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134 王様は蚊帳の外。

帝国で最後の役目を終えた僕たちは、久々の我が家へと帰って来た。


長かった帝国の旅は終わったのだ。

後始末は色々残っているのだろうが、そういうのは僕の仕事じゃないんで。


「良かった……今回は増築されてない」


ミンファと師匠に任せるのは不安だったからね。

それにリズのご両親がいたこともあって、中も綺麗な状態を保っている。


「みんなおかえり~」


帰宅した僕らに気づいたミンファが、一番に出迎えてくれた。


「ただいまミンファ、師匠は一緒じゃないの?」


「ししょーならまだ寝てるよ」


今は昼前……いつも通りでむしろ安心する。


「エーちゃんお土産は? お土産は?」


ミンファは期待の眼差しでこちらを見ている。

でも残念ながらそんなものは――――


「ただいまミンファ。ほら、鉱山都市で見つけた小型の杖だ」


リズは当たり前のように用意していた。

僕の動悸が止まらない。


「こっちじゃあんま見かけへんフルーツや。後でジュースにしたるわ」


メイさんのはわざわざ用意したわけではなさそうだが、体裁は保っている。

僕の冷や汗が止まらない。


「あっ、私は教会へ帰りますね。内部事情も気になりますし……」


そう言ってシルフィは帰って行った。

逃げたな……というかなぜ僕らの家に寄ったんだ。

仲間を失った僕は手の震えが止まらない。


みんなの視線が僕に集まっている。


どうする……どうすればいい?

ポーチの中に何か……いや、中身は当然把握している。

だからお土産と呼べるものがないのもわかっている。


正直に何もないと言うべきなのか……。


「じ、実は僕は何も――――


「お姉ちゃん誰?」


ミンファの視線は僕ではなく、後ろにいるアゲハさんを向いていた。

子供の興味が移るのって超早い。


「ふふっ、よくぞ聞いてくれました。帝国一の忍び……」


不敵な笑みと共に名乗り始めたアゲハさんだったが、途中で歯切れが悪くなった。

そして真剣な表情で悩み始める。


「ど、どうしよう……もう帝国ないのに帝国一と名乗るのはいかがなものか……。じゃあこれからは王国一? でもそれはちょっと紛らわしいか、それにこの国の忍びがどの程度かもわからないし……」


完全に自分の世界に入ってしまった。

彼女の中では非常に大事な問題らしい。


ミンファはアゲハの顔をまじまじと眺めるが、反応がないとわかると興味を失った。


「あ、そうだ、はいエーちゃん」


「これは……」


ミンファに渡されたのは、一枚の似顔絵? だった。

決して上手とは言えないが、暖かい気持ちになれる……そんな絵だ。


「お誕生日おめでとう」


「え……? あっ……」


そこで僕は思い出した。


孤児なので正確な誕生日かどうかはわからないが、僕の誕生日はたしかに今日だ。

忘れていたというよりは、独り身の誕生日なんて歳を重ねていくと段々意識しなくなっちゃうんだよね。

……今世はまだそんな歳じゃないけど。


「そっか、今日で16歳か……ってあれ? ミンファ僕の誕生日知ってたんだ?」


師匠が教えたのかな……いや、師匠も知らないはずだ。

そもそもあの人絶対興味ないだろうし。


「あのね、お手紙に書いてあったの」


そう言ってミンファは一通の手紙を取り出した。


「手紙って、一体誰が……」


差出人の名前を確認すると、ロックエンド・ヴァ・エルラドと書かれている。


(エルラド公が? ……なんで?)


困惑していると、メイさんの通信機から聞き覚えのある声が聞こえた。


『こちらラビット1、こちらラビット1、エルリットはただちに城へ出頭されたし。繰り返す――――』


この声はアンジェリカさんか……僕なんか悪い事したかな?

先ほどとは違う理由で僕に視線が集まった。


……なんだか嫌な予感がする。



◇   ◇   ◇   ◇



私の名前はロックエンド・ヴァ・エルラド。

エルラド公国の頂点に立つ公爵だ。

今は療養中の身だが、これでも家臣や民からはそれなりに慕われていたと思う。


しかし……最近非常に不安なことがある。

体は順調に回復に向かっているそうだが、実は脳にも異常があるのかもしれない。


「……目が覚めたら王様になっていた件」


ついこんなことを呟いてしまうのだ。


意味不明だが、これ……現実なんだよな。

公爵だったはずの私は、いつのまにか王様になっていた。


「その上……」


壁に掛けた世界地図に視線を向ける。

恐ろしい事に、公国の領土が倍以上に増えていた……というか手描きで帝国が塗りつぶされていた。


なんでもうちの娘が奪ったらしい。

たしかに魔帝国が現れてからの帝国は厄介な存在ではあったが、大胆なことをしたものだ。

さらには遺跡の核に頼らない浄水設備まで完成させたらしい。

私はまだ直接見たわけではないが、研究者曰く「歴史に名を残す偉業」なのだとか。


娘が優秀なのは嬉しい事だが、一応現役としては立つ瀬がない。


「もう隠居しようかな」


でも少なくとも今はまだ無理だろう。

だってさっきから怖い顔でこっちを見てる人がいるんだもの。


「――そんなの許すわけないでしょ。それよりこっちは色々聞きたいことが山積みなんだけど?」


仁王立ちで鬼の形相のアンジェリカに、王であるはずの私はただ頷くことしかできなかった。

以前斬られた腕が痛む気がする。


「それはもちろんわかっている。でもなんか……言葉遣いとか色々……ホントにアンジェか?」


「なんかもう色々めんどくさくなっただけよ。そもそもこっちが素だし」


アンジェリカの顔は、以前とは違い憑き物でも取れたようだった。

どうやら自分が命を懸けたのは無駄ではなかったらしい。


それに感情を剥き出しにされたことが……素直な気持ちをぶつけてくれることが、父としてどこか嬉しかった。


「そうか……しかし大体のことは書置きを残しておいたと思うが……ま、まさか見てないのか?」


「見たに決まってるでしょ。だからこいつも連れて来てるんじゃない」


アンジェリカの後ろには、エルリットの姿があった。

その表情を見るに、おそらく何で連れて来られたのか本人はわかっていなさそうだ。


「ふむ、話すのは構わんが……エルリットには辛い事実になることだろう……」


私は静かに語り始めた。

マリアーナやアメリアのこと、エルリットの出生……そして、邪教騎士の正体を……



◇   ◇   ◇   ◇



オルフェン王国には、古来より救世主が存在する。

異界より召喚され、役目を終えれば元の世界へと帰還していく。


王都にある大聖堂の地下には、そのための大規模な魔法陣があった。

そこは薄暗く、一部の王族や教会関係者でなければ出入りが許されない。

その存在自体が秘匿されている空間だった。


そんな地下の大広間で、魔法陣から視線を逸らさぬまま一人の老人がぼそりと呟く。


「……無駄遣いが過ぎるぞクレスト」


広い室内に他の人間は見当たらないが、老人の声に応えるように一人の男が柱の影から姿を現した。


「無駄遣いとは心外だな。どの道そろそろ次を呼び出す頃合いだろう」


クレストと呼ばれた男はそう答え、魔法陣へ視線を移す。

それは淡く光り、まるで生き物のように魔力が渦巻いていた。


「そうではあるが……こっちの苦労も考えてほしいものだ」


はぁ……とため息をつきつつも、視線は魔法陣から微動だにしない。


「たしかに救世主のご機嫌取りはストレスでしかない。しかし今回は、面白い素体がいたものでな」


クレストの言葉に老人は興味を示す。


「お主がアレを使うほどだ、よっぽどなのだろうが……。それは下手すれば脅威にもなりえるのではないか?」


「かもしれんな。だがそれなら新たな厄災となってくれるだろう。どの道アレが馴染んだとしたら、自我を保てるはずもないからな」


クレストは踵を返し、老人に背を向け部屋を後にする。

残された老人は一人、ぼそりと呟いた。


「それもそうか……。となると、次の救世主が手のかからんことを祈るばかり」


老人は魔法陣に魔力を流す。

すると薄暗かった大広間が、眩い光で白く染まった。


「魔神ダスラさえ手に入れば、こんなもの必要ないのだが……」


視界が白一色に染まり、それが徐々に落ち着いてくると、魔法陣に人型の影を見せる。

それを確認した老人の口元が一瞬歪む。


「――――おぉ、救世主様。どうか我々の世界をお救いくだされ」


視線の先では、事態を飲み込めていない少女が不安気な顔で立ち尽くしていた。


5章タイトルを【帝国解放編】に変更しました。

次回から新章になります。

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