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130 最強の狂戦士。

一際大きな氷は砕け、中にいたアゲハは解放される。


「ふぅ……死ぬかと思った」


そう思ったのは、氷漬けにされたことが原因ではない。

今目の前に広がっている光景――――大きなクレーターが原因だった。


分身体だったとはいえ、これを生んだ衝撃の中心に自分もいたのだ。


「シルフィ殿は……無事のようですね」


しかしその姿は、俯いたままでどこか様子がおかしかった。

その近くにはマリオンが大の字で仰向けに倒れている。


アゲハはクレーターの中心に飛び降りると、シルフィに声をかけた。


「いやはやとんでもない威力ですね」


「――え? あっ…そ、そうですね、必死だったもので……」


シルフィは一瞬ビクッとする。

その反応にアゲハは首をかしげるが、それよりもマリオンの様子が気になっていた。


「あれほどの威力で気を失っているだけ……?」


「え、えぇ……そういうイメージで神力を使いましたから」


ほほう、とアゲハはよくわかっていないが、わかったフリをした。


「なるほど……ホーリーダイブ、見事な一撃でした」


アゲハは素直に称賛したつもりだったが、シルフィの顔はみるみる赤くなっていく。


「やっぱり聞こえてましたか……できれば忘れてください」


シルフィはガクッとその場に膝を付き項垂れた。


「忘れろとは……ホーリーダイブをですか? かっこいい必殺技じゃないですか」


かっこいいというワードに、シルフィはまんざらでもなかった。

恥という感情が一瞬で照れに変わると、スッと立ち上がり少し挙動不審気味に話し始める。


「そ、そうですか? たしかに私も咄嗟だったとはいえなかなかしっくりくる名前だと――――


「しかし忍法や魔法と違って、技って別に言葉にしなくてもいいものだと思ってました」


アゲハの言葉は――――正確にシルフィの急所を突いた。

照れは一瞬で恥に戻る。



しかしそこで――シルフィは閃いた。



ガシッと力強くアゲハの両肩を掴むと、早口で解説を始める。


「そ、それはですね、自分の理想を体現化――――そしてイメージを具現化するのに、言葉というのは非常に大事な要素なんですよ。ほら、言霊ってあるでしょ? あれはまた少し違うものかもしれませんが、おそらく元を辿れば概念としては似たものになるはずで――――」


「な、なるほど…………?」


勢いでなんとなくアゲハは頷いた。


実際のところシルフィは適当なことを言った。

多分、そんなことはないと思いながら……。



「鉱山都市での件とか、色々思うところはありますが……」


二人は気を失ったマリオンを縛り、空き家へ放り込んだ。


「エルリット様のお師匠様と面識があるようでしたね」


「エルさんの師匠……星天の魔女と何か因縁が――――



――――二人は瞬時に強力な気配を察知し、後方へ跳んだ。



瞬きをする間もなく、その場に斬撃が走る。

遅れて、衝撃と共に良く知る赤髪の剣士が姿を現した――――


「――リズさん!?」


しかしその肌は褐色に染まり、瞳は角膜部分が金色に、本来白い部分は真っ黒に変色していた。


「…………」


シルフィの声に、リズの返事はない。

それどころか、一切の感情の動きを見せなかった。



◇   ◇   ◇   ◇



――――時は少しだけ遡る。


リズの一撃で倒れたゲオルグは、ただ気を失っているだけだった。

それを確認した執事は、ホッと安堵する。


「良かった……本当に傷一つない。真っ二つにされたようにしか見えませんでしたが……」


「なに、強大すぎる力で暴走していたようだったからな。だから体内の魔力を斬って、魔力切れで気を失っただけだ」


リズの説明に、執事は困惑した。


「体内の魔力だけを斬ったと……? ま、まぁくわしく聞いても私には理解できない領域のようですね。ところで……目を覚ましたらゲオルグは正気に戻っているんですかね?」


「それは……保証はできん」


ただ、すでにゲオルグから魔神の力は感じなかった。

仮に回復したとして、斬ったはずの借り物の力まで戻るとは考えにくい。


まぁ……大丈夫だろ。


とリズは考えるのをやめた。

どうせ意識が戻ったらわかることだ……と。


「さて、それじゃあ私はエルの所に……」


そう思った矢先――――ふと妙な気配を感じた。


『やはりもう一つ用意しておいて正解だったな――――』


リズは咄嗟に剣を構え、一見誰もいない路地裏へと向ける。


「――何者だッ!」


『ほう、私の存在に気づくか……先ほどのような出来損ないを与えるにはもったいない素体だ』


誰もいないはずの空間から、ローブ姿の男が薄っすらと視認できる程度にその正体を現した。

そして問いかけを無視するように、真っ黒な石をリズへ向けた。


「それは……魔石?」


色は異なるが、なんとなく遺跡の核に似ているとリズは感じた。


『これは私の最高傑作だ、受け取るがいい』


そう言って男は、石をリズに向かって放り投げる。


「勝手に話を進めるな。そんな得体の知れない物受け取るわけないだろ」


リズは受け取ることなく剣を振る。

石はとくに抵抗もなく真っ二つになると、無造作に地面を転がった。


二人のやりとりを静観していた執事は、恐る恐る尋ねる。


「……それ、斬って大丈夫な物なんですかね?」


「知らん。だが受け取る気もないからな」


リズの剣は再びローブの男を向いた。

だが朧気だったその姿は、さらに薄くなっていく。

そして……


『ふふふっ、魔神に匹敵する狂戦士が生まれることを祈るよ』


そう言い残して、男は不敵な笑みと共に完全にその姿を消す。


はっきりと見えたわけではないが、リズはその面影に覚えがあった。

ただあくまでも似ているだけ。

同一人物と呼べるほどではなかった。



「結局何者だったのか……」


ただゲオルグの暴走と関係がありそうだったな……とリズは斬った魔石に視線を向けた――――その時だった。


リズの体を――――強大な魔力が包み込む。


「これは……ッ!」


体内を循環している魔力が、呼応するように暴れまわる。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ぐッ――お前はその男を連れて早く行け!」


心配して駆け寄る執事を突き放すように、リズは屋根の上に跳んだ。

そして膝を付き、その場に蹲る。


(これは……まるで初めて【循環】の秘伝に手を出したときのような――――)


暴れる魔力をリズは力ずくで鎮めようとするが、氾濫した川のように抑えが効かない。



霞む視界の中、自身の肌が褐色へと染まっていくのを見た――――。



◇   ◇   ◇   ◇



「リズさん……ですよね? その姿は一体……」


肌と瞳の色だけではない。

まるで何かに取り憑かれたかのように、纏っている雰囲気が違っていた。


「どうやら正気ではない様子です」


アゲハは刀を抜いて構える。

だがその表情はあきらかに怯えていた。

彼女の眼には何か視えているのかもしれない。


「話せるような状態ではないと……?」


「あんな魔力は初めて視ました。溢れてもおかしくないのに、無理矢理抑えているような……」


アゲハの言葉を聞いて、シルフィも恐る恐るリズへ槍を向けた。


たしかにその気配は尋常ではないし、何かの間違いでなければ、先ほど自分たちは攻撃されたのだ。

警戒するべきなのだろう。


「でもリズさんと戦うなんて……」


「シルフィ殿、先ほどの一撃、今一度放てますか?」


未だ戸惑うシルフィに対し、リズを警戒したままアゲハは話す。


「アレならリズ殿を無傷で無力化できるやもしれません」


その言葉にシルフィはハッとし、体内の神力を巡らせる。


「……問題ありません。ですがそう簡単にいくでしょうか」


「私がなんとか時間を稼ぎます。なに、速さなら誰にも負けませんよ」


一瞬の間を置いて、二人はお互いに頷いた。


そしてアゲハは、消えたようにリズの背後を取る。

同時に、シルフィは大地を蹴って空高く舞い上がった。


「さぁリズ殿、私の速さについてこれますかな?」


アゲハはリズの周囲を縦横無尽に駆ける。

それこそ、残像で覆ってしまうほどに……。


だがアゲハは、冷や汗が止まらなかった。


(これは……)



――――生きている心地がしない。



リズは微動だにしていない。

その視線も、動きを追っているようには見えない。


にも拘わらず、時折眼が合っているような気がするのは気のせいだろうか……。


それはもはや、気のせいであってほしいという願望でもあった。

しかし無常にも、気のせいではないとすぐに知ることになる。


突如――――リズの足元が「バンッ」と爆ぜた。


同時に、アゲハの動きが止まる。

――否、止められたという表現のほうが正しい。


アゲハは信じられないものを見た気分だった。


腕が――――掴まれている。


「くッ……ならば死なばもろとも! 忍法影結び!」


アゲハの影が、リズの影に絡みついた。


「シルフィ殿、後は任せ――――


言葉を遮るように、リズの手がアゲハの首へ伸びる。


「――がッ、な……なぜ動け……」


影は未だ絡みついている。

抑えている感覚もある。

簡単な話だ……リズは力ずくで動いているだけだった。


ここまでか……とアゲハは死を悟る。


しかしリズの興味は上空へと移り、アゲハは無造作に投げ捨てられた。


(良かった……役目は果たせたか)


力なく宙を舞いながらも、アゲハは満足そうだった。

そしてシルフィの槍が、流星となってリズに降りかかる。


「――聖槍流星(ホーリーダイブ)!」


眩い光が周囲を支配する。



――が、その衝撃が訪れることはなかった。



「えっ……」


シルフィの槍は――――リズに掴まれ静止していた。


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