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123 血の牧場。

屋根裏部屋で物陰に潜み、まずは周囲の様子を伺った。

何せ派手に窓に突っ込んだのだ、すぐに誰か駆けつけるはず……。


「……誰も来ないな」


とくに誰かが屋根裏まで上がってくる気配はない。

上手い事騒ぎに乗じれたか……?


(とはいえ、外からは窓割れてるの丸わかりだし、あまりのんびりもしてられないよな)


そう思い、お荷物を確認した。


「ふぅ、ちょっと視力が戻ってきました」


アゲハさんは目を細め周囲を眺めていた。

正直外に置いて来ても良かったんじゃないかと思っている。


「まぁでも、アゲハさんのあの声は悪くない機転でしたね」


まさか突然男の声を発するとは思わなかった。


「ふふふ、声帯模写は忍者の嗜みですから」


ここぞとばかりにアゲハさんは胸を張る。

そんな辛そうな顔で得意気になられても。


「その後は最悪でしたけど」


僕の言葉にアゲハさんは一瞬で凹んだ。


「こ、今度はちゃんと閃光玉かなー? と不安になってつい……」


つい起爆まで見守ってしまったのか。

眼に期待して連れてきたのに本体が残念すぎる。


「はぁ……なんとかなったからいいですけど、あまりゆっくりもしてられませんよ」


孤児院はこの屋根裏部屋を含めれば3階建てということになる。

横の広さもなかなかにあるため、調査するのはアゲハさんの眼が頼りなのだ。


「そのことなんですが、今のところ2階には人の気配はないようです。それに外から見えた呪術の痕跡も、1階かそれより下のほうでしたので……」


つまり2階にはさっさと降りちゃっても大丈夫ということか。

呪術の痕跡も1階より下ならまず心配は……


「1階のさらに下……? それはもしかして、地下があるということですかねアゲハさん」


「おそらくは……」


孤児院って地下があるもんなのか……?




2階に降り、極力物音を立てないように調査を進めて行く。

とはいっても、いくつかある部屋はとても殺風景だった。


生活感がないというか……実は空き家じゃないよね?


「アゲハさん、1階に人の気配は?」


「一つの部屋に3人ほど……呪術の痕跡も、その部屋から下に伸びているようです」


ようやく視力が元に戻ったのか、眼鏡を装着し足元を凝視していた。


「……見張りかな」


もし地下があるのなら、そこが入口だろう。

なんとか部屋の外に誘き出せれば楽になるが……。


「さっきの爆発音で動かないとなるとねぇ……」


「強引に行くしかないかもしれませんね」


アゲハさんも外へ誘き出すのはあまり現実的ではないと判断していた。



1階に下り、例の部屋の前で突入準備をする。

おそらくここから先は呪術の使用者にもこちらの存在が知られるので、スピード勝負になるはずだ。


ドアノブに手をかけアゲハさんに視線を送ると、コクリと頷いた。


「……!」


僕は勢いよくドアを開き――――視界に入った者に左右の手でスタンテーザーを放つ。


「――んぎッ!」


狙った二人は呻き声を発し倒れた、残りの一人は――――


「……」


声すら発さずにその場に倒れ、その背後にはアゲハさんの姿があった。

やればできる子なのになぁ……。


「っと、アゲハさん、呪術の痕跡はどんな感じですか?」


「痕跡が残っているだけで罠の類はないようです。そしてここが……」


そう言ってそっと床に触れると、その部分だけ蓋のように開いた。


地下に通じる隠し通路というわけか。

その先は薄暗いが灯りはあるようだ。


「先を急ぎましょうか」


地下へと下りる前に、ふと見張りへ視線を送る。


(外で見かけた警備兵と同じ装備……か)




地下へ下りると真っ先に目に入ったのは、棚に陳列されたワインボトルだった。

もはや孤児院というよりは、見た目通り貴族の屋敷のように思える。


「とはいえ、見たことない銘柄ばかりだ。これは……アレックス?」


貼ってあるラベルはとてもシンプルなもので、ただ名前が記されているだけ。

ワイン名に生産者の名前が入っているものは珍しくないが、それだけというのは初めて見る。


さらに奥へと足を進めると、扉のない倉庫のような小部屋があった。


「水と……これはなんだろう?」


ブロック状の小さい塊が、木箱の中に大量に入っていた。


匂いはとくにない。

強めに握ると、ボロボロと崩れていく。

それを見たアゲハさんは怪訝な表情を見せる。


「うわっ、こんなのまだ残ってたんですね」


「アゲハさんはこれが何か知ってるんですか?」


反応から察するに、あまり良い物ではないようだが……。


「一時期流行った無味無臭の完全栄養食です」


これ食べ物だったのか……。

無味無臭はともかく、食感もあまりよくなさそうだな。


「こんなのが一時期とはいえ流行ったんですか」


「長持ちする上に携行食としても便利だったんですよ。ただすぐに問題点が浮き彫りになって見かけなくなりましたが……」


そう言ってアゲハさんは、指に少量取って舐めた。


「やはり何も味がしない……。これを食べ続けると、何に対しても何も感じなくなっていって、最終的には……」


「最終的には……?」


「寝たきりの廃人……に近い状態になります。何に対しても無気力になってしまうんですよ」


……そりゃたしかに問題だ。


「まぁ体自体は健康そのものなんですけどね」


心がどんどん不健康になっていくわけか。

やはり食に対する欲求は大事だな。


「でもなんでそんな物がここに……」


「その答えは、おそらく奥の部屋にあるかと」


アゲハさんは小部屋から出ると、さらに奥にある扉へ視線を移した。

おそらくそれが地下にある最後の部屋だ。


「中の気配は数十名……おそらくあの子たちの仲間だけではないかもしれません」


「数十名……」


元々調査に来たのだが、救出までできるならそれに越したことはない……でもこの人数はさすがに予想外だ。


(かといって何もしないわけには……)


まずは扉をそっと開き、中の様子を伺う。

すると、まず床に横たわる子供の姿が目に入り、次に――――血の匂いがした。


「まさか……!」


いてもたってもいられず、急いで倒れた子供に寄り添った。

もしかして手遅れだったのか……そんな嫌な考えが脳裏をよぎる。


「…………」


だが返事こそなかったものの、その子にはちゃんと意識があるようだった。


周囲に視線を向けると、他の子も同様に横たわっている。

どの子も意識はあるようで、少しホッとした。


「答えって……みんなさっきのアレを食べて無気力になってるってことか」


なんて紛らわしい。

でも体自体は健康そのものなら……


「……みんな痩せてる」


倒れた子供は皆痩せ細っていた。

とても健康な体とはいえない状態だ。


「おかしいですね、アレを食べていたならそんなはずは……」


そこでアゲハさんは何かを発見する。


「……! エルリット様、これを見てください」


「これは……」


子供の腕には、赤黒い斑点がいくつもあった。

中には青く変色しているものもある。


改めて部屋の中を良く見ると、空のボトルや注射針の存在に気づいた。


「牧場って……そういうことかよ」



◇   ◇   ◇   ◇



女は一人、ワイングラス片手に独り言を囁いた。


「そっちから来てくれるなんて嬉しいわ」


彼女の脳裏によぎるのは、以前見た白髪の少年の姿。

その気配を、今はずっと近くに感じていた。


他の者とはあきらかに違う異質な気配。

感じる魔力は凡庸なのに、どこか精霊に近いものを感じる。

さらに極めつけは……


「やっぱり……女神像と同じ力を感じる」


呪術を通して、彼女はそう感じていた。

それすなわち、創造神と同じ力を発しているということだ。


胸が高鳴っていく。

少年の見た目も、そうさせる原因なのかもしれない。


「本当に女の子みたい……あなたはどんな味がするのかしら」


その表情は、まるで恋焦がれる乙女のようだった。

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