122 前途多難の侵入ミッション。
貴族との取り次ぎは上手くいったようで、二日後に会ってもらえるらしい。
明日は一日、牧場と呼ばれる孤児院の調査をするとしよう。
子供たちはこのまま外に放り出すわけにはいかないため、チロルさんの店にそのまま保護することとなった。
「まぁ一人で退屈でしたからぁ、私は構いませんけどねぇ」
とはいえ、空いている部屋は一つのみ。
そこは子供たちに使ってもらうとして、僕らは店内スペースで雑魚寝することになる。
(毛布は……全部子供たちに使ってもらうか)
僕らの分がなくなるが、ここにはロンバル商会の商品が並んでいるんだ。
寝袋の一つや二つたいした出費では……
「一つ金貨2枚ですねぇ」
雨風に強い冒険者仕様で思ったより高かった。
絶対屋内で使うもんじゃないよ……。
しかしこれが思った以上に使い心地が良かった。
中はゆったりとしていて余裕があり、それでいて布擦れ音もあまりしない。
おかげですんなりと眠りにつくことができたのだが、深夜にとある違和感によって目が覚めた。
「……いつの間に」
寝袋の中にミモザが潜り込んでおり、静かな寝息を立てていた。
よりによって僕の所に潜り込まんでも、リズとかシルフィのところに行けばいいのに……。
かといって、起こすのも可哀想な気がする。
「ママ……」
そんな寝言と共に、ミモザはギュッと抱きついてきた。
(……ママから一番程遠いんだけどね)
でもまぁ、無粋なことはやめとこうか。
そっとミモザの頭を撫で、再び眠りへとついた。
………………
…………
……
朝、ダンが血相を変えて2階から降りてくる。
「み、ミモザが……!」
だがそれもすぐに安堵の顔に変わる。
その後ろから、落ち着いた様子でニコルが顔を覗かせた。
「やっぱりこっちにいたんですね」
こちらは予想通りだったらしい。
「やっぱりって?」
「ミモザはいつもお母さんと一緒に寝てたから……」
ニコルの言葉に「そういやそうだったな」とダンも相槌を打つ。
なるほど、まだまだ母親が恋しい年ごろだもんね。
年上の女の人にそれを重ねちゃうわけか……。
(……それはちょっと解せないね)
こんなときどんな顔したらいいかわかんないよ。
だってその理由で僕の寝袋に入るのはおかしいでしょ。
「……キミたちの両親は?」
「俺らの親はみんなレジスタンスにいたんだ……。ま、この都じゃ誰かしら身内が関わってたりするから珍しくもねーよ」
ダンは笑顔でそう答えた。
それは彼なりの気遣いだったのかもしれない。
でもそうか、彼らは親がいないんじゃなくて……奪われたのか。
朝食の準備が整った頃、昨晩調査に出かけたアゲハさんが音もなく姿を現した。
それはつまり、調査が完了したことを意味している――――
「ふぅ、危うく寝過ごすところでした」
……ん?
僕が困惑していると、何かに気づいたシルフィがそっとアゲハさんの黒髪に触れる。
「アゲハさん、寝癖がついてますよ」
「おや? これはかたじけない」
なんてことない朝の一コマだ。
でもなんもないのはおかしいでしょ。
「……アゲハさん? その……昨晩のことを聞きたいんですが」
「ぐっすり眠れましたが……それが何か?」
アゲハさんはキョトンとしていた。
おかしいな、じゃあ昨晩のアレは一体……。
「……そういえばアゲハさんって近眼でしたね」
魔眼が発動していればまた違ったのかもしれないが……。
昨晩目が合ったと思ったのは僕だけだったらしい……なんて紛らわしい忍者だ。
「さて、今日は孤児院を徹底的に調べるわけですが……」
アゲハさんの調査は残念な結果に終わったが、魔眼の力には期待したい……というか魔眼が本体と言っても過言ではない。
しかしあまり大人数で言っても目立つだけだ。
ここは最小限の人員で向かいたいところ。
「よし、俺も行くぜ」
「……やめたほうがいいよダン、僕らがいっても邪魔になりそうだし」
やる気十分のダンに対し、冷静に自分の置かれている状況がわかっているニコル。
「ミモザ知ってる、カチコミでしょ?」
ホントにこの子は一体誰の影響を受けてるの?
「キミたちはダメだよ。何があるかわからないんだからね」
ダンは不満そうだが、孤児院の狙いが子供達なら危険だからね。
かといってここにただ残すのも不安ではある。
「人数も最小限で行きたいから……リズとシルフィもここに残ってください」
内部に侵入する可能性も考えると、4人は多すぎる。
それにこの二人がいれば守りは完璧だろう。
正直僕もこっちに残りたいぐらいだ。
「孤児院の調査には――――僕とアゲハさんで行ってきます」
ということで、僕は背中を絶対に任せたくない忍者と共に、向かいの屋根から孤児院を観察していた。
こういうところは忍者っぽいんだけどな……。
「……それにしても、相変わらず子供の声すら聞こえてきませんね」
今のところ人の出入りもないし、窓から見える建物内にも人の姿はまったくない。
「そうですね、呪術の痕跡も昨日と変わりありません。避けて通るなら内部への侵入も可能かと」
そう言いながら、アゲハさんは眼鏡をクイッと上げた。
心無し表情もキリッとしている気がする。
これは仕事人モードと思っていいのかな。
でも失敗はしたくない、ここは情報共有を大事にしよう。
「こんな真昼間からどうやって……それに警備の目はどうするんです?」
警備に限らず、この時間が人の目が多い。
かといって、僕は人の域を超えた速さなんて持ってないからね。
「これを使います」
アゲハさんは紙製の丸い玉を取り出した。
「これは……?」
「閃光玉です。注意を引きつけ、さらに視界を奪います。その間にあそこから屋根裏部屋へ侵入しましょう」
アゲハさんが指し示す場所には、たしかにそれらしい窓がある。
少なくともあそこには呪術の痕跡が視えないようだ。
「……タイミングは任せます」
チャンスは数秒、それぐらいなら僕でもいけるはず。
「わかりました、では目を覆って下を向いててください。一瞬だけ小さい音がしますので、その後は私の足元を見て飛び移ってください」
僕はコクリと頷いた。
そしてアゲハさんは狙いを上空に定め……
「……いきます!」
その合図と共に、一瞬の眩い光に備えた。
後は音を待つ――
『ズドンッ!』
という大きな音と共に、足元が僅かに揺れる。
……全然小さい音じゃないよな。
そう思いアゲハさんの様子を伺うと、その顔が青ざめていた。
「あわわわわ、あれ炸裂玉だったぁ……」
つまり先ほどのは爆発音だったらしい……なにしてくれとんのこの忍者。
幸い投げた先が上空だったので被害は出ていないが、人が集まり始めている。
ますます孤児院へ飛び移るタイミングがなくなってしまった。
「……この状況、どうしてくれるんです?」
ただでさえ屋根の上は身を隠す場所が少ない。
いっそのこと、この忍者を突き落として囮にしたい気分だ。
「だ、大丈夫です。なんとかしますので……」
そう言ってアゲハさんは自身の喉に触れた。
そして――――
「――レジスタンスの生き残りが暴れているぞ!」
その口から野太い男の声を発した。
それを聞いた人々はざわつき始める。
追い打ちをかけるように、アゲハさんはまた炸裂玉を投げた。
再び――上空に爆発音が響き渡る。
その後訪れたのは女性の悲鳴、騒ぎに動き出す警備兵。
そして逃げ惑う人々によって街は大混乱に陥っていた。
「よし、今度こそ閃光玉いきます!」
その言葉を聞き、僕はもう一度目を覆う。
すると、カッ――という小さな音と共に、周囲は一面白く染まった。
後はアゲハさんの足元を見て飛び移れば――
「目がぁ、目がぁぁぁぁぁッ!」
投げた本人は目を抑え悶絶していた。
「あぁもう! 勘で飛びますからね!」
アゲハさんを抱え、おおよその勘で孤児院の窓目掛けて飛ぶ。
前を直視できないのでアーちゃんを周囲に纏い、その感覚を肌で感じ取る。
(――ビンゴッ!)
そう確信すると同時に、窓を突き破って屋根裏部屋へと突っ込んだ。
徐々に眩い光は収まり、周囲の状況がはっきりとしていく。
散乱したガラスに埃っぽい空間、そして屋根の形にそった天井……狙い通りの屋根裏部屋とみていいだろう。
でもこれ……侵入というより突入なのでは?