131 口封じ。
今放てる最高の一撃が、あっさりと掴まれその威力を殺された。
そう理解するよりも早く、シルフィは死の気配を感じ取る。
リズの右手に漆黒の剣が現れ、今まさに振るわれようとしていた。
しかし一瞬だけその表情が歪み、動きが止まる。
「……ッ」
リズが何か迷っているような素振りを見せている間に、シルフィは槍を手放し距離を開ける。
「もしかしてリズさんの意識が……?」
絶対絶命かと思われたが、攻撃が一瞬止まったおかげで助かった。
しかし迷いを振り切ったかのように、無造作にシルフィの槍は投げ捨てられる。
そして再び――リズの剣がシルフィへと向けられた。
「……もう打つ手がないですよ」
せめて槍があれば……いや、あっても何も変わらないだろう。
つい先ほど、自身が放てる最高の一撃があっさり止められてしまったばかりだ。
対峙したリズは剣を振りかぶる。
シルフィとの間合いはとても剣が届く距離ではないが――――
――まるで時間が切り取られたかのように、一瞬でリズが目の前へと迫る。
あまりにも速すぎる動きに、シルフィは何の反応もできなかった。
あとは袈裟斬りに体をなぞられるだけで、戦いは終わる。
だが剣よりも速く――――漆黒の雷がリズの体を走る。
リズの体だけではない。
帝都中を、黒い雷が走る――――。
「――――ッ!」
リズは声にならない叫びをあげる。
しかし不思議と、シルフィの体には何の影響もなかった。
むしろこの雷の気配には覚えがある。
「これはもしかして……エルさん?」
やがて雷が消えると、リズの肌が元の色に戻っていた。
意識もないようで、そのまま前のめりになる。
「――リズさんッ!」
シルフィは咄嗟にその体を支える。
そして治癒魔法を使おうとしたが、その必要はなかった。
「……気を失っているだけ?」
リズからは静かに整った呼吸が聞こえ、シルフィはホッと安堵する。
どっと疲れが出たのか、そのまま座りこんでしまった。
「はぁ……生きた心地がしませんでした」
投げ飛ばされたアゲハに視線を向けると、起き上がる姿が見えた。
無傷とはいかないようだが、あちらも無事だったらしい。
「それにしても、あの黒い雷は一体……」
シルフィは空を見上げる。
どうかご無事で……と、エルリットの安否を気にかけながら……。
◇ ◇ ◇ ◇
エルリットが周囲に放った神の雷は、思惑とは違い帝都中を覆っていた。
「――――何なのよッ、この黒い雷は!」
ワーミィは悲鳴に近い声をあげながらその場に尻餅をついた。
というよりも、腰が抜けていた。
直感で感じ取っていたのだ……決して触れていいものではないと。
事実、用意していた呪術は全て雷によって蹂躙されていった。
それこそ帝都中に用意していた全てが……。
(黒……? 何を言ってるんだ)
しかし眼が見えないので、近くにいるワーミィの声はありがたい。
こいつだけは絶対に逃がしたくないから……少し強めに放つとしよう。
さらに神力を通して、帝都の状況を感じ取ることができた。
近くにいるワーミィは当然として、少し離れたところにも強大な魔力を感じる。
それは魔神化したアンジェリカさんの気配に少し似ていた。
(あまり良い印象はないな……この際だ、まとめて雷で穿つ――――)
見えない何かに命中した感覚が、神力越しに伝わってくる。
ついでに、雷が通る度に細かく何かを壊す感覚もあった。
これはおそらく呪術を破壊したのかもしれない。
そうだと確信したのは、視界が徐々に明るくなっていくと同時に、両腕の感覚が戻り始めてからだった……。
神の雷は収まり、帝都に静寂が訪れる。
「ふぅ……やっとはっきり見えてきた」
視力が完全に戻って来た時には、すでに戦いは終わっていた。
終わらせた……と言った方が正しいのだが、まったく見えてなかったので実感が薄い。
「でも、落とし前はつけてもらわないとね」
僕は地面に転がるワーミィへと近づいた。
魔法が通じなかった彼女だが、今はその体があちこち煤けている。
思ったより外傷は少ないが、それは神の雷に耐えたのではなく、あえて直撃させなかったからだ。
ただし、手足を除いて……だが。
「何なのよ……アンタ一体何なのよ」
地に這いつくばったまま、ワーミィはこちらを睨みつける。
手と足は、見るも無残なほど雷に焼かれて機能していなかった。
(これを見てちょっと溜飲が下がるというのも複雑だ)
とはいえ、落とし前……罪は償ってもらわなければならない。
人を殺すことに躊躇う気持ちがなかったわけではないが、聞きたいことは山ほどあるし……。
それに……生きてなきゃ苦痛を味合わせることはできないのだ。
「さて、あなたには色々聞きたいことがあるんですけど……素直に答えてくれますか?」
「なに? 答えたら命だけは助けてやる……とかかしら?」
ワーミィは挑発的な笑みを浮かべる。
時折視線が周囲を探っている当たり、まだあきらめてないらしい。
「そうですね、答えてくれたら……一思いに楽にしてあげますよ」
「……それじゃあ答える気にはならないわね」
呆れたような顔でそっぽ向かれてしまった。
「じゃあ仕方ないですね」
指先から神力の小さな雷をワーミィに放つ。
「ガァァァッ!」
ちょっと神力では威力が高すぎたかもしれない。
でも魔法が効かないから仕方ないよね。
「聞きはしましたけど、選択肢を与えたつもりはないですよ」
魔帝国とか、邪教のこととか聞きたいことは山ほどある。
「はぁ…はぁ……今度は真っ白な雷……? ホントに何なのよアンタは」
ワーミィは肩で息をしている。
しかし外傷は増えていないので、尋問としてはおそらく正解だろう。
「今度は……? ちょっと何言ってるかわかんないけど、答えないと何度でも今のを放ちますよ」
指先でバチバチと純白の雷を鳴らす。
それを見て、ワーミィは少し考える素振りを見せる。
「……何が聞きたいのよ」
さて、これは観念したのかはたして……
「良い心がけですね。それじゃあ……帝国ってすでに魔帝国みたいなものだと思うんですけど、この認識は間違ってないですよね?」
「そうねぇ……合ってると言えば合ってる。でも違うと言えば違う」
返答にイラッとしたので、再度指先で雷を鳴らして見せる。
「しょ、しょうがないでしょ! ホントに魔帝国なんてあってないようなものなんだから」
ワーミィは慌てた様子で弁解する。
嘘を言っているようには思えないが……。
「つまり……?」
「国……というよりは、元はただの邪教徒の集まりだから……」
そこからワーミィは歯切れが悪くなっていく。
「国としての体裁だって、帝国の要人を脅して流用してただけだし……」
その辺はまぁ予想通り。
「じゃあ邪教に関しては? 以前邪教の教会に行ったことはあるけど、そういうところはまだまだあるのかな?」
「いや、邪教は……あるといえばあるけど……」
邪教に関してはさらに言葉を詰まらせていた。
彼女は間違いなく、邪教の中でもそれなりの立場にいたはず。
でなければ皇城を根城になんてできないだろうし……。
「ふぅ……いまさら隠しても無駄か。私だけこんな目に合うのもむかつくし……」
そこでワーミィは意を決したように邪教について話し始めた。
「わかりやすい教会は帝国の領土内にあるけど、基本的に邪教徒自体は世界各地に存在してるわよ」
「世界各地に……?」
それはちょっと面倒な話になってきたな。
「そうよ。だって私たちは、元々プラーナ派……」
何かを言いかけたところで、ワーミィは目を見開いた――――
「あっ、がッ……うそ……でしょ。まさか…私も……? ――ゲホッ、ゴホッ」
そして吐血し、胸を抑え悶え苦しみ始めた。
「なっ……ど、どうしたんですか!?」
「あい…つ……私…にも…………」
掠れた声でそれだけ言い残し、ワーミィはピクリとも動かなくなる。
僕は恐る恐るその首に手をあて、脈を確認した。
「――死んでる……」