリビングの戸を開く。
「ちょっ、今は――――」
この時、僕はリズを止めようとするべきではなかった。
おかげで3人と目が合ってしまった。
リビングの3人は、こちらを見てピタリと静止する。
原因はまぁ……僕だろうね。
すごく視線が突き刺さってます。
「あー……その、なんだ……私もこちらに参加するべきだったな」
さすがのリズもちょっと気まずいらしい。
僕のタイミングもよくなかったな、せっかくのサプライズを台無しにしてしまった。
ここはなんとか気の利いた言葉で切り抜けて見せよう――――
「斬新な模様替えっすね!」
「そない苦笑いで言われてもな」
街灯の少ない我が家の周辺は、夕日が落ちるとすぐに暗くなる。
しかし今夜は、いくつもの灯りが庭を照らしていた。
「お庭でビュッフェなんて超オシャレじゃん」
もちろんこれには理由がある。
誰が声をかけたのか、気が付けば人が多すぎて外に出るしかなかったのだ。
まずは寝起きの師匠に、リズのご両親。
「誕生日……? あ、あぁ……もちろん知ってたわよ」
「知らなかったようね」
「知らんかったようだな」
改めて我が家へやってきたシルフィ。
僕を見捨てて教会へ一度帰ったこと、忘れてませんからね。
「誕生日ならそうともっと早く言ってくだされば良かったのに」
それはすいません、僕も忘れてました。
セバスさんと奥さんのローラさんは、わざわざ料理を持ってやってきてくれた。
「誕生日と聞かされては、腕を振るわねばなりますまい」
「臨時休業多くて老後が不安だわ」
アンジェリカさんも、エルラド王と共にやってきた。
お忍びで来たようだが、二人とも堂々としている。
エルラド王に至っては病み上がりなんだから無理しないでほしい。
「私は止めたんだけどね、行くって言ってきかないのよ」
「今まで祝ってあげられなかったからな。ホントは城でもっと盛大にしても良かったんだが……」
そんな二人の近くで光が乱反射してると思ったら、ギルド長のジギルも来ていた。
「王になった自覚がねぇな……いや、ある意味ここが一番安全か」
なおチロルさんからは、お祝いのメッセージらしき便箋が送られてきた。
『パパオコル デラレナイ タスケテ』
……呪われそうなメッセージだった。
他には同じ孤児院出のカーラさんに、メイさんの息子であり工房主のムロさんの姿もあった。
しかし二人は隅のほうでやけに大人しくしている。
「同郷のよしみで呼んでくれたのは嬉しいけどさ……」
「俺らここにいていいのか? メンツがやばすぎて怖い」
たしかにとんでもない顔ぶれが揃っている。
呼んだの僕じゃないんだけどね。
一体誰がこんなに声をかけたんだろう。
そこでふとあることに気づき、リズへ視線を向ける。
「まさか……」
「ランニングがてら声をかけて回ったが、そこそこ集まったな」
やはりリズが犯人だったか……。
でも……ちょっと気恥ずかしいけど嬉しい気持ちもある。
前世では誕生日に誰かを招くなんてことはなかった。
そう思うと変わったもんだな……。
「……ふふっ、エルもそんな顔するんだな」
リズは満足したのか、みんなの輪に入って行く。
僕は自分の頬に手をあてた。
一体どんな顔をしていたんだろう。