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124 心は熱く。

この世に生を受けて、怒りを覚えることがあまり多くなかった。

綾部良太としての経験が、怒りを感じてもそれを無意識に受け流そうとしていたのだ。

社会の歯車にとって、それは必要なことだった。


結果新たな生においては、自身に降りかかる理不尽な出来事にも、どこか一歩引いた立ち位置で見ていた。

でもそれは……ただ諦めているだけなのかもしれない。


じゃあ――――今回もそうすればいい。


そうしたほうが、きっと上手くいくのだから……




「――ッ! エルリット様、敵の増援が来たようです。こちらへ向かってきます」


アゲハの言葉からやや遅れて、複数の足音が耳に入る。


「エルリット……様?」


「……わかってます」


大丈夫、僕は冷静だ。

今この状況で、地下にいる子供全員を運び出すのは不可能。

ならせめて最善を選ぼう。


「アゲハさん、一番状態の悪い子はどの子がわかりますか?」


「……おそらく、あの子かと」


アゲハさんの視線の先にいた子は、この中で最も体が小さかった。

その体を、僕はそっと抱き上げる。


「……軽いな」


ホントに嫌な気分だ。

周囲に視線を向けると、それはさらにひどくなる。


「皆命に別状はありません。今はその時ではないかと……」


言われなくてもわかってる。

この人数を助けるには、根本をどうにかするしかない。


「……わかってます、一先ずここを出ましょう」


僕の言葉を聞いて、アゲハさんは扉の横に待機した。

追手を迎え撃つつもりだろう。


「アゲハさん、何人ですか?」


「二人です。しかし見張りでいた三人と違って手強いかもしれません」


足音と気配でそんなことまでわかるのか。

でもまぁ……


「今の僕はあまり優しくないよ」


アーちゃんを6体放出し、地下の入口を目指す。

すでにこちらの視界から外れ縦横無尽に飛び回っているが、感覚を共有し空間を肌で感じ取った。


大丈夫――――どこに何があるのかハッキリとわかる。


対する標的は二人……なるほど、初見でアーちゃんを警戒する辺り、たしかに手練れなのだろう。

実際に、出会い頭で放ったスタンテーザーは、防御魔法らしきものによって弾かれていた。


「これで倒れておいたほうが良かったと思うけど」


二人を六つの球体が包囲し、極細の閃光が襲い掛かる。

点で突破するレイバレットは、面で守る防御魔法を容易く貫通した――――


――足を撃ち抜き、腕を穿つ。


小さい呻き声と共に、二人は舞うように地に伏した。


(まぁ、手強い程度じゃこんなものか)


遅れて堂々と、僕は二人の前へ姿を現した。

装備を見たところ、警備兵よりも軽装である。

あれが帝国兵だとしたら、これは邪教側の兵なのかもしれない。

この分だとまだまだ追加で増援が来そうだな。


「アゲハさん、この二人の尋問をお願いします」


「御意……生死問わずということでよろしいですか?」


アゲハさんの返答に、僕は一瞬静止した。

生死問わずの尋問……それは拷問にかけるということを意味している。


「……やだなぁ、死んだら情報が聞き出せないじゃないですか」


正直助かった。

行き過ぎた行為を口にされると、逆にこちらは冷静になれる。


アゲハさんは静かに頷くと、二人を引きずり姿を消した。





皆の待つ拠点へ戻り、抱えていた唯一の救出者の姿を見せると、ダンたち3人は駆け寄って来た。


「クルルだ! 良かった、無事だったんだな」


僕の抱えていた子はクルルというらしい。

意識はあるが、ダンたちを見ても反応が薄かった。


「クルル……どうしたんでしょう」


ニコルはすぐに異常に気が付いた。

さて、どう説明したものか。


「何か変な物でも食べたのかな?」


ミモザ……実はそれが正解なんだ。


だが意外な人物が、クルルの症状を見て察していた。


「あららぁ、これはコンデンスカロリーでも食べたんでしょうかねぇ。でもそれにしてはぁ、ちょっと痩せてますかねぇ」


チロルさんの口から、聞きなれない単語が飛び出してきた。


「コンデンスカロリー……?」


「これですよぉ」


そう言ってチロルさんはポケットから包みを取り出し、ブロック状の中身を剝き出しにして見せる。

それは正に孤児院の地下で見た物と同じ物だった。


「チロルさん……なぜこれを」


「もう作られていない激レア非常食なんですけどぉ、なぜか帝都にはいっぱい残ってたんですよねぇ」


非常食か……習慣的に食べたりしなければそういう扱いになるのかもしれないな。


どういうものかわかっているのなら、後は痩せている理由か……話すのはちょっと気が重い。


………………


…………


……


予想通り、孤児院に捕らわれた子供たちの状況や、地下で行われていることを説明すると、ダンたちは今にも飛び出しそうになった。


「わ、わかったからもう落ち着いてるって」


「ダンはすぐ突っ走るから……尾行の時だって僕は止めたのに」


飛び出しかけたダンに、それを止めるニコル。


聞けばクルルは仲間の中で最年少だそうだ。

ダンたちは元々親を亡くした8人組で、あと4人孤児院に捕らわれている。


他は一般市民の子供ということになるが、そう考えると数十人というのは少ない。

その疑問に答えたのはニコルだった。


「おそらく他は税を納められなかった家庭の子かと。ある日急に新たな税が課せられて……払えた家庭も、逆恨みを恐れて子供を外に出さないようになりました」


それがこの街から子供見かけなくなったことの顛末だ。


さて、子供達は仲間の命に別状がないとわかって踏みとどまってくれた。

残る問題は、殺気が駄々洩れになっているリズとシルフィだ。


「……塵すら残さず斬り刻んでくれる」


「リズさんお待ちください。苦しむことなく殺してはもったいないです」


不穏な発言を不穏な発言で諫めていた。

おかげで僕も、怒りをあまり表に出さずにいられるわけだけど。


「二人とも落ち着いてください。今アゲハさんが情報を聞き出してますので、その結果を待ってからでも遅くはないでしょう」


だれかれ構わず襲うわけにもいかないからね。




その日の夜、拠点に戻って来たアゲハさんは浮かない顔をしていた。


「申し訳ございません、幻術で無理矢理喋らせようとしたのですが……」


2名とも、何かを話す前に絶命……直前まで呪術の発動にも気づけなかったという話だ。

どんな幻術かはまた今度聞くとしよう。


「ハーゲンの時と同じ……ですね。何かを話そうとした途端、胸を抑えて倒れました」


シルフィの言葉に、アゲハさんはコクリと頷いた。

今回も同様の死を迎えたらしい。


「つまり情報は無しということか……」


リズがそう言うと、皆押し黙り視線が僕へと集まった。


「少なくとも、彼らの上司は情報が洩れるとまずい立場にある……ということだけは明白ですね」


情報を得られなかったことが情報だ。

候補として挙がってくるのは、帝国貴族等の上層部……あるいはそれに近い存在。

そうなると、明日予定されている貴族との謁見が勝負かもしれない。


それに……


「明日で終わらせる……そのつもりで皆準備していてください」


僕もあまりのんびりしてるつもりはないんだ。

今日救えなかった……だから明日、絶対に救い出す。



◇   ◇   ◇   ◇



翌朝、綺麗に身支度したチロルさんから全員注意された。


「貴族様と会うのにぃ、普段着なんて非常識ですよぉ」


非常識な行動の結果でここにいるくせに……。


普段着はダメとなると正装か?

そんなもの持っているわけが……と思い皆に視線を向ける。


「ふむ、まぁこれなら問題ないだろ?」


リズはいつぞやの執事服。

男装というよりは、凛々しくてカッコイイ女性という言葉が良く似合う。


「一番上等な服なのですが、神官服よりはマシですかね?」


シルフィは本来神官服が正装なのだろうが、さすがに敵の本拠地でそれは目立つので却下。

しかし元々見た目が清楚というか、どこかのご令嬢のような雰囲気があるので、私服でも十分清潔感と高潔な印象を与えられるだろう。


「私は姿を消しておきます」


アゲハさんはそう言って姿を消した。

和服でも着せれば似合いそうだったのに……。


「となると、僕はまたこれを着るのか……」


公女モード用のドレス……これ着るの大変なんだよなぁ。

でもせめて、ローブで目立たないようにはしておくか。


「エル……言おうかどうか迷ったんだがな」


「どうしたんですリズ」


着替え終わった僕の姿を見て、リズは何か言いたげだった。


「貴族に対して失礼のない服装、ならいいわけだろ? じゃあ別に女物である必要は……まぁ私はその姿も嫌いじゃないが」


…………たしかに。


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