120 男心はわかってもらえない。
帝都内は階級で居住地区が分かれており、協力者の店はごく一般的な中流階級に位置している。
そして今、入口にはCLOSEDの札が出ており、店の奥では作戦会議が開かれていた。
「まぁお客さん少なくてぇ、提供できる情報はそんなにないんですけどねぇ」
帝都内にいる協力者がまさかのチロルさんだったわけだが、はたしてこの人選は正解なのだろうか。
「あのー……ロンバルさんはこの事を知っているんですか?」
「やだなぁ、知ってたら監禁してでもぉ、止められてますよぉ」
でしょうね、そうでしょうとも。
「なんでわざわざこんな危険なことを……」
「金の匂いがしたんですけどねぇ……これはちょっと予想外でしたぁ」
そう言ってチロルさんは、大量に在庫を抱えた商品に視線を向ける。
この状況じゃろくに売れていないのだろう。
どこぞの忍者と同じで嗅覚が麻痺しているようだ。
「まぁでも、私とエルだけかもしれないが、知った顔のほうが信用はできる」
リズの言うことももっともではある。
全然知らない人が協力者だったとしたら、何かと疑心暗鬼になる可能性もあるだろう。
なぜならここは敵地の真っ只中なのだから……。
「そう言ってもらえるとぉ、嬉しいんですけどねぇ。お客さん全然いないしぃ、私としてはぁ、もう帰りたいんですよぉ」
……役に立つかは疑わしいな。
帝都の現状としては、以前の交易都市の状況に近い。
中流階級以降はその日を生きるのに必死で、徐々にスラム街は拡大中。
そして上流階級……元々帝国の中枢を担っていた貴族は、時折謎の失踪によりその消息を絶っているという噂。
当然、そんな状況を打開しようと立ち上がる者もいた。
レジスタンスと呼ばれる、謀反を企てていた者たちは着々と同士を集め……
「血の雨が降ったそうですよぉ」
何を成すでもなく、一網打尽にされた。
その中には帝国の元将軍やAランク冒険者などの実力者もいたようで、確実な勝利が待っているはずだった。
それがたった一人の女の前に、すべて肉塊と化したのだ。
「その女って、もしかしてマリオンって人じゃないです?」
「魔法研究室の室長さんですかぁ? 売国奴とか言われてますけどぉ、その方ではなかったと思いますよぉ」
違うのか……となると、アイギスさんの言っていた『呪術を使う女』のほうかもしれないな。
ここまでのチロルさんの話はあくまで実際に起こった出来事でしかないが、それでもこの状況では十分な情報だ。
「……なんだ、思ったよりちゃんと仕事してるじゃないですか」
「思ったよりとは心外ですぅ」
後はこの情報を元に、これからどう行動していくかだけど……。
「チロルはどうやってその情報を?」
「ここに来てすぐぅ、貴族様と取引できるようになったんですよぉ」
リズの問いに、チロルさんは自慢気に胸を張った。
つまり自分で調べたというより貴族からそのまま得た情報なんじゃないか。
(でも貴族と取引……か)
たしかにロンバル商会で扱っている品は基本的に品質が高い。
……よくこれだけの在庫をロンバルさんにバレないように持って来れたな。
とはいえ、今はこの繋がりが一番近道か。
「ところでぇ……皆さんちょっと臭いますよぉ」
チロルさんは心底嫌そうな顔で鼻をつまんでいた。
「お風呂……貸してください」
「そんなものありませんよぉ」
それは、帝都に来て一番ショックな出来事だった……。
2階には空き部屋が一つあったので、一先ずの滞在場所として使うことになった。
もちろんお風呂はないので、部屋で体を拭くことになるのだが……
「ところで、呪術とは結局どういうものなんだ?」
リズの問いには、おそらくこの場で一番くわしいであろうアゲハさんが答えた。
「そうですね、私自身扱うことはできませんが――――」
呪術は基本的に何かを対価にしなければ扱うことができない。
それは魔法のように魔力ではなく、捧げもの……贄として人体の一部を使うことが多いそうだ。
さらにはいつでも使えるようなものでもなく、下準備が必要となる。
(強力な分、プロセスが面倒……ということかな)
邪教の力ともどこか似た部分がある気がする……。
「あの……エルさん? この状況をおかしいと感じているのは私に問題があるのでしょうか」
「いや、シルフィは正常だと思いますよ」
僕だっておかしいと思ってるもん。
なんで――4人一緒に体を拭く必要があるのさ。
リズ曰く『今更見られて困る関係でもあるまい』なのだそうだ。
困りはしないけど照れはするよ。
というかアゲハさんに至ってはとばっちりじゃん……本人はまったく気にしていないようだけど。
(それに……なかなか立派なものをお持ちのようで)
これはとても目のやり場に困る、そう思った矢先だった。
「どこを見てるんですか?」
シルフィにグイッと強制的に頭の向きを変えられた。
「今はシルフィしか見えないです」
「……あまり見ないでください」
シルフィは照れていたが、その後数時間、首が寝違えたように自由が効かなくなった……。
さて気を取り直して、貴族との接点をどう使って行くか……そこを考えなければいけない。
魔帝国側の傀儡なら下手な接触は命取りだ。
「その貴族ってどんな人なんですか?」
「私もまだ二度お会いしただけなんですけどねぇ、なかなか変わった方だと思いますよぉ」
そう言って、チロルさんは見覚えのある商品を取り出した。
「こういうのがぁ、お好きな方ですねぇ」
「七色に燃える松明……ジョーク商品では?」
過去にチロルさんの口からそう聞かされている。
よくそんな物まで持ってきてたな……。
「なるほど……つまりその貴族はジョークが好きということか」
リズは一人納得していた。
そいつは困った、もしそうなら今から貴族ジョークでも考えておかなければ。
「違いますよぉ、珍しい物に目がない方なんですぅ」
良かった……割とまともな変わった人だ。
金を持て余した貴族の収集癖みたいなものだろう。
「でもその割にここの在庫って……」
商品棚に視線を向けると、けっこうまともな商品が多い。
本店のようなジョーク商品はそれほど見当たらないが……。
「そうなんですよねぇ、もうこちらの手札もほとんど残ってなくてぇ……」
どうやらほとんど出し尽くしていたらしい。
「じゃあ何か珍しい物を用意できれば……?」
「貴族様に取り次ぐことが可能ですねぇ」
珍しい物か……何かあったかな。
そう思い皆の様子を伺うと、リズが徐に何かを取り出そうとした。
「これならどう――――
「それは出さなくていいです」
僕に止められたリズは残念そうだった。
この人聖剣取り出そうとしてたよ。
「ちなみにぃ、けっこう金払い良い方ですよぉ」
チロルさんの補足に反応し、アゲハさんは丸い玉を取り出した。
「祖母の遺品――――
「それも出さなくていいです」
このクズ忍者懲りてねぇな。
せめてシルフィはまともであってほしい……そう思い視線を向けると、少し恥ずかしそうに木製の像を取り出した。
「模造品ですが、私の祈りを込めた女神像です」
「それは……やめときましょう」
シルフィはしょんぼりしてしまった。
ごめんね……悪気はないんだろうけど、ここ敵地の真っ只中なもんで。
しかしこうなると難しいな。
「僕らにとって大事でも必要なものでもなく、なおかつ珍しい物……か」
そんな物が都合良くあるわけないよな……。
そう思い悩んでいると、チロルさん以外の視線が僕に集まっていた。
厳密には僕の腕に……
「……え、もしかしてこれ?」
皆はコクリと頷いた。
大事かと言われればそういうわけでもなく、空を飛べる僕には必要でもなく、そして珍しい物なのは間違いない。
たしかにこれが最適だ……。
「こ、これは僕のロマン装備で……」
もちろんこの流れに抗えるはずもなく、男のロマンはたった一日で終了した……。