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125 急がば回るな。

チロルさんに案内されたのは、裕福層の居住区に屋敷を構えるメッサー公爵邸。

周囲にも貴族の屋敷と思われる建物はあるが、この公爵邸は一際立派だった。


(公爵って……予想以上に大物なのでは)


よくそんな人と関りが持てたものだ。


帝都は建物も多く、貴族の屋敷といえどそれほど敷地面積は広くない。

しかしこの公爵邸は、皇城に次いで大きな建物だった。


そんな屋敷の応接室へすんなりと通される。

扉の外に警備は立っているものの、帝国兵ではなく私兵のようだ。


(珍しい物が好きという割には、調度品は案外普通だな)


もっと意味不明な絵画とか彫刻でもあるかと思っていた。

窓から外の様子を伺っても、とくに変わった物は見かけない。



程なくしてこの屋敷の主、メッサー公爵が付き人と共に姿を現した。

綺麗に整った暗めの茶髪に、僅かに寄った顔の皺が貫禄を感じさせる。

後ろに控える執事は若いが、一挙一動に無駄がない。

なにより別格なのは、剣を携えた護衛の男だ。


この男――――かなり強い。


軽装だが整った身なりに、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体。

剣士らしい剣士だが、その上強い魔力も感じる。


公爵は椅子に腰かけ、こちらを一瞥すると口を開いた。


「ふむ、今日は仲介という話だったな」


まるで品定めをするような視線だ。

ここは堂々と胸を張っておこう。


「今回はぁ、こちらの方々の装備品になりますぅ」


普段通りの間延びした声で、チロルさんは僕に視線を向ける。


「お初にお目にかかります、冒険者のエルです。今回はこちらの装備を是非にと思いまして」


もはやフルネームだと公女と思われかねないので、こう名乗っておく。

そして、腕にはめたメイさん印のロマン装備を見せた。


「ほう……して、それはどのような物なのだ?」


ぱっと見はただのリストバンド、実演してみるのが早いだろう。


「ワイヤーを射出するのですが……何か標的にできる物があれば実演いたしましょう」


僕の言葉を聞くと、公爵の視線は護衛の男へ向いた。

すると、男は一歩前へ出る。


「護衛だが、腕はたしかだ。私が許す、こいつを標的にしてくれ」


公爵は護衛の男を標的にしろと提案してきた。

それに対し、男は何の反論もしない。


(まぁ先端の鉤をはずせば問題ないか……)


手首を捻り、男の腕目掛けてワイヤーを射出する。

重りとなるものはないが、距離が近いので上手いこと男の腕へと巻き付いた。


それでも男はピクリとも動かない……動く必要がないとわかっているようだ。

視線はこちらの腕を見ていたようなので、射出する瞬間を見てそう判断したのだとしたらたしかに優秀な剣士といえる。


「これは……たしかに珍しい……いや、初めて見る魔道具だな」


公爵は素直に感心していた。


「それで? いくらほしい」


まただ……公爵の眼はこちらを品定めするように見えた。


でもここからは、僕も後戻りしない……しないためにも突き進むのみだ。

ここから先の交渉は――――おそらく成立しない。


「お金は必要ありません、僕らのお願いを一つ聞いていただきたいのです」


「ふむ……まぁ、聞くだけ聞こうか」


そう言って、公爵は一瞬だけ笑った……ような気がした。


「帝都……いえ、この帝国で最も権力を有している方とお会いしたい」


「皇帝との謁見を……? 何を言いだすかと思えば」


公爵は肩を竦め、バカバカしい――――とでも言いたげな反応だった。

しかしここまでは予想通りだ。


「言い方が悪かったかもしれませんね、お飾りの皇帝にはとくに興味ないです。お目通りしたいのは、事実上の支配者……といえばわかってもらえますか?」


「……言っている意味がわかりかねる」


そう言いつつも、その視線は鋭いものへと変わる。

ならばと僕も足を組み、態度を変えることにした。


「不敬罪とは言わないんですね。それと、見定めているのはあなたではなく、我々の方です」


僕の言葉とタイミングを合わせるように、リズが強い殺気を放つ。


こちらに向けられたものではないけど……すごく背筋がぞわぞわする。


護衛の男はまたも動かない。

しかしそれは先ほどとは理由が異なる。

動かないのではなく、動けなかった――――正しくは、膝を付いた。

この時点でどちらが上かはハッキリしている。


(殺気だけで強さがわかるのなら、相手も十分優秀ではあると思うけどね)


公爵は護衛の状態を見て、頭を抱えた。


「はぁ……わかった、ひとまずその殺気を抑えてくれ。死のイメージが強すぎてたまったものではない」


その言葉を聞き、僕はスッと無言で手を軽く上げた。

それを合図にリズの殺気は収まっていく。


「ふぅ……しかし難儀なものだ。私の口から語れるならそれに越したことはないのだが……」


先ほどの返事と違い、公爵はなんとも歯切れが悪かった。


「……ん、そういうことか」


シルフィに手招きし、周りに聞こえぬよう口元を隠して耳元で話す。


「多分例の呪術で話せないんだと思いますけど、これって神力でどうにかできますかね?」


「エルさんの神力でなら可能かと。ただ、解呪したことは術者にも伝わると思います」


こちらの存在も知れるか……好都合だね。


僕は指先に神力を少し引き出すと、公爵に向けてそれを飛ばした。


「――ッ!」


それまでずっと控えていた執事の男は、咄嗟に公爵の前に出る。

反応が遅れた護衛と違い、こちらは自分を盾にすることに躊躇がないらしい。

なので――執事と公爵まとめて神力で包み込んだ。


「これは……!」


二人の体は淡く発光し、公爵の体からは黒いモヤが霧散していった。

それを見たシルフィは、少しホッとする。


「上手く解呪できたようですね」


しかしこれでこちらの存在は知れた。

嫌でも公爵には情報を吐き出してもらわねばなるまい。


「そうか……やはりあの女狐、私にも呪術をかけていたか」


公爵は何かを思案するように、天井を見上げた。


というか確信していたわけじゃなかったのか……なんだか上手い事利用された気分だ。


「まずは礼を言おう。あの黒いモヤには見覚えがある、間違いないだろう」


公爵は感謝していたが、執事と護衛の男は何が起こったのかわかっていない様子だった。

執事のほうは呪術の対象ではなかったようだし、やはり直接関わっている者が口を滑らせないようにしているのだろう。


「礼は不要です。それよりも――――


「あぁ、わかっている、少なくともキミたちは本来の帝国の敵ではないらしい。ならば、この国の支配者――――ワーミィについて知っていることを話そう」



ワーミィ……長くて黒い髪に、漆黒のドレスを好む全身黒ずくめの女。

帝国においてどのような立場かと言われれば、皇帝の相談役としか聞かされていない。

定期的な幹部会に顔を出すが、建設的な意見をするわけでもなく、どちらかと言えば他貴族を監視しているようにも見えるとのこと。


逆らえば視線一つで人を殺める悪魔のような女で、その情報を口にしようものなら等しく死が待っている。

事実、その死を目撃する者も少なくなかったという……。


「ふぅ……これだけ話しても無事なら安心して良さそうだな」


公爵の言葉に、執事は呆気にとられた。

まだ若いのに苦労してそうだな。


「さて、キミたちの目的はそのワーミィなのだろうが、会うのは難しい。居場所はわかる……しかし、不用意に近づくのは死ににいくようなものだ」


そう言って、公爵は一枚の紙に何かを書き記し、僕らへと渡した。

そこには簡単な地図のようなものが書かれている。


「……これは?」


「我々とて、この現状をただ手をこまねいて見ていたわけではない。そこには再び多くの同士が集まりつつある、是非ともキミたちの力も貸してもらいたい」


これはつまり、レジスタンスのアジトということなのだろう。

まだ全滅したわけではなかったのか……。


すると、そこまで蚊帳の外だったチロルさんがおそるおそる手をあげた。


「あのぉ、ひょっとして珍しい物を集めていたのってぇ……」


「外部からの接触者に期待してのことだ、同じ轍を踏みたくないからな。おかげで最後のピースが揃った……帝国を取り戻す日は近い」


公爵は力強く拳を握りしめた。


「……ライトニング」


僕は雷魔法で受け取った紙を粉々に霧散させる。

悪いけど……僕らは協力者ではない。


「心得ているようだな。どこから情報が洩れるかわからん……失敗するには犠牲を払いすぎた」


そう言って公爵は、感傷に浸るように窓から外に視線を移した。


……なんか勘違いされたようだ。

まぁ聞きたいこと聞ければもういいか。


「黒髪に黒いドレスか……目立つ格好だけど見覚えないな」


「それはそうだろう、やつは皇城から滅多に出てこないからな」


そう……それが一番聞きたかった。

リズ、シルフィへ視線を送ると、僕は立ち上がる。


「最後に一つお聞きします。牧場と呼ばれる孤児院について、どう思ってます?」


僕の問いに、公爵の表情は少しだけ曇った。


「心苦しいが……今しばらくの辛抱だ」


「……わかりました」


責任ある立場としての模範的な答え……それを責めるつもりはない。

けど、待つつもりもない――!


「それじゃあ――――全部台無しにしますね」


そう言って僕は窓から身を乗り出した。


「……は? 何を――――」


公爵が困惑する中、リズとシルフィも僕に続く。


「台無しか……たしかに、帝国を取り戻す日はこないな」


「言い方はあまりよくありませんけどね」


3人が部屋から姿を消すと、公爵はハッとする。


「ま……まさか3人だけでどうにかするつもりなのか? クソッ! どうしてこう先走る者がいるんだ、これでは先の二の舞ではないか!」


公爵は憤り、テーブルを強く叩いた。


そんな中、チロルはそそくさと退室しようとする。

最後に振り返り、一言だけ公爵に提言した。


「あのぉ、避難を急いだほうがぁ、賢明だと思いますよぉ」


そう言ってチロルは走った。

公爵邸の廊下に「帝国最後の日ですぅ」と間延びした声が響き渡った。

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