012 ちょっとおかしな女剣士。
「あの、カゴの中身……全部雑草ですよ?」
つい声をかけてしまった。
だってなんだか不憫なんだもの。
「なに? そんなバカな……それは本当なのか?」
「はい、残念ながら……」
「いや! そんなはずはない! だってこいつらも食えるぞ!」
食えるかどうかで判断してたのか……。
「食ったんですか?」
「他に食えるものがなかったのでな」
「お腹壊しませんでした?」
「ちょっと調子悪くはなったな」
「悪くなってるじゃん!」
「たしかに!」
赤髪の女剣士は、そう言われてみれば、といった具合に納得する。
何かおかしいよこの人。
「じゃあ今日集めたのは全部無駄か……ひょっとして、もうこの辺りに薬草は残ってないのだろうか」
わかりやすく落ち込み始めた。
手伝うわけじゃないし、ちょっと教えるぐらいはいいよね。
「さっき採ってた雑草のすぐ横、それミミ草ですよ」
「なに? これか? ……違いがサッパリわからないな」
「ミミ草は葉先がちょっと太くなってるんですよ、逆にゾナ草は葉先が細くなってます」
「……言われてみればちょっと違う気もするが……ホント些細な違いだな」
だからこその通過儀礼なんだろうね。
「となるとあそこにあるのがゾナ草か! やや! こっちにもミミ草が!」
水を得た魚のように元気に採取しはじめた。
(あっ、今ミミ草食べた……)
食用といっても、そのまま食べるわけではないんだけどね……。
こうして、採取しながら剣士さんと一緒に帰路についた。
◇ ◇ ◇ ◇
「今日はありがとう! キミのおかげで、私もようやくEランクだ」
お互いにギルドで報告と査定を済ませると、早速新しいギルドカードを見せてきた。
「そうだ、名前を名乗ってなかったな。私はリズリースだ」
「エルリットです」
どちらからでもなく握手を交わす。
「敬語はやめてくれ、キミは私の恩人だ」
「いやぁ癖になってるので、こっちほうが楽なんですよ」
サラリーマン時代の悲しい癖がね、抜けないんですよ。
「そうか? まぁ無理にとは言わないが」
引き際をわきまえてくれる、良い人だ。
「じゃあ僕は宿に戻りますんで」
「宿……そうか、今日の収入があれば久々に宿に泊まれるな……」
「えっ? 久々? 今までどうしてたんですか?」
「木の上で野宿してたな」
なんて逞しいのだろう。
女性なんだからちゃんと宿に泊まってほしいよ。
「エルリット、よかったらキミの泊まってる宿に案内してくれないだろうか」
「1泊青銅貨5枚で良ければ、案内しますよ」
ふふん、あの宿の真骨頂は食堂だ。
飯の美味さに驚くがいい。
………………
…………
……
「1階が食堂になってるのだな。雰囲気も良いし、値段はやや高めだが悪くないな」
リズリースさんの受付を済ませ、一緒に食堂で夕食をとることになった。
「良かったんですか? あの銀貨、今日の稼ぎ全部だったんじゃ……」
僕があと2泊滞在することを告げると、リズリースさんも同じ2泊と言い出した。
今日の稼ぎもちょうど銀貨1枚だったはずなので、もうスッカラカンなのでは……。
「あぁ、残りは銅貨1枚しかないな。だが明日からまた稼げばいいだけさ、Eランクからは討伐依頼も受けられるしな」
討伐依頼か……。
荒事は嫌なので僕はまだ受けていない。
だが討伐依頼のほうが、基本的に報酬は高いようだった。
「でもあまり魔物いませんよね、僕まだ角ネズミしか見たことないです」
「北側の森はたしかにあまりいないようだな。街道もあって人通りも多いし、行商の護衛なんかが睨みをきかせていると魔物が住み着きにくいものだ」
「じゃあ街の東とか西なら……?」
「さすがに街周辺にはいないだろうが、ちょっと遠出すればゴブリンやブラックウルフぐらいなら出るだろうな」
前衛のいない魔法使いなんてただの餌ですよね。
僕はおとなしく採取で生計をたてます。
「……それでだ、もし良かったらなんだが……」
嫌な予感がするので良くないです。
「見たところエルリット、キミは前衛ではないのだろう? 私は剣士だ、良かったらパーティを組まないか?」
「それは……討伐依頼を一緒に、ってことですかね?」
「もちろん!」
たしかに剣士と魔法使いなんて、すごく無難な組み合わせだ。
リズリースさんに敵の注意を引いてもらって、僕が魔法で倒す……パーティらしいパーティだ。
「でもなぁ……危ないしなぁ……」
「心配するな、この通り腕っぷしには自信がある!」
リズリースさんが拳をギュッと握ってから開くと、そこにはひしゃげた銅貨があった。
「ヒェ……」
パーティ組まないとこうなるぞってことですか?
「し、しまった! 私の全財産が……」
「えっと、僕は魔法使いなんですけど、共闘とかしたことないので、連携とか全然わかりませんよ?」
パーティ組むならそういうのって大事だもんね。
「大丈夫だ、私もわからん!」
あかんやんけ。
正直すっごい不安だけど……。
でもずっとソロってわけにもいかないだろうし、良い機会なのかもしれないな。
「じゃあお試しということで良かったら……よろしくお願いします。リズリースさん」
「私のことはリズと呼んでくれ」
リズリースさんは手を差し出してくる。
愛称か……たしかにパーティ組むなら、呼びやすいほうがいいよね。
「じゃあ僕のことは、エルでお願いします」
パーティ結成の握手を交わした。
……手、ひしゃげてないよね?
「ほら、パーティ結成記念で大盛にしといたよ」
こちらの会話を聞いていたであろう女将さんが、今日の夕飯を持ってくる。
何かにつけて大盛にしてくるな……。
「ここのご飯はすごく美味しいので、リズさんも気に入ると思いますよ」
今日は大盛のパスタとライ麦パン、そしてコーンスープのようだ。
「たしかに、これは美味そうだな」
ふふ、そうでしょう。
さぁリズさん、あなたのだらしない顔、見せてもらいますよ。
「うん……うん、これは美味いな、私も気に入ったよ」
あれー?
おかしいな? 今日のはそんなでもないのかな?
ちょっとガッカリしながらこちらも食べ始める。
「――ッ!」
コーンスープに浸したライ麦パン、もはや語るだけ野暮であろう、誰もが知る幸せの味。
そしてパスタ、ピリっとした辛みとベーコンの塩気、ペペロンチーノを彷彿とさせるが油っこくなくアッサリと――――
「ふふっ、エル、キミはすごく幸せそうに食べるんだな」
……なんか恥ずかしくなった。
「この子は毎度こんなんだよ。ま、悪い気はしないけどね」
女将さんはもう慣れてしまったようだ。
「それにしても、気を付けるんだよあんたら。女だけのパーティなんて、何かと危険だからね」
「あぁ、忠告ありがとう」
と、リズさんが凛々しい顔で答える。
剣士というより騎士みたいでカッコイイ。
でもそうだよね、危険はつきものだよね。
特に女だけのパーティなんて……
「……んんッ!?」