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121 小さな反逆者たち。

貴族との取り次ぎはチロルさんに任せ、僕らは帝都内を見て回ることになった。


裕福層の居住区はとても近づけそうにないが、こちらはおそらく地図とそれほど差異はないだろう。

問題はスラム街と化した地区だ。

建物の崩壊などで荒れ果て、地図が役に立たない。


「でも思ったより……人が少ない?」


スラム街というより、どちらかといえばゴーストタウンに近い。


「そうですね、それに子供の姿も見かけません。積極的に保護している施設でもあるのでしょうか」


シルフィの言う通り、スラム地区に子供の姿はなかった。

飢えに苦しむ子供がいないのは良い事なんだろうけど……。


――ふと、無造作に捨てられたぬいぐるみが視界に入る。


(女の子が好きそうなぬいぐるみだな……)


それは薄汚れ、大分綻びがひどかった。


「……リズ、孤児院って地図に載っていますか?」


「孤児院か……一件だけあるな」


そう言ってリズが指し示した場所は、スラム地区とはほど遠い裕福層の居住区に近い所だった。


「何か気になることでもあったか?」


「そういうわけじゃないですけど……」


なんとなく、嫌なものを感じていた。





貴族や一部の裕福層の居住区は壁で隔てられており、その入り口には常に警備兵が立っている。

そしてそこから常に見える位置に、帝都唯一の孤児院は建っていた。


「変わった立地の孤児院だなぁ……」


少なくとも今まで見た孤児院や自分がいたところは、もっと街の外れにあった。

それにこの建物、孤児院というよりは貴族の屋敷みたいだ。


「……ここでジッと見てても目立つぞ」


建物を観察していると、リズがそう耳打ちしてきた。


たしかに、警備兵がチラチラこちらの様子を伺っている気がする。

もしかしてこの立地って……いや、考えすぎか。


「まぁでも孤児院なら寄付って名目が使えるし、中の様子を――――


「――いえ、敷地内に入っては駄目です」


足を進めかけたところを、アゲハさんに制止される。


「微弱ですが、呪術の痕跡が視えます」


「呪術の痕跡……?」


進みかけた足は止まり、改めて孤児院を観察する。

もしかして罠の類でもあったのだろうか。

そういえば子供の声すら聞こえてこないな……。


「エル、一旦ここは離れたほうがよさそうだ」


再びリズにそう耳打ちされると、警備兵が先ほどより露骨にこちらを注視していることに気がついた。


「そうしましょうか……」




孤児院を離れチロルさんの店に戻るはずだったのだが、僕らはわざと迂回している。

それには理由が二つあった。

一つは、帝都の地理を把握するのが目的。

そしてもう一つは……


「……何が目的だろうな」


「わかりませんね、どこまで尾いてくるつもりでしょうか」


前を向いたまま、リズとシルフィはそんな会話をしていた。


「3人……あまりにも雑な尾行、素人ですね」


アゲハさんに至っては、人数までしっかり把握している様子。

そうか、3人尾けてきてるのか……


(……言われるまで全然気づかんかった)


今すぐにどんな奴が尾行してきているのか見てみたい。

でもせっかく女性陣が相手に気づかれないように会話しているのに、僕が台無しにしてしまうのは気が引ける。

ならば――――僕も気づいていたという態で会話に参加するしかあるまい。


「……どこに誘導しましょうか」


殺気があればさすがに僕でも気づく……はず。

ということは、この尾行犯に殺意はない……精々チンピラ程度だろう。

ならさっさと誘い出して懲らしめてしまったほうが早い。

多分……そういう流れだよね?


「スラム街がいいだろうな、あそこなら人の目も少ない」


リズの言葉に、全員無言で頷いた。


………………


…………


……


スラム街へ入ると、尾行犯はあっさりと姿を現した。


「お前ら牧場の関係者だろ! 俺たちの仲間を返せ!」


チンピラは思っていた以上に小さかった。


男の子が二人に、女の子が一人……というか子供じゃん。

見た目的にも10歳満たないぐらいだろうか。


リズはリーダー格と思われる男の子の頭をガシッと掴むと、そのまま持ち上げた。


「帝都内で初めて見た子供がナイフを持っているとはな」


その声に怒気や殺気は込められていないが、男の子は既に涙目だ。


「た、隊長が無駄死にした……」

「お願い隊長……安らかに眠って」


他の二人は思ったより薄情だった。


「お、俺はまだ死んでねぇ! 隙を見て早く助けろよ!」


そう言って隊長と呼ばれた男の子は手足を振り回す。

しかしどれもリズには届いていなかった。


……ひょっとして隙を作ろうとしているのかな?


「助けろって言われても……」

「武器持ってるの隊長だけだよ?」


たしかに他の二人は手ぶらだった。

この子たちは一体何をしたいんだ。


僕は屈んで、女の子と同じ目線で話しかけた。


「キミたちはなんで僕らを尾行してたのかな?」


「えっとね、お姉ちゃんたちが牧場の関係者っぽいから?」


思ったより素直に答えてくれた。

よしよし、飴ちゃんをあげよう。


「僕はお姉ちゃんじゃないんだけど……まぁいいや、ところで牧場って?」


「知らばっくれるな! さっき牧場の前で何か話してたじゃないか!」


未だリズに頭を掴まれている子が、声を荒げそう答えた。


皆顔を見合わせる。

当然誰も牧場という言葉に心当たりはない。


「孤児院のことです。前に大人たちが牧場って呼んでいるのを聞いて……」


すでに戦意喪失しているもう一人の男の子がそう答えた。

素直って美徳だよね、キミにも飴ちゃんをあげよう。


「孤児院が牧場か……呪術の痕跡といい、何かありそうだな」


僕の言葉に皆頷いた。

そしてこちらの反応を見て、隊長と呼ばれた子は大人しくなった。


「……え? マジで関係ないの?」


「むしろ調べている側だが?」


リズの言葉に、男の子の表情は青ざめていく。


「えぇ……じゃあ俺ホントに無駄死にじゃん」


「こんなことで命まで奪うわけないだろう」


そう言ってリズは、男の子の頭から手を離した。


空を見上げると、夕焼けに染まりつつある。

色々と聞きたいことはあるけど、今日はもう遅いかな。


「牧場のことは気になるけど、今日はもう遅いからお家に送っていくよ」


「……家なんかねぇよ」


男の子は俯き、そう答えた。

その言葉に、他の二人も暗い表情へと変わる。


これは何かワケあり……だろうな。





家が無いという3人を放っておくのもどうかと思い、一先ずチロルさんの店へと招き入れることした。


短髪頭でリーダー格の男の子の名前は「ダン」。

目元が隠れたボサボサ頭の男の子は「ニコル」。

そして紅一点なおさげの女の子は「ミモザ」と名乗った。


みんなスラム出身で、ダンとニコルは8歳、ミモザは7歳らしい。

3人はものすごい勢いで出した食事を平らげていく。

落ち着いて食べてほしいところだけど……


「次いつ食えるかわからないからな」


なんて言われたら止められないよ。



食後、ようやく落ち着いたようなので3人からくわしく話を聞くことにした。


「それで、家がないっていうのは一体……?」


「……前は拠点があったんだ」


ダンはその続きを言い淀んでいた。

家じゃなくて拠点か……たしかにスラム街にはボロボロの空き家がたくさんあったな。


「今は毎日転々虫なの」


ミモザは一人食後の苺に手を付けながら答えた。

この子が一番よく食べるな……というかどこでそんな言葉覚えたの。


「捕まると牧場に連れていかれるので、見つからないように毎日転々としているんです」


一見大人しい印象のニコルは、窓の外を気にかけながらそう答える。

それに気づきリズがカーテンを閉めると、少しホッとしたようだった。

ニコルは目元が隠れてわかりにくいが、よく周囲を観察しているようだ。


「そうか、捕まらないように……」


牧場……孤児院に何があるのか今はまだわからないが、力づくは感心しないな。


「これ、ニコルの案なんだぜ」


「ニコルは頭良いんだから」


なぜかダンとミモザが自慢気だった。


「そんなことないよ……もっと早くこうしていればみんな捕まらずに済んだのに……僕はいつも後手に回ってる」


二人に対し、ニコルは悔しそうだった。

この子……ホントに8歳なの?


「みんなっていうのは?」


「同じスラム出身の仲間だよ。もう俺らしか残ってないけど……」


他のみんなは捕まって牧場に……ということか。

それで子供の姿を全然見かけなかったわけだ。


これは絶対に何かある、調査が必要だな。

そう思い、アゲハさんへ目配せする。


「……」


目が合うと何かを察したのか、何も言わずにスッとアゲハさんは姿を消した。


(こういうとこは、できる忍者っぽくてカッコイイのにな)

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