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128 勘違いだらけの叡智。

シルフィはマリオンに対し苦戦を強いられていた。

かといって、優勢であるはずのマリオンの機嫌は良いものではなかった。


「ちょこまかと鬱陶しいわね、どこぞの小娘を思い出して気分が悪いわ」


マリオンは苛立ちながらも、気だるそうに指一つ動かすだけで高威力の魔法を放つ。

当たり前のように無詠唱で飛んでくる魔法は、どれも当たればただでは済まない威力だった。


「――この魔力の気配は……」


鉱山都市に突如現れた、桁違いの魔力反応と同じ……。

シルフィは姿こそ見ていないが、相手が都市を襲った張本人と知る。


「なるほど、あなたがあの時の――ッ!」


シルフィは大きく跳躍し槍ごと突っ込んでいく。

しかし直線的でしかないその攻撃は、空を自由に動けるマリオンにとっては児戯に等しいものだった。


「突っ込むしか能がないようね、面白味に欠ける娘だこと」


マリオンは魔法を無理に当てる必要はない。

得意の氷結魔法であれば、躱されても周囲の環境は有利なものになっていく。

実際、シルフィは徐々に身動きがとれなくなっていた。


そして――――


「足が……!」


魔法の直撃は避けたが、瞬く間に足元が凍り付く。

それでも強引に動くこと自体はできたものの、一瞬でも動きが止まったところをマリオンは見逃さなかった。


「はい終わり」


マリオンの手から風の刃が放たれる。

風である以上目視できるものではなかったが、シルフィはなんとなくそれがどういった魔法か感じ取った。


「くッ――」


咄嗟に槍を地面に突き刺し、防御に徹する。

無論それで耐えられるものではない……直撃を覚悟した、その時だった――――


風よりも速く――――一つの影がシルフィの前へ姿を現した。


「――助太刀致す!」


周囲に甲高い金属音が鳴り響いた。

見えないはずの風の刃を、忍者刀によって上空へと軌道を逸らしたのだ。


アゲハは無言で眼鏡をクイッと上げ、刀を構えなおした。

マリオンは突然の乱入者にため息をつく。


「……はぁ、まためんどくさそうなのが増えた。んで、誰よアンタ」


「ふふふっ……帝国一の忍び、韋駄天アゲハとは私のことです」


シルフィは口に出さないが、大き目の胸を張るアゲハはとても忍びとは思えない姿だと思った。


「帝国一の忍び……? 聞いたことないわね……」


マリオンは決してふざけているわけではなく、真面目にそう答える。

アゲハはちょっとテンションが下がった。


「アゲハさん、加勢するなら私よりエルさんのところへ行った方が良かったのでは?」


「シルフィ殿、いくら忍びでも人外の戦いに加勢するのはちょっと……」


当然アゲハも、エルリットから何かしらの指示があると思っていた。

しかし何もなかった……さらには皆人の域を超えた戦いを始めたものだからアゲハは焦っていた。

そして一つの答えに辿り着く。


もはや参戦できそうなのはここしかないと……。


「たしかにあの二人は規格外ですけど……ちなみにアゲハさんは空を飛ぶ相手は得意ですか?」


ふっ、とアゲハは笑みを浮かべ、浮遊するマリオンを眺める。


「…………何事も挑戦です」


「経験はないということですね?」


かっこよく登場したはずの忍者に、シルフィは不安しか覚えなかった……。




二人は共闘こそ初めてだったが、その役割ははっきりしており動きに迷いがなかった。


アゲハは相手の目でギリギリ捉えられる速度を維持しながら翻弄していく。

その隙に、シルフィはジャンプ力と突貫力を活かして空の敵へとダイブする。


それはマリオンにとっては面白くない展開だった。


「ホントめんどくさい小娘ばっかりだわ」


だから――――格の違いを見せつけることにした。


手数だけは多い魔法で牽制し、もう一つ別の魔法陣を組み上げていく。

その魔法が発動したとき、小娘二人がどんな顔をするのか……想像するだけでマリオンは少し笑みが零れる。


だが魔法陣が組み上がった、その時だった――


「あれは……シルフィ殿、相手は転移魔法を使うようです!」


アゲハの口から、マリオンの企みがあっさりと露呈した。


「は……?」


マリオンは呆然として固まった。

まさか心でも読まれたのか……と。


「そんなものまで使うのですか……しかし準備に時間がかかるようですね」


大地を抉りながらシルフィは空高く跳躍する。


マリオンは組み上げた魔法陣を解き、咄嗟に防御魔法を展開した。

しかしそれは槍の軌道を逸らしただけで、シルフィの体は止まらない。


「――ハッ!」


シルフィは空中で体を捻り、後ろ回し蹴りを放った。


「ぐぅ……!」


マリオンは腹部を抑えながら、空中でふらふらとよろめく。

一瞬チャンスのように思えるが、アゲハは追撃しない。


「……チッ、若いくせに冷静な判断だね」


マリオンはシルフィの蹴りを受けながらも罠を張っていた。

それは先ほど堂々と組んでいた転移魔法と違い、気づかれないように隠していたはずの魔法だった。


(同じ魔法使いに看破されるならともかく……なぜ気づかれた?)


【転移魔法】ということすら見抜かれたことが、返ってマリオンを冷静にさせた。

そして二人を分析する。


(槍使い……こいつの身体能力はたしかに高い。でも空中への攻撃手段がシンプルで対処しやすい)


飛行魔法というイニシアチブさえ捨てなければ、まず脅威たりえない。

ではもう一人の自称忍者、こいつはどうだ。


(転移魔法と気づいた……魔法陣を見てその構成を理解したというの? そんなの私クラスの天才でなければ……いや、一人だけ心当たりがある)


マリオンは一つの答えに辿り着き、笑みを浮かべる。


「ふふふっ、そういうこと……。風の噂で聞いたわ、あの魔女の弟子とやらが最近公国で活躍しているそうね」


急に何の話をし始めたのかと、シルフィとアゲハは顔を見合わせる。


「とぼけようとしても無駄よ! あなたがその噂の弟子――――閃光なんでしょ!」


ビシッ、とマリオンは得意気にアゲハを指差した。


「……違いますけど」


「嘘おっしゃい! 閃光という二つ名も、その素早さからきたものなんでしょ」


はい論破、とでも言いたげな顔で勝ち誇っていた。


「いや、あの……さっき韋駄天って名乗りましたけど……そもそも忍びですし……」


この格好を見ればわかるでしょ? といった具合に、アゲハは手を広げて見せた。

しかしマリオンにその意図は伝わらず……


「それこそ聞いたことないわよ。そもそも、自分の情報ペラペラ喋る忍者なんているわけないじゃない」


「たしかに……」


マリオンの指摘に、シルフィはなんとなく頷いてしまう。

勘違いしているものの、指摘は割とまともだった。


「え? そ、そうなんですか? 名乗らないと失礼かと思って……」


アゲハは単独任務が多かったが故に、普通の忍者というものを知らなかった。


礼儀正しい忍者に、シルフィはどことなく親近感を覚える。

この忍者……ひょっとして自分と同類なのでは? と……。


「ふふふっ、ぐうの音も出ないようね。認めたくないけど、あの魔女の弟子なら納得だわ」


一人納得するマリオンを他所に、アゲハはシルフィにこそっと尋ねる。


「シルフィ殿、ひょっとして閃光というのは……」


「えぇ、エルさんのことです」


やっぱりか……と、こちらはこちらで納得していた。



「さて、それじゃああなたは氷漬けにして、あの憎きクソ魔女に送りつけてあげるわ!」


マリオンは無詠唱で数えきれないほどの魔法陣を展開し、アゲハを狙った。

それは一つ一つが高位の魔法であり、触れたもの全てが凍り付く……。



しかし――――アゲハの魔眼にはその全てが視えている。



魔法が放たれる瞬間、軌道――――彼女にとってはあまりにも遅すぎた。


「あまり長引くと街中が大変なことになりそうですね」


アゲハは速度を上げ続ける。

マリオンの魔法はそれでも追い続けた、そして――――


「消えた……?」


マリオンは標的を見失う。

アゲハは常人の眼で捉えられる限界をあっさりと超えていたのだ。


そして空中にいるマリオンは、背後から声をかけられた。


「――こちらですよ」


「なッ――いつのまにッ!」


驚愕し、咄嗟に距離をとる。


無論アゲハは空を飛んだわけではない。

ただ跳び上がり、一時的に背後を取っただけだ。


しかしマリオンはそうは思わなかった。


(消えたと思ったら一瞬で背後に……?)


焦りを覚えつつも、一つの可能性に辿り着く。


「ま、まさか転移魔法!?」


「え? いや、ちが――


その時――――マリオンの頭に衝撃が走る。


「――んがッ!」


その体は残像を残し、帝都の外壁よりも外へと吹っ飛んで行く。

衝撃の正体は、シルフィの槍だった。


「すいません、隙だらけだったもので……」


シルフィは突くのではなく、石突で横薙ぎに思いっきりぶっ叩いていた。


二人は街中に着地すると、マリオンの飛んで行った方向を遠い目で眺める。

勝った……と思うにはあまりにもあっけないが、ホッと一息ついた。



――――その瞬間、二人の表情は固まった。



『――――舐めんじゃないよ小娘共が』



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